学びほぐす場―

カフェ i-think


随時開店
皆で輪/和になって豆料理を食べ、一つのテーマについて語り・耳をかたむけあう、京町家の小さな広場。

清澄山白菊 [チラシ](PDF)

日時 第2水曜 18:30-21:30 or 第4日曜 11:30-14:30
会場 楽天堂
会費 1500円、学生 1000円、経済的に困難な方 500円 ※豆料理の食事付き  
進行 高柳無々々(楽天堂店主/からだとことばを育む会主宰)
定員 10名 前々日までに要予約
申込 メールkarakotokai@rakutendo.com(高柳)または電話(075)811-4890(楽天堂)で、開店日の前々日までにご予約下さい。

【内容】

 自分の思いを話し、他者の思いを聞き・問う――それだけのことなのに、対話はとても難しい。一方的な独白や演説に陥らずに、自己と他者との間に“ふれあい”が生まれるためには、何が必要なのか? 民主主義の基(もとい)としての対話の可能性を、一緒に探求してみませんか。

 当日は、まずコミュニケーションゲームで遊び、楽天堂の豆料理(豆カレーやスープなど)を皆で食べて、対話の下地としての“体和”を整えます。続いてお茶を飲みながら、はじめに1st speakerにその日のテーマについて30分ほど話してもらった後、自由に対話をくりひろげます。

 最後に次回のテーマと 1st speaker を募ります。


※一品持ち寄り歓迎!(おかずやデザートの菓子・果物、お酒のおつまみなど、何でも結構です。少量でOK)。台所で調理可。

※会場は民家の和室(六畳)です。禁煙にご理解を。

※からこと舎の前はスペースがありませんので、 自転車やバイクでお越しの方は、楽天堂の店前か、小雀ひろば(からこと舎から丸太町通り方面に向かって左側すぐ)に停めて下さい。車は、近くのコインパーキングへお願いいたします。
「学びほぐす」
 高柳無々々 2015/11/01
 哲学者・鶴見俊輔(つるみ・しゅんすけ)は、精神医学者・中井久夫(なかい・ひさお)氏との対談で次のように語っています。

 鶴見 私は生涯に一度、ヘレン・ケラーに会ったことがあるんです。
 中井 ほお。
 鶴見 それはね、ハーヴァードの学生だった夏休みにニューヨークの日本図書館で本の運搬をやっていたら、ヘレン・ケラーがやってきたんですよ。通訳はサリバン先生ではもうなかったな。そのとき我々は、宮城道雄の「春の海」というレコードをかけたんです。
 中井 ああ!
 鶴見 すると、ヘレン・ケラーは蓄音器に指を当てて振動を聴いてました。その場にいた人でヘレン・ケラーを囲んで、話をしている時に、「私はハーヴァード大学の三年生です」と言ったら、ヘレン・ケラーは「私はその隣のラドクリフという大学でとてもたくさんのことを学んだ。だが、そのたくさんのことを unlearn しなくてはならなかった」。と言ったんですね。I've learned many things. But later, I had to unlearn. 私はそこで初めて unlearn を聞いたんですよ。日本語に直せば「学びほぐす」ということになるかな。
 中井 いい言葉!いい訳ですねえ。(『鶴見俊輔 いつも新しい思想家』河出書房新社 pp.19-20)

 手許の英和辞典で unlearn をひくと、「〜を意識的に忘れる、学び直す」という訳語が当てられていました。念のために THE CONCISE OXFORD DICTIONARY にあたると、Cause to be no longer in one's knowledge or memory. でした。

 鶴見さんは、なぜ一般的な「学び直す」ではなく、「学びほぐす」という聞き慣れない言葉――「ほぐす」というと、“魚の身をほぐす”ような使い方を思い浮かべてしまいます――で表現したのでしょうか。私は考えてみました。

 いま中学三年の息子は、「試験に出るから」と言って、一生懸命日本国憲法を暗記しています。民主主義・立憲主義・平和主義は、知識として子どもの頭に入るかもしれない。でも学校では、まさにその憲法が破棄されようとしていることは、決して教えられません。現実から教室が隔離されているのです。別の表現を用いれば、タテマエとホンネ、理想と現実が解離している。

 その矛盾に、いつか息子は気づくかもしれない(いや、もううすうす気づいてはいても、高校受験のために深入りし過ぎないようにしているのかもしれない)。その時、息子の unlearn が始まると思うのです。学校で習ったことは、(原則論として)間違ってはいない。そのことを忘れたり学び直す必要はない。ただ、二つの間に厳として存在する溝を埋める作業――ホンネや現実に安住せずに、一歩でもタテマエ・理想に近づく努力が、求められているのではないか。そうしてはじめて、知識が身につく――魚がほぐされて食べられるようになる、身を養う栄養になると思うのです。

 日本国憲法がその第十二条で「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と定めている「不断の努力」とは、まさに unlearn ではないでしょうか。

 鶴見さんは、そのような意味で“学び直す”ではなく“学びほぐす”という訳語を当てたのではないか。いや、そもそもヘレン・ケラーがそのように語ったニュアンスを汲みとっただけなのかもしれない。でも、改めて知識人としての鶴見さんの(言葉への)感知力に、打たれます。

補足 
 ・戦争法「成立」を受けて――対話カフェ i-thinkを、新たに始めます―― 2015/09/22
 ・知ると分かる 2015/02/08



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