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  2021/07/01 [木]   


(小さな仕事塾MLより〜たわし的存在つづき〜)
おはようございます。
毎日、お店に立ってると、次のような疑問が湧いてくるんです。
「どうして、ほとんどの人々が、この社会の非人間性に気づき、傷つき、疑問に思っているのに、人間的な仕事を取りもどせないのだろうか。」
これは疑問じゃないです、反語です、「いや、人間的な仕事を取りもどせるだろう」という。
家庭や会社で非人間的に扱われた人間が、人間性を取りもどすべく、作家を目指して経済的に回らない例をいくつか見ていると、わたしは作家ではなく「たわし」を目指そう!と思うのです、昨日書いた文章は、その意味でした。
あと、すごく人格的にすぐれた人しか店ができないというのも、おかしな話だと思うのです。適度に悪口言われながら、店をやっていけばいいと思うのです。
対人支援もそうですよね。
助けられた人が助けた人にしがみつくのは、よくない例だから、支援される人が、助けてくれた人のことも適当に悪くいいながら生きていくのは健全なことだと思うのです。
すごく親切であろうと思うと、人間性は回復できないのではないか。
非人間的なシステムか、はたまた極度にすばらしい人間か、そういう二者択一はやめて、「そこそこ親切」「そこそこ役立つ」「そこそこ自分本位」のふつうの店が増えていく。そういう未来を目指したいです。
(ちなみにわたしは先週お客さんと口論になって、玉子を「売りません!」と言うてしまいました。)