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  2020/01/22 [水]   


おはようございます。
今朝は起きて、バラの植木鉢などあったかいところに移動して、サイクリングに行きました。
冬はお日さまの光を浴びるのがだいじですね。外の空気を吸うことも。
もし外の空気がすっかり汚染されてしまったら、わたしたちは生きていけない。
お金で買えないものが、どれだけ大事か。

宮城県の七ヶ宿から「すみやのくらし」クッキーが届きました。
佐藤円さんとは30年前の野草塾で知り合いました。
円さんは炭焼き職人の佐藤さんと結婚し、宮城県の山奥で暮らしてること、武道家の甲野善紀さんの文章で知っていました。

今月再会。いただいた炭パウダー入りクッキーが素朴でおいしくて 、すぐに仕入れることにしました。
震災の後、どんな気持ちで家族に炭入りクッキーを焼いていたか、クラウドファンディング用の短い動画からも伝わってくるものがあります。
よかったら、動画、ごらんくださいね。https://readyfor.jp/projects/Charcoal-BASE


  2020/01/20 [月]   


(豆料理クラブMLより〜貧乏人をなめんなと思った日〜)


2月2日は京都市長選で、選挙期間が始まりました。
選挙期間中は、門川市政にノーを突きつけるチャンスなので、最大限に生かした
いと思います。
高島千晶個人のツイッターでも、楽天堂FBページでも、インスタグラムでも、
昨日から、自治を取り戻したい気持ちを書いています。
京都にお住いのみなさん、よかったらお読みください。そしてみなさんも市政に
対しての意見を何か機会があったら表現しましょう。

以下、楽天堂FBページより。

■わたしが門川市長の京都市政で一番がっかりしたのは、近所の立本寺公園がな
くなったことです。
あとちょっと予算をつけたら大木が20本以上ある公園が守られた。京都の中でも
もっとも公園の少ないこの地域に。
もう一度説明会開くという約束も反故になり、市長に手紙書いても返事なく、失
望しました。

子どもの遊び場が奪われました。ぜんぶ木は切られました。大事なコモンでした。
結果もひどかったけど、住民と形式的な対話しかしなかったプロセスがひどかったです。

#2月2日は京都市長選

■大小30本以上の木が切られ子どもの遊び場が奪われたその一件で、住民の声を
聞く姿勢のないリーダーはだめだと思いました。
住民説明会でみんな納得せず、市の担当者ももう一回説明会をしますと約束した
のに、結局、説明会は開かれず、紙切れ一枚の通知だけで立本寺公園は閉鎖され
てしまいました。
2016年の春のことです。
自治を大事にするリーダーを次は選ぶ!
#2月2日は京都市長選

■#2月2日は京都市長選
#貧乏人をなめんな

選挙期間中は、門川市政にノーを突きつけるチャンスなので、最大限に生かした
いと思います。
2016年の立本寺公園廃止の決定にまったく納得してません。
住民が意思決定に参加できませんでした。60年続いた子どもたちの遊び場がなく
なり、市はその説明責任も果たしませんでした。
市長を変えて、形骸化した自治を取り戻そう。

今、公園跡地には株式会社チャームの立派な建物が立っています。

写真は、公園廃止決定直後の立本寺公園。https://www.facebook.com/rakutendo/photos/a.878752202173810/2600287563353590/?type=3&theater
若いお母さんたちが鯉のぼりを作って、抗議しました。
個人的にですが、貧乏人をなめんな、と思った忘れられない一日です。




  2020/01/13 [月]   


(小さな仕事塾MLより〜「個人」「孤独」「異質な存在」〜)
このごろ、うちの店は売り上げが増えたんですが(前が低すぎた、今でやっと人並みかな)、わたしは以前とあんまり変わっていないので、時代が変わったのを感じます。時代が求めるものが変わったような気がするんです。今は、自分がやってるみたいな個人商店が必要とされてる。
画一的なものから、個別のものへ。
そうだ、これはデービッド・アトキンソンさんもいろんな著作の中で言ってました。『日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義』(東洋経済新報社)など。

ちょっと違う角度だけど、昨日と今朝考えたことを下に書きます。

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■林伸次さんのツイートやnoteは商売人に役立つことが多くて欠かさず読んでるんですが、そうすると恋愛談義も読むことになります。女性はどんな男の人が好きかって話題がよくでてきて、イケメンとか、自信満々な人とか、会話の面白い人、才能のある人とか書かれてる。
でも、わたしの場合一番大事なのは、長所以上に「孤独」だと思います。
男の人でも、女の人でも、テレパシーみたいなのが働いて仲よくなることができるのは、お互いの孤独ゆえじゃないかなあと思います。
本を読んでいても、激しくひかれるのは著者の孤独を感じるから。絵もそうだ。
そしたら、孤独ってなんなんだろう。
もしかしたら、お店を成り立たせることができるのも、孤独かもしれない。

■朝サイクリングしていて、昨日の孤独についての考察つづきをしてました。
カルロス・ゴーンが興味深いのは、中東や南米といった出自と育ちのせいで、彼がフランスでの青年期に深い孤独を感じていて、にもかかわらず(というかだからこそ)立身出世するところ。
昔、自伝を読んで感銘を受けました。
でも2010年に、ゴーンさんが日産での役員報酬を8億9千万円にしたとき、失望しました。
国家に隷属していない個人主義が彼の魅力なんだけど、私腹を肥やすことにエネルギーを注いでいったときに、それは行き過ぎなんじゃないかと思った。
だけど今回みたいなピンチに遭うとまた彼の面白さが発揮される。

2007年の読書日記。

日本経済新聞社の『カルロス・ゴーン経営を語る』、
レバノン人、ブラジル生まれ。おじいさんが13歳で身一つでレバノンからブラジルに渡り細々とした仕事をした後、幾つかの会社をおこすエピソードが興味深い。カルロス・ゴーン自身も転々としています。レバノンでも、ブラジルでもフランスでも、アメリカでもそれから日本でも、常に異質な存在としてすごし、そんな中で開かれた心を持って、現地にとけ込んでいく半生が具体的に書かれていて(何しろ経営についての本でもあるので)、読み出したら止まらない面白さです。

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特に今みたいに行き詰まり感が支配的な時代では、「個人」「孤独」「異質な存在」が重要なんじゃないかなと思います。
群れない個人が教科書なしに自分の感覚でしたいことをすること。それが今の時代に必要とされているのを感じます。



  2020/01/04 [土]   


(豆料理クラブMLより)

森川すいめいさんの『その島の人たちは、人の話を聞かない』につづいて『漂流老人 ホームレス社会』をお正月に読んで、深く共感しました。
そして最終章で森川さんがなぜ野宿者にかかわっているか書いているところで、自分の中でいろんなことの納得がいきました。

豆料理クラブは2002年にはじまり、
「豆はおいしい。
豆は安い。
豆は保存がきき、
楽しく料理ができてからだによい。
世界中の人がこぞって肉を食べれば食糧危機は深刻になるばかりだけど、
豆なら大丈夫です。
世界中の人が満ち足りた食事ができるように―
これが楽天堂・豆料理クラブの願いです。」
という言葉を掲げていました。

2002年から2010年までは、わたしは気持ちよく仕事していました。ところが2011年に震災があり、「世界中の人が満ち足りた食事ができるように―」
というキャッチコピーが陳腐な言葉として響く気がして、どうしていいかわからなくなっていきました。世界中の人が?日本でこんなに困っている人がいるのに。

当初は避難する人の受け入れ先を整備したり、仙台と福島に足を運んで避難したい人と話したりしましたが、2012年の年末に第二次安部政権が発足して以降、政治が弱い人を踏みにじることがつづき、2013年の春には店に来た自民党員の男の人に「あなたは最低の男だ」と言い放っていました。長年の豆料理クラブ会員のパートナーの方でした。わたしの精神状態がずいぶんと追いつめられたからだと思います。

そのあと2014年には閣議決定で集団的自衛権が容認され、2015年にはSEALDsの若者たちの呼びかけてくれたデモにもかかわらず、安保法制が可決されて、なんだか窒息しそうな世の中になっていき、苦しくて2016年にはわたしはイタリア語を勉強したりして過ごしていたのですが、2017年の2月に母校で奥田知志さんの話を聞き、ホームレス支援に関わるようになります。大阪のホームレス支援団体Homedoorの相談員養成講座に通う。

というのは、2011年からわたしは人に請われて起業講座をはじめていて、2012年からは「小さな仕事塾」というのを主宰していました。
日本の民主主義には個人が大事だと思っているので、わたしにとって「小さな仕事塾」というのは希望なのですが、一方で、自営業者はうまくいかなくなると路頭に迷うという現実と背中合わせなので、年々世の中が厳しくなるに連れて、自営業で仕事を作り出す希望と、塾生にリスクを背負うように強いる社会状況とのジレンマに苦しんでいました。
なので、ほんとうに経済的困難に陥った場合の対処というのをホームレス支援団体に学ぶことはわたしには必要でした。

もう出発しなくちゃいけなくて、急ぎ足で書きました。今は自分は希望を持っています。自分自身が商売を上手く回せるようになったこともあるし(小さな店で全てのお客さんを自分で接客しその声を聞いて仕入れたら在庫ロスは起こらない)、
そのコツを商売しようと言う人に伝えられる自信ができてきたこともあるし、その上で、経済的に困窮してしまった人に生活を立て直す術を伝えたり、路頭に迷った人を助ける術が分かってきたことが大きいです。

どうして住む場所のない人の支援をするのかといぶかしく思われると思うのですが、自分たちも前の商売で失敗して自己破産した経験もあるので、路頭に迷うというのは切実な課題なのです。

ここまできてやっと自分は不安がなくなりました。
「世界中の人が満ち足りた食事ができるように―」とうたう豆料理クラブも自信をもってできるし、「小さな仕事塾」も自信をもってすることができる。
みんなチャレンジしてね、失敗してもいっしょに考えよう、住むところもなんとかするよ、と言える気持ちがしています。

また書きます。