からだをめぐる出来事――胸と腹の養生記
[2019・12・10]



2015年

 2015年の春に、膿胸
(のうきょう)という病を患い、一ヵ月半、入院・手術をしました。口の中のナントカという常在菌が肺に入ってしまい――普段なら、免疫がはたらいてなんともないそうなんですが、体調がすぐれずに抵抗力が弱まっていると――化膿して、レントゲン写真では左肺が真っ白になっていました。

 内科的な処置では治療できなかったため、医師が内視鏡を見ながら耳かきのようなのもので膿をかきだし、4Lの水で肺を洗い流す手術を受けました。手術そのものは支障なく終わったのですが、実はその数日後、肺が空気漏れをおこしていることが分かったのです。

 医者からは、このままでは第二の手術が必要になる、と告げられましたが、それが何ともおぞましいものでした。体網
(たいもう)という腸をおおっている膜――要するに、脂肪の塊――が免疫力に優れているため、それを横隔膜を突き抜けて胸まで引き上げ、肺の穴をふさぐと同時に、膿胸でできた空洞を埋める、という内容でした。

 聞いてるだけで、げんなりしてしまいました。第一の手術はともかく、第二のそれはいかにも不自然に感じられて、何としても避けたい。ただ、自然に治癒する確率は10%だと宣告され、次の手術日がすでに1週間後に設定されている・・・。

 不安とあせりにさいなまれながら、自分にできることはこれしかない――ベッドのうえで一人、整体の活元と行気、愉気(手当て)を続けていました。季節は、桜からつつじに代わっていました。すると、四、五日して、空気漏れが治まったのです。医者からは、「奇跡だ」と言われました。

 もちろん、入院してから一日三回、点滴で抗生剤を受け続けていましたから、この身体技法のおかげで治ったとは断言できません。ただ、オールタナティブなものを持ち合わせていないと、近代医療のまえでは“まないたの上の鯉”よろしく、受け身でしかない己の無力さを痛感するだけではないでしょうか。この時ほど、整体を学んできてよかったと思えたことはありません。

 このように書いたからといって、私は決して医療システムを否定するものではなく、整体などの東洋的な代替療法と補い合えばよいのでは、と考えています。二者にある大本の違いは、「西洋」が病気を健康に対置して克服すべきものとしている一方、「東洋」では養生(生を養う)を旨とする点でしょうか。

 整体を十数年稽古していながら病気になったのでは説得力がない、と言われるのを覚悟のうえで、私はこの入院・手術の体験をへて――大仰
(おおぎょう)なようですが――病気は運命ではないか、と思うようになりました。

 釈迦が、〈生老病死〉を人間の根元的な「四苦」と捉えたように、誰にも避けて通れない道ではないか、と。

 そして、野口晴哉も語っていますが、整体(などの東洋的な身体技法)は、予防接種でもなければ万病に効く特効薬でもない、と今では考えています。

 それでは、何のために? 私なりの答が、「からだを耕す」ということでもあれば、いのちが“現れる”を日々の暮らしで“表わす”、人生の表現活動でもあります。


2019年

  事の起こりは、八月――夜に、おならが詰まって腹が張り、苦しくて二、三時間、眠れない日が何日かありました。何とか自力で治そうと思ったのですが、耐え切れず、九月に近くの診療所で診てもらったところ、輸血レベルの貧血で、大腸の内視鏡検査を受けた方がよい、と言われました。

 すぐに京都民医連中央病院(注1)に検査入院して精密検査を受けた結果、上行結腸(じょうこうけっちょう)に大腸癌があるとの診断でした。医師からは、人工肛門をとりつけ抗ガン剤治療を四ヶ月行った後に腫瘍を切除する治療をすすめられたのですが――私には“自力更生”の道が閉ざされてしまうように感じて、「後悔しません」と大見得を切り――腫瘍部にステントという金属を入れて便の通りをよくし、十月に入ってから開腹手術を行うという道を選びました。

 以下の文章は、二度目の退院後に、豆料理クラブのメーリングリストに投稿したものです(一部、加筆修正を加えています)。 

もう「ガンバレ」とは言うまい  10月29日

 病院のベッドの上でいろいろなことを考えていたのですが、一つは、もう「がんばろう」は止めようということ。

 私の大腸癌との語呂合わせではないですが、「ガン 張ろう」をジ・エンドにしたい。

 先ほど、れいわ新選組の山本太郎さんの街頭演説をユーチューブで聴いていたら、「今の社会、皆、がんばり過ぎている」、その通りだと思うんです。

 ガンは、現在、日本国民の死亡原因の第一になっています。食事のとりかたなどの生活習慣病だとはよく言われますが、精神的なもの(人間関係や社会的な存在のありようからくるストレス)も、大きく影響しているように思います。

 3.11以後、「がんばろう日本」というスローガンが席巻していますが、「がんばってください」という言葉は、いつからこんなに人口に膾炙
(かいしゃ)するようになったのでしょう。高度経済成長期以後、戦中戦後、それとも明治維新から?・・・

 「ガンバレ」という言葉に代わる表現はないだろうか、と思いめぐらしていたら、ご近所のおばあさんがよく私に声をかけてくるフレーズを思い出しました。

 「ようおきばりやす」

 店の前の睡蓮鉢でめだかと対話している私に、独り暮らしでさびしいのかよく近所を歩いているおばあさんが笑顔で近づいてきて一緒に鉢をのぞきこむのです。

 「きばる」は「気張る」だと思いますが、私は「気 晴る」と変換したい。

 澄みきった青空に風わたるように、気がのびのびと、どこまでも、すこやかに。

 「気 晴ろう、日本!」

 まずは、隗より始めよ。この体験を機に、これからの闘病生活を、きはって生きていきたい。

 私は、毎朝、近くの北野天満宮へウオーキングに行っているのですが、鳥居から楼門まで、二百メートルはあろうかという参道を、毎日、ボランティアで掃いている老夫婦がいます。

 一度お聞きしたら、「一年364日、元旦だけ休んで、毎日。5時過ぎに来て、2時間ほど掃いてます。元気、もろうてます」というお返事でした。

 いや、とんでもない。元気をもらってるのはこちらです。

 私もはじめは恥ずかしくて黙礼するだけでしたが、そのうち「おはようございます」と声をかけられるようになり、今は、「ありがとうございます」も付け加えています。

 すると、奥さんはもとより、はじめは表情が硬かった旦那さんからも、笑顔がかえってくるようになりました。こちらも自然と笑顔になるので、ほほえみのグリーティングです。

 入院していた間も、はやくあのご夫婦に会いたいと、祈願していました。

 名前も知らない仲ですが、見ていると常連さんらしき(参拝)人たちと、野良猫談義にはなをさかせているようです。お二人とも、カウンセラーのような立場?

 サウイフモノニ ワタシハナリタイ

 入院中、夜になると、眠れない認知症の人の声(うめき)が聞こえてきました。

 おかあさん 
 たすけてえ〜〜
 叫ぶ老男
(じじ)
 ごめんなさいと
 繰り返す老女
(ばば)
 野戦病院


 あの人たちに、自分は何ができるのだろう・・・。

 病院の隣は、小学校でした。ある日、秋晴れの下、運動会が行われていました。

 いつの日か
 席を譲らん
 あの子らに
 後を頼むぞ
 紅白の玉


 ※

私の対ガン療法 11月15日

 ガンに関心のある方のために、私の体験を書きました。長文ですが、参考にしていただければ幸いです。

 先月、腫瘍7cmを含めて、大腸の1/3を切除しました。医者からは、「10年かけて育てたんじゃないの」と揶揄されましたが、最悪、切除できずに人工肛門をとりつけるか、バイパス手術をするかもしれなかったので、胸をなでおろしました。

 幸い他の臓器には転移していなかったので、ステージ3bでした。いわゆる末期ガンと言われるステージ4の一歩手前です。術後の経過は良好で、腫瘍マーカー(絶対ではありませんが)も標準値に落ち着き、今のところ転移・再発はないようです。ただ、主治医(京都民医連中央病院)からは、一般的な標準治療として、再発を防ぐために補助療法の抗ガン剤治療を勧められました。

 私の気持ちとしては、予防のために抗ガン剤治療を受けたくはなかったので、京都でガン患者に食事療法を行っているからすま和田クリニックに、セカンドオピニオンも兼ねて、通院を始めました。(注2)

 その後、主治医と話し合い、和田クリニックで食事療法を受けつつ、中央病院で定期的に検査(血液検査や、CT撮影など)をしてもらうという、私の希望に添ったかたちで対応してもらうことになりました。

 とりあえず、1ヶ月は様子をみようということで、現在、抗ガン剤治療はペンディングになっています(今は、和田クリニックで処方された、尿をアルカリ化するクエン酸と重曹を飲んでいるだけです)。

 実は、和田クリニックから出版されている『がんにまけないからだをつくる 和田屋のごはん』(WIKOM研究所)では、楽天堂で扱っている豆とスパイスが紹介されています。クリニックのスタッフのKさんが、以前からお店のお客さんで、そのご縁で掲載していただきました。

 和田屋のごはん

 初版は2014年10月ですが、その当時、本を手にとった私は、「へ〜え、ガンの人たちは、こんな食事をしてるんだ。肉も乳製品も食べられなくて、大変だな」ぐらいにしか思いませんでした。まさか自分がそのハメになるとは・・・お笑いぐさです。

●私の対ガン療法の“基本方針”は、整体の創始者・野口晴哉の次の言葉に尽くされています。

 「病気はしても、病人にはなるな」

 それでは、「病人」と何か? 私の解釈では、主体性を失った人間のことです。この場合、「主体」には二つの意味があります。

 一つは、自分の身体において、“からだ”が主、頭が“従”である、ということです。よく言われる「からだの声を聴く」ではありません。それでは、頭が主になってしまいます。知識や情報に振りまわされず(それ自体は必要なものですが)、あくまで、からだが欲するように生きること。別の表現をつかえば、「勘や直感で生きる」ということになるでしょうか。

 これは、言うは易く行うは難しで、誰より、二十年、整体を学んできたこの私が、自己破壊のガンを産んでしまったのですから。千晶さんのつくってくれる豆料理をあまり食べず、ラーメンやポテトチップスなどのスナック菓子が大好きだった報いでしょうか(苦笑)

 いや、真面目な話、私は病というのは、釈迦が「生老病死」を人間の四苦と捉えたように、ある意味、“定め”ではないか、と思っています。

 それでは、整体とは? これも野口晴哉が語っていた言葉に尽きると思います。

 「整体とは、予防接種でもなければ、万病に効く特効薬でもない」

そ れでは、何のために? 私は、「生の追求」と位置づけています。病気とは、闘う対象でもなければ、健康の対概念でもありません。病は養生です。私はこのガンを、人生のリセット、生活全般(特に食生活)を見直す契機にしようと心しています。

 もうひとつの意味は、他者との関係性において、自分が主(あるじ)になって、他者(ひと)にもたれかからない、ということです。医者まかせ、薬まかせにならない。これはもちろん他者に頼らないということではありません。頼るべきところは頼って、でも最終的には、自分で感じ・考え・決める――整体の追求する「全生」です。

●それでは、具体的に私が何を行っているかを、次に書きます。

(1)和田クリニックの食事療法:

 基本は、無白・無塩・無肉・無乳・無加工、プラス、野菜(生野菜をメインに)・果物・きのこを多量に摂取し、油はオリーブ油と亜麻仁油でとる、です。

 無白:精白した白米や小麦製品をとらず、玄米や全粒粉・そばで。
 無塩:塩分を控える。
 無肉:四足動物の肉はとらず、食べるなら鶏肉(ささみ・胸肉)を。タンパク質は植物性(大豆など)や青魚などでとる。
 無乳:牛乳と乳製品はとらず、ヨーグルトは豆乳でつくる。
 無加工:市販の加工食品は買わない。

(2)整体:日課の、行気・活元・愉気を続ける。

(3)温熱療法:

 これは自己流で、携帯用のハクキンカイロを3つ、夜、寝る時に体にあててます。あてる箇所は、それこそ体が求めるところです。

(4)その他:

 毎朝、近くの北野天満宮まで小一時間、ウオーキングをしています。ただ歩くだけではなく、整体のこし・はらの行気をしながら呼吸を調えつつ、内観技法の歩法を行っています。

 天満宮の参道では、一年364日(元旦だけ休み)、早朝2時間かけて、200メートルを清掃奉仕している老夫婦がいます。

 「おはようございます。ありがとうございます」

 と笑顔であいさつするのが、私の一日のはじまりです。

 本殿に参拝した後、紅葉のけやき並木の下、朝陽をあびながら『古事記』の倭建命(やまとたけるのみこと)が詠んだ「国偲(しの)びの歌」をうたう――至福のひと時です。

 北野天満宮 

 (やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣
 山隠れる 倭し うるはし


 家に帰り、朝風呂にゆったりつかってから、朝食(にんじんがメインの野菜ジュースと、玄米ご飯、納豆+卵、野菜サラダ、温野菜に、しらすやさば・たらなどの魚料理)をとります。

●和田クリニックで先生から、「生きる目標はあるのか」と尋ねられました。

 「あります。先生と同じように、ライフワークがあります」

 私にとってライフワークは、からだの勘覚の探求(からだ学 事始)と整体の伝道です。9月から休講していた〈からだとことばを育む会〉の講習会と稽古会を、できれば12月から再開しようと思っています。その節は、メーリングリストやホームページで告知しますので、関心のある方はご参加下さい。会費は無料です。

 以上、長くなりました。おつきあいいただき、ありがとうございました。

(注1)私は、楽天堂で販売している非加熱はちみつと無農薬の林檎の皮から酵母をとって、豆乳ヨーグルトをつくっています。希望される方には、小さな空き瓶をご持参いただければ、種をさしあげます。

(注2)和田クリニックでいただいた資料『和田先生のしあわせな日々を過ごしたい方のためのがん治療』を、ご希望の方にさしあげます(遠方の方には郵送します)。これは、昨年『サンダー毎日』に連載されたインタビュー記事です。インタビュアーは、私と同じ大腸ガンステージ3で、抗ガン剤治療を行わなかったジャーナリストです。個人的には、先生の著書よりも分かりやすく、また人柄もしのばれておすすめです。


考察・INDEX

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