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  2026/08/23 [日]   今日の一日


 徹底して休む。寝て、本を少し読み、菜芭への手のあて方をさぐる。今日もLさんに病院に行ってもらった。菜芭はミトンをはずしてもらうと、鼻のチューブ(栄養管)を外そうとしていたという。

 百菜劇場の廣部さんが、昨日、配達のついでに差し入れてくれた玄米おにぎりを食べて、元気をつける。


  2026/08/22 [土]   今日の一日


 残暑がきびしい。先週のお盆ぜんごに一時すずしくなったが、この数日―朝晩はそれなりに涼を感じても―日中の暑さは、こたえる。私の町内会は、今日が地蔵盆、子ども達のお祭り。

 地蔵盆
 鉦(かね)の音(ね)聞くや
 この一年

 千晶も私も今日は病院行きを休んで、Lさんに任せた。菜芭は、昨日と同じようにゆったりと寝ていたとのこと。
 
 ※

 『らくてん通信』のバックナンバーを、第100号の発行を記念して一般公開することにした。


  2026/08/21 [金]   小さな声


 誰も気づかないかもしれないが、私はよろこんでいる。庭ではじめてこおろぎの鳴き声がした。このあたりはほとんど庭のない家ばかりで、あったとしてもブロック塀などで囲われている。

 空を飛んできたか―そんな、バカな。あるいは買った鉢植えなどに卵が産みつけられていたのが、孵化したか・・・。理由は分からないが、以前から柿の木にいるかねたたきとの二重奏の、はじまり!

 今日の菜芭は、HCUに移って一週間。はじめてウンチが出てリラックスしたのか、やすらかに寝ていた。体ぜんたいに血の巡りがよくなったいるのが、感じられる。


  2026/08/20 [木]   今日の一日


 朝、北野天満宮ではじめて法師蝉の鳴き声を聞いた。手水鉢には、すすき(園芸用)と鶏頭が飾られていた。昨日から店を再開して、少しずつ日常にもどりつつある。

 今日のご託宣:
 北野天満宮:
  稲荷神社「よしっ、次の段階に進め!」
  竈社「遊べ、遊べ、天上で」

 ※

 今日の菜芭は、“目力”(めぢから)があった。両足を絶え間なく動かして打ちつけるのでゆる〜く拘束され、右手も鼻のチューブをとろうとするのでミトンと紐で動きを押さえられていた。

 この状態で転院しても大丈夫だろうか?と不安になったが、帰り際に看護師さんが「「口を開けてください」という指示に反応するようですよ」と――今日リハビリを3回行った理学療法士からの伝言?――言葉に、救われた。


  2026/08/19 [水]   一番になれなかった人間


 長男だけれども姉の下、二番目に生まれた。大学は二浪して、二流の大学に入った。三十三歳で、一度死に、二度目の生を生きている。

 五歳下の弟に遅れて、結婚(子づくりも、とうぜん遅れた)。自分は大将の器ではない(一番目の人間にあらず)“街場の下士官”だという自覚が生まれたのは、還暦を過ぎてから。

 今号の『らくてん通信』に書いた高秉權(コ・ビョングォン)著『人を目撃した人』(明石書店)を読んで、二番目の役割を再認識した―一番目の人を語る人。

 ※

 今日は、病院行きは二人とも休んで、Lさんに任せた。ところ、夕方に主治医から電話があり、「感染症の有無を確かめるためのCT撮影で、造影剤が血管からもれてしまった」と。

 入院生活で血管の壁が弱くなっていたのでは、というのが医者の弁明だったが、私に言わせれば、退院にそなえて(というより急いて)早まった、もう少しstableになってからでもよかったのでは、と感じた。

 webで検索すると、1-2%の確率で起こる症例で、重くない場合は、患部を冷やして治めるそうだ。面会に行ってくれたLさんに跡で尋ねると、腕を冷やしていたが、元気だったという。やれやれ。


  2026/08/18 [火]   今日の一日


 朝、安楽寺天満宮で、はじめてこおろぎの鳴き声を聞いた。午前、柿の木の剪定。去年、今年と、二年つづけて一つも実がならなかった。今までの反動か、それとも剪定のまずさか?

 午後、病院へ。菜芭は今日、器具にサポートされて立つリハビリを行ったという。看護師さんが写真を見せてくれた。今日の印象は、腰が動き始めたということ。浮かせたり、左右に少しねじったりと、これなら左脚だけをバタバタ打ちつける必要はないだろう。

 ほほえみのような、表情をうかべたこともあった。


  2026/08/17 [月]   劇的展開


 「あ、お母さん、どうしたの?」と、目を開けた菜芭が問いかけてきた・・・というような映画的ストーリーを――頭では否定しながら――心では、どうしても夢想してしまう。

 今日の菜芭は、千晶が怒っていた両手の拘束もなく、穏やかに反応してきた。声の方に顔を向け、明らかに耳で聞き、手で握り返し、表情も一面的ではなくなってきた。

 日一日と、回復しているが、どうしても欲張ってしまう。


  2026/08/16 [日]   機・度・間


 野口晴哉は、機度間が整体のキモだと言った。

 機:「機会」、「臨機応変」の機。「ここぞ」というタイミング。
 度:「程度」、「角度」。具体的な指や手のあてかた。
 間:「間合い」、「手間」の間。野口晴哉は、経過を見るようにと言い、時間を使うようにと教えた。「間をとる」=あえて手をあてない事の重要さ。

 ※

 今日は病院行きを休んで―行ったのは、千晶・光太郎・Lさんの三人―『らくてん通信』の原稿書き&編集にあたった。


  2026/08/15 [土]   車窓の風景


 京都から病院のある奈良・橿原までは近鉄電車で約一時間。寝ていることがほとんどだが、時折顔をあげて窓外の景色に目をやる。緑の稲田や遠くの山並みを見るのもたのしいが、町中のこんな立て看も―

 「削って、削って、削って、削って、削って、参ります」―笑ってしまった。かき氷屋さんに拍手!

 今日の菜芭は、昨日いじょうに手足が動くようになり、顔も声の方に向けてきた。気管切開をして痰を出すためのチューブを入れているので、声は上げられないが、その気持ちが感じられた。

 先月入院6日分の医療費は、点数から計算するとトータル225万円、高額医療費限度額の適用で11万円弱で収まった。助かる。


  2026/08/14 [金]   電子社会の陥穽


 菜芭のスマートフォンやパソコンのパスワードが分からない→メールが開けられず、銀行関係の手続きも不明→予定していた海外旅行の航空券&ホテルのキャンセル、山岳保険の請求などなど、一から手探り状態で取り組まねばならない。
 昨日は、Appleのサポートに電話し、パスワードを再設定してMacbookを開けられたが、gmailのパスワードでつまずいてそれ以上進まず。今日は、菜芭の給与関係の懸案事項が一つ解決した。
 
 今日のご託宣:
 豆吉明神:「海原へ漕ぎ出せ」 
 安楽寺天満宮:「一直線に進め」
 
 天満宮の樹齢三百年(?)の楠の落ち葉を、お守りで病室に持っていった。今日の菜芭は、病状が安定したことからICU(集中治療室)からHCU(高度治療室)に移されていた。
 
 相変わらず左脚をバタバタ打ちつけている。顔の汗を拭いてやると、目蓋を閉じることができた。こちらの呼びかけを、聞いているのが分かる。首や腰が、少しずつすわってきた。
 
 今は第一段階:肉体の回復だが、第二段階:言葉の回復、第三段階:記憶の回復は、どのように進むのだろうか?


  2026/08/13 [木]   人間の応答


 今日、菜芭から初めて「うれしい」というよろこびの表情が返ってきた。思わず、涙がながれた。


  2026/08/12 [水]   挑戦


 私が寝ている元子ども部屋には、義父が二十年ちかく前に書いた書き初めのコピーが、壁にはってある―「挑戦」。
まさに今、菜芭が“人間にもどろうとして”日々刻々、チャレンジを続けている。

 私にとっても、同じだ。今日は主治医から、MRIの画像を見ながら病状の説明を受けた。幸い脳幹は傷ついてないが、内出血が数多くあって軽症ではない、今後の事は、何とも言えない、と。

 ではどうすれば脳の神経細胞を、再びつなぐことができるのか? 今日は、小指を重ね合わせておもむく処に手をあて、あたまを内観しながら「あうえいお」と唱え、はらにおさめた。果たして・・・。

 朝の神社お百度は、雨のため中止に。


  2026/08/11 [火]   人間の意志


 今日の菜芭は――昨日の五時間に及ぶ手術の後だったので――疲れて寝ているかな、と懸念していたが、車椅子の上で左脚をバタバタ、バタバタと何度も動かしていた、顔をしかめながら。

 その姿を見て、彼女は私(たち)が来るのを期待して(記憶力?)、よろこんでいる、うれしがっている気持ちを表そうとしているのではないか、と思えてきた。

 決して嫌がっている、あるいは痛みからではなく――また、整体の自律運動でもなく――強い意志、生きる意欲を感じさせるものだった。ひょっとして菜芭は、未だ赤ちゃん段階ではなく、犬や猫の動物段階なのではないか?

 同じ一つの表情、一つの動作(何とかして霧のような白いモヤモヤを、必死に拭い去ろうとしているように見える)に、彼女の万感の思いを感じられるかどうかは、こちらの受けとり方(勘覚)の問題だ。

 今日のご託宣:
 北野天満宮:
  稲荷神社「力を使うな」
  竈社「世の苦しみに耐えよ」
 豆吉明神:「心の奥底に何があるか」 
 安楽寺天満宮:「風になびけ」


  2026/08/10 [月]   夏の花


 夾竹桃(きょうちくとう)の白い花が、青空に映える。菜芭は今日は、骨折した鎖骨の外科手術を受けた。十二時に来るように言われたが、五時に始まり―救急外来が立て込んでいたためだろう―終わったのが九時半だった。

 私は早退して帰ったが、千晶とLさんが最後までついてくれた。おつかれさま。

 今日のご託宣:
 北野天満宮:
  稲荷神社「この気づきを、前へ」
  本殿「力を分け与えよ」
  竈社「一つから一つへ」
 豆吉明神:「ふう」 
 安楽寺天満宮:「さあーっと、手を広げよ」


  2026/08/09 [日]   奇跡とは


 店前のめだかを飼っている睡蓮鉢の周囲、畳四分の一ほどのスペースに菫を植え、夏になると露草が生えてきた。その葉を何やら食べ散らかした跡が・・・

 毛虫ではない。朝、水やりをすると、今年もおんぶばったがピョコンと跳ねた。こんな小さい環世界で、毎年いのちが繋がれている。食べられる草がない年は、何と睡蓮の葉を食べて生き延びていた。
 
 今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「手足を伸ばせ」
 竈社「小さな鼓動を」
 豆吉明神:「肉体の痛みに捕らわれるな」 
 安楽寺天満宮:「今、この時を」 
 
 今日は、Lさん・光太郎と三人で病院に行く(千晶は家で休息)。車椅子に乗った菜芭は、はじめて両目とも“人間的な目”をしていた(昨日までは、ドロンとした“鯖の目”だった)。CRPの値はまだ高いが熱は37度台で、明日は予定通りに鎖骨の外科手術を行うという。
 
 思い返してみれば、今の菜芭は、二、三ヶ月の赤ちゃん状態なのだろうか。目は開いていても光が分かる程度で、まだ寝返りも打てない。顔の表情や手を握り返す動作から、声は聞こえて理解しているようだが。
 
 明日の手術後、順調に回復すれば、今週末にも京都への転院が見えてくるのでは―私の希望的観測。


  2026/08/08 [土]   愛の力


 思い返せば三十代、成人性アトピー性皮膚炎に苦しんでいた時、治ったのは千晶と結婚したことだった。菜芭も、Lさんという伴侶を得て、社会復帰の道を歩めるにちがいない。

 今日は病院行きを休んで、『らくてん通信』の原稿書きにあてたが、“蓄積疲労”のためか、思うようにはかどらなかった。ボチボチと、ボチボチと。

 今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「幸ひを分かて」
 竈社「さあ、一息入れて」
 豆吉明神:「心を沈めて、横へ」 
 安楽寺天満宮:「風のようになめらかに」


  2026/08/07 [金]   生命の跳躍


 今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「波に乗れ」
 竈社「微(かす)かな声に耳を澄ませ」
 豆吉明神:「一筋の道を」 
 安楽寺天満宮:「火と燃えよ」

 菜芭が入院して二週間が経過した。一週目で生命の危機を脱し、二週目で肉体の損傷をカバーした。では、これからは? 私の予測:三週目で心(精神)の痛みを癒し、四週目で身心のトータルなリカバリーを終える。

 ※

 尾道から来た光太郎と三人で病院へ。昨日の状態からは予期できなかったが、菜芭は二、三度“あくび”をし、何度か両目を開き(目の瞳孔は開いたままで焦点も合ってないが)、声かけにうなずいた。

 私がショックだったのは、「菜芭さん、目の体操をしようか」と言ったら、菜芭が赤ちゃんのように“しかめっ面”をしたのだ!帰りの車中、病院から電話が入り「急遽MRIをとることになったので、承諾を」という内容だった。

 おそらく医者にもこのジャンプは予想外だったのではないか。右脳の挫傷が、小さくなっている or 影が薄くなっている、と私は内観しているが、どうでしょう。


  2026/08/06 [木]   秋の訪れ


 北野天満宮の境内ではシオカラトンボが、店の前では赤トンボが舞っていた。日差しは暑いが、秋の気配がそこはかとなく。

 今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「動きを捉えよ」
 竈社「捕らわれに囚われるな」
 豆吉明神:「今日から、一歩」 
 安楽寺天満宮:「委ねよ」

 菜芭は、車椅子に乗って男性看護師に足湯をしてもらうところだった。まだ目は開けられないが、腕や足が時折動き、明らかに“意志”を感じた。CRPや熱も下がってきて、positive perspective を持てた。明日は光太郎が尾道から夏期休暇で来る。


  2026/08/05 [水]   隙間時間


 奈良県立医大付属病院へは、片道二時間。このうち、京都から大和八木まで近鉄電車に一時間乗っている。疲れている時は寝ているが、一昨日から『らくてん通信』の原稿書きを始めた。隙間バイトならぬ、隙間ライティング。

 今日は、菜芭が赤いダウンブルゾンか登山用ジャケットに見える服を着て、一緒に歩いた。「赤」とはまだ感染症による高熱が続いているということ?

 暑い今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「上から下へ垂直に」
 竈社「ポッと手を離す」
 豆吉明神:「乾坤一擲(けんこんいってき)」 
 安楽寺天満宮:「後に続け」
 
 ※
 
 今日の菜芭は、午前に行った気管切開の影響で、シンドそうだった。からだのリズムと西洋医学の規範とは、なかなか歯車がかみあわない。昨日に比べて熱が上がり、呼吸も浅くなったので、果たして必要な手術だったのか、疑問に感じる。


  2026/08/04 [火]   がらがらぽんの欲求


 Newsweek日本版 2026年08月03日付け、斎藤幸平氏のインタビュー〈「もう手遅れ」な世界で、私たちはどう生きるのか・・・斎藤幸平が語る「気候崩壊」と「テクノファシズム」の時代〉より――

 人々は「今の社会をつくってきたやつらが悪い」「エリートには任せていられない」と考える。社会を全部ひっくり返してくれそうなトランプのような人物やポピュリストに託して、「ガラガラポンしようぜ」という動きが力を持つ。
 
 菜芭は、挑戦/無謀(紙一重)=人生の一発逆転を――こころの奥底で――求めていたのかもしれない。三十代の私がそうであったように・・・。

 今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「幸ひを求め続けよ」
 竈社「両を整えよ」・・・両=〈裏〉〈表〉、上下・左右・前後
 豆吉明神:「時を待て」 
 安楽寺天満宮:「小さき道を歩め」
 
 ※
 
 今日の菜芭は、髪の毛を洗ってもらい、すっきりとした顔立ちだった。熱も39.5℃から37℃台に下がり、CRPの数値も改善されてきた。そのため、明日は気管切開、8/10(月)に鎖骨の修復手術を行う予定。


  2026/08/03 [月]   今日の一日


 夾竹桃の花が、ういういしい。今朝は、中学生ぐらいの菜芭が、歩いて一緒に三社巡りをした。天満宮で目に入った短冊―

 「旅行にいきたい」・・・残念、家族の中国旅行はキャンセル。その代わり、菜芭は great journey をしたね。
 「上下左右の人の願い事が叶いますように」・・・四本の矢印付き。やさしいなあ。
 
 今日のご託宣:
 北野天満宮:稲荷神社「祈 願」、祈=〈裏〉受容、願=〈表〉表出
 竈社「底には何があるか」、初めての問いかけ
 豆吉明神:「さあ、これからや」 
 安楽寺天満宮:「熱心に冷静に」
 
 病院で髪を洗うというので、ボディクレイのシャンプーやリンス、ソープを持っていく。車椅子に乗ってリハビリも始めるという。容態は変わらず意識も戻っていないが、今まで感じたことがない深い呼吸をしていた。


  2026/08/02 [日]   今日の一日


 朝、二、三歳の菜芭が三輪車に乗って一緒についてくる勘覚を持つ。道々、菜芭と対話――これから社会にまた戻って、Lさんと一緒に暮らして子どもを産み育て、社会活動も行っていく務めが待ってるよ、と。

 思い立って、いつもとは逆のルート、“逆打ち”で歩く。
 
 今日のご託宣: 
 安楽寺天満宮:「幸ひを受けよ」
 豆吉明神:「娑婆」(しゃば)への一歩」
 北野天満宮:竈社「友に力を与えられよ」、稲荷神社「この力を、この喜びの声を」
 
 お稲荷さんでは、蝉の声に一斉に包まれた。わきあがる生命の力・・・。
 
 目についた短冊「けいさつかんになれますように」―ハッとした、遭難直後にお世話になった吉野警察署のKさんに、菜芭が退院したらお礼の電話をしなければ。
 
 ※
 
 一昨日の胆嚢手術で、phase(潮目)が変わったように感じる。この一週間は、〈裏〉=受容の手あてをおこなってきたが、これかの一週間は、〈表〉=表出の手あてに切り替える時かな、と。
 
 ※
 
 広島在住のフレンズ会員・Yさんから、こころあたたまる手紙とお守り、食材などが届く。比治山神社の「病気平癒」お守りは、看護師さんに頼んで菜芭のベッド脇に置いてもらうことになった。


  2026/08/01 [土]   文月一日


 カンナの赤い花が、この時期にはふさわしい。店前の鉢植えも、南方系のゲッツキ(新芽が出ている)やセイロンライティア(次々に白い花を咲かせている)が、勢いがいい。

 今日は疲れていたので―昨夜は寝たのがひさしぶりの“午前様”―自転車で三社回りをした。

 朝のご託宣: 
 北野天満宮:稲荷神社「よっし、安心せい」、竈社「海へ乗り出せ」
 豆吉明神:「一を大事にせよ」
 安楽寺天満宮:「しずかに、祈りを」

 天満宮の参道には、蝉の死骸が目立つようになってきた。菜芭も re-birth の時―Lさんという生涯の伴侶を得て、新たな航海へ・・・。

 ※

 菜芭の左目は、視界が少しずつひらけてきたが、右目はまったく分からなかった。それが昨日あたりから、土か岩のような焦げ茶色の画面が現れ――最後に見た崖の記憶か、それとも出血のイメージか――それが左目のように空と緑に変わり、さらに左右の目が一つ(心眼?)になった時に、意識が戻るのでは、と思えてきた。

 希望的観測かもしれないが、昨日一週間目の危機を乗り越えて、後一週間? 菜芭からは、調体(せいたい)の内観についても、いろいろ学ばせてもらっている。