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  2026/05/08 [金]   今日の一日


 朝、天満宮へウオーキング。帰宅後、朝食。休業中だが、通販の発送作業を二件行う。その後、「ちょっと一服」へ、ちらし寿司を買いに。

 昼寝の後、ゲストハウスの準備&庭木の剪定(石榴・梅・紅葉・山吹)。後は、ミモザと無花果、それに我が家の柿の剪定を残すのみ。残念ながら、鉢植えの(最初に買った)やまぼうしを枯らしてしまった。教訓:土には園芸用土・腐葉土に加えて赤玉を混ぜて、根が呼吸する空間をあけること&水のやりすぎに注意。この二点を欠くと、根腐れをおこしてしまう。
 
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 メルカードの入会特典1,000ポイントで、充電池と杜鵑草(ほととぎす)の苗を購入。他に、アマゾンの古書店で高秉權『人を目撃した人』(明石書店)と、7ネットショッピングで『地球の歩き方 雲南』(ダイヤモンド・ビッグ社)――夏の家族旅行に備えて――を購入。


  2026/05/07 [木]   今日の一日


 昨日のトレッキング、“初心者コース”とはいえ、それなりに疲れた。千晶も“突き目”と下痢に悩まされている。


  2026/05/06 [水]   大文字山トレッキング


 Mさん親子と私たち夫婦の四人で、山科駅〜毘沙門堂〜大文字山(昼食)〜火床〜法然院〜銀閣寺入り口〜銀閣寺道バス停までのルートを歩く。

 天候は肌寒いほど(時々、パラパラと小雨。汗をかかず、一度も着替えや背中に入れたタオル交換をしなかった)、夏日よりは良かったか。

 山頂で、三人のシルバーグループと隣り合わせで食べる。一人の男性が、八十五歳だった。その歳までトレッキングできるように、ワシも見習わなければ。


  2026/05/05 [火]   今日の一日


 朝、ウオーキングで北野天満宮に向かっていた時、コーナンの近くの花屋さんにやまぼうしの苗木が売っていたのを発見。うつくしい緑の花が、おおきく開いていた。すぐに家に戻り、自転車で引き返すと、無い!

 「売れちゃいましたか?」と店に人に聞くと、別の場所に移してあった。縁は、あったか、と安堵。2,500円。朝食後、ゲストハウス前の元気のないやまぼうしと植え替える(後者は、別の鉢に移して、庭へ)。

 午後、遅れていた『らくてん通信』の原稿にとりかかる。


  2026/05/04 [月]   不幸


 windows7のノートパソコンに入れていた――正確に言えば、VMwareという仮想ソフトにインストールしたwindowsXP上で動いていた――Adobeのpagemakerが、何の前ぶれもなく、開かなくなってしまった。

 二十年前のアプリケーションで今は販売されていないため、いつかこの日が来るとは予期していたが、あまりにも突然だった。Microsoftのwordで代替可能だとはいっても、PDFファイルからの変換が必要になるので、手間を思うと、うんざりしてしまう。

 夜、寝床のなかで、ふと思った。今日は、西郷さんの四十九日じゃないか、ひょっとしてこれは、「もう、過去は振り返るな」という彼からのメッセージではないか、と。何の(科学的な)根拠もないが。


  2026/05/03 [日]   考察


 この三月、四月の不調について思うに、天候不順という外因もあったが、一つは昨年秋頃から毎日ターメリックとジンジャーのパウダーを摂り続けた事→肉体は、外部から何か注入し続けると、もともとの機能(ターメリックとジンジャーが有効だという、免疫力と抗酸化作用)が働かなくなる=弱くなってしまうのではないか。

 もう一つは、小麦のパン、特に肉まんが好きになってよく食べてきた(パンも相変わらず一週間に、三、四回)ために、小麦グルテンが腸の内壁にべっとりとついてしまい、朝の排便がしづらくなった事とも関係があるのではないか。


  2026/05/02 [土]   墜ちるとこまで墜ちよ


 今日の毎日新聞・朝刊に、「無差別爆撃 ルメイへの叙勲」という論考があった。1964年、佐藤栄作首相は、アメリカ軍人カーチス・ルメイに、勲一等旭日大授章を贈った。彼は、第二次世界大戦時に、ドイツや日本の都市(例1945年3月10日の東京大空襲、10万人虐殺)への無差別爆撃を繰り返し――故に「鬼畜」「皆殺しのルメイ」と呼ばれた――ベトナム戦争では、「ベトナムを石器時代に戻してやる」と述べて再び虐殺爆撃を計画した。

 佐藤栄作は国会答弁で、「過去は過去、もうすでにそのことを忘れて、新しい事態(自衛隊の創設に“功績”があったこと)について私どもがその功をねぎらうというか、報いるというか、これは当然のことだと思います」と述べた。
 
 ルメイはアメリカにおいて空軍参謀総長まで出世し、佐藤は「ベトナム和平への貢献」を称えられてノーベル平和賞を受賞した。一方、空襲で殺された故人の遺族や焼け出された人たち、戦災孤児には、何の補償も行われていない。
 
 沖縄で、戦没者の遺骨収集を40年以上(個人で)続けてきた具志堅隆松氏(72歳)は、「ルメイ氏の大量殺りくを日本政府が看過して叙勲に値すると評価した。空襲の犠牲者に対する冒とくだ」と批判する。


  2026/05/01 [金]   絶望と希望


 中国文学者・竹内好(たけうち・よしみ 1910年- 1977年)は、中国の作家・魯迅(ルー・シュン 1881年-1936年)の生涯を論じた評伝「魯迅」で、「絶望の虚妄なることは正に希望と相同じい。」という彼の言葉を引用している(『竹内好全集 第一巻』筑摩書房 p.113)。

 絶望と希望の「望」を、趣味のトレッキングの「見晴らし」に置きかえてみた。絶望の「絶」は断念を表し、希望の「希」はまれなること。絶望と希望、どちらも持たない(どちらにも傾かない)生き方とは、絶望に対しては失望、希望に対しては一望ではないか。

 山を歩いていて、一時(いっとき)、見晴らしの良いところに出ると「一望」するが、また景色が見えなくなって「失望」する。歩き続けるとは―人生とは―その繰り返しではないか。

 時には休憩も必要だし、仲間と一緒だと心づよい。さらに、山で共に食べるメシは、うまい、たのしい。