第41号2008/04/20


豆料理ワークショップ&豆ランチパーティー 報告 



雪の金沢にて  (2/25・26) 高島 千晶

   2/25・26の二日間、雪の舞う金沢に行ってきました。一日目は金沢の会員・小紺有花さんが役員を務める新竪町小学校PTA主催の「家庭教育学級」で親子の豆ワークショップを行い、二日目は金沢のフェアトレードショップ・コミュニティトレードal さんで豆ランチパーティーを開いてもらいました。

  PTAの催しは小紺さんがほとんどセッティングしてくださったのですが、「親子で豆料理」という企画はすばらしいです。今まで、大人メイン、子どもメインという仕事はしてきたのですが、親子で、というのは初めてでした。親と子どもが一緒に料理の醍醐味を味わうと、これはその家の文化になりますね。親がワクワクし、同時に子どももワクワクし、また家でもやりたいね、という言葉が親から聞かれた時、手応えがありました。

 いつものように、しょっぱいグループ、すっぱいグループ、油のグループからそれぞれ調味料を選んで自由に味つけするんですが、これは小さい子から大人まで楽しめるワークショップで、大人も子どもも楽しんでやっていました。今回も細かい改良点はいくつも思いつきましたが、大筋、3年前の篠山チルドレンズミュージアムで大月さんと編み出した方式が続いています。

 いつも市販のドレッシングを使われているお母さんが多いようだったので、親も子どもと同じスタートラインに立って楽しんでおられました。小紺さんがたくさん薬味を用意して下さっていてそれもよかった。しょうが、にんにく、ねぎの香り。やっぱり薬味も大事です。

 金沢の伝統ある地域の和気あいあいとした雰囲気にも助けられました。
 翌日、豆料理キットの取引先のalさんで豆ランチパーティーを開いていただいたのも、本当にありがたかったです。これも小紺さんがalさんに声をかけてくださって実現したのですが、金沢のお会いしたことがなかった会員の方とお会いできたこと、農家の人ともお話しでき、農薬が生産者の健康を損なっていることを話していただき、本当にいい時間になりました。マメ科の植物が土を肥やす役割を持っていることもみなさん熱心に聞いて下さり、秋場さんなど自然農のお百姓さんの話にも広がりました。alのクズハさんが、「お料理を習おうと軽い気持ちで来てもらって、結果としてお料理だけでなく生産者のことを知ってもらうのが一番いいね」と言っていたのですが、本当だなあと思いました。

 福井の会員、宮下真理さんとも今回、会えてとても良かった。4歳、1年生、3年生の子どもたちとお豆の話ができて、こういう風に子どもは興味を持つのかということがわかって、それもこれからのワークショップの参考になりました。

 今回、お豆を20種類、小さいアクリルケースに入れて持っていったのですが原産を話していると、世界地図を見てみようということになり、世界地図の上にお豆を置いて、それがシルクロードを通って広がっていったことを、お豆を動かして子どもたちが表現する。いつの時代?という話にもなっていって、ムング豆はアフリカが原産だけども縄文時代にはもう日本に入ってきていた、弥生時代には大豆が入ってきたという話になり、今度は歴史の年表が出てくる。楽しいですね。わたしももっと勉強したくなった。

 そうそう、理科の話も出てくるんです。窒素の話。酸素と二酸化炭素のことも。これは新竪町小学校でしました。もっとわかりやくプレゼンテーションできるように、これからは準備ができるといいなあ。豆から、いろんな学びに発展できますね。

 小紺さんはもとより、小紺さんの子どもたちにも、とてもお世話になった。子どもとすごすのってなんて楽しいんだろうかと改めて思った二日間でした。かわいい子どもたちに助けられ、教えられることが多かったです。


二日間の感想  小紺 有花(ここん ゆか)

 この度は、千晶さんには本当にお世話になり、有り難うございました。私にとってもとても充実した2日間でした。 料理講習会でなく、ワークショップと言う形式にとても可能性を感じました。各自の感覚や自主性を引き出すんですね。

 最初は豆に無関心だった子供達がせっせと調味料を調合して積極的に食べまくっている姿に感心しました。お膳立てされ過ぎた食が氾濫する中、子供達の食への関心が低下していることが気がかりだったけれど、こういった子供の好奇心をくすぐるようなやり方だと、子供達は食に対して意欲的になるんですね〜。これは、今回一番の発見と驚きでした。

 また、お母さん達の生き生きと参加して下さった事がとても嬉しかったです。親と子、親と親、親と先生、子と先生。3つの立場が互いに共鳴し合った時間でしたね。自分の感性・感覚や自主性を駆使して体験する事が何よりの学習になるんですね。

 アルでの豆パーティーでも色々なお話しが聞けてすごく良かったです。生産者や環境問題に従事されている方の生の声がなによりの収穫でした。

 そして、千晶さんの豆のお話し、窒素や化学肥料のお話しもとても面白かったです。もっと詳しく知りたいです。とにかく、色々と考えさせられる事ばかりの素敵な2日間でした。



別所久子さんを悼む 高島 千晶


 
 2003年からの豆料理クラブ会員、別所(旧姓:高岡)久子さんが3月21日に病気で亡くなられました。33歳でした。

豆ランチパーティー

 久子さんには、鍋カバーの開発、チルドレンズミュージアムのワークショップ、だんのういちや風人の祭での豆販売、豆料理を味わう会での料理などいろんな場面で力になってもらいました。特に、ご実家の陀里(だり)を豆ランチパーティーの会場として何度となく使わせていただき、雑誌『ナナムイびと』の取材があった際も、会場のしつらえから料理までほんとうにお世話になりました。(写真上はナナムイびとの撮影の時のもの。左手前は久子さんが作ってくれたサブジパラタ、チャパティの中にサブジというおかずを入れたもの。奥のトマトのピクルスも久子さんが作ってくれました。)

 この『らくてん通信』の表紙(題字脇)に用いている豆のイラストは、久子さんが鉛筆で書いてくれたものをそのまま使っています。鍋カバーにも刺繍でこのマークは入っていますし、これからモーラさんと協力して作っていくフェアトレードの台所用品(スパイスホルダーなど)にも、このマークを使っていこうと思っています。

 メーリングリスト「100年計画」から久子さんの文章を二つと、わたしの文章を一つを下に掲載し、久子さんへの追悼といたします。

2005年6月7日 「楽しかった〜♪」 

 こんにちわ!ヒサコです。(夜中ですが・・・)日曜日の風人の祭に行ってきました!「お豆売りのお手伝い」をしに行ったはずが・・・すっかり楽しんできてしまいました☆(全然お役に立てなくってスイマセンでした)千晶さんは本当に楽しそうだったなぁ。ああ、お豆が本当に好きなんだなぁというのが伝わってきて、ほんとに私の出る番なんてないくらい(言い訳?)だったので私は裏方に徹して手の足らないところだけお手伝いしようと思ったのでした。 そして私はというと、ステージが始まればすっ飛んで行ってしっかり前のほうで「い〜や〜さ〜さ〜っ!」でした・・・(^^)>”私がすごく印象的だったのは、最初にまーちゃんが泡盛をステージの周りや会場に振りまいた後、祈りの唄を唄わはった時にブワッと本当に暖かい気持ちのよい風が吹いたのがとても不思議で、その後にもう暑いくらいのいいお天気になって本当に素敵な気持ちのよいお祭りでした。まこみさん本当にお疲れ様でした!思えばだんのういちで出会ってお話していなければ、こんな風につながっていかなかったかなと思うと、出会いって素敵だなぁと思います。ありがとう!

 楽天堂さんはお豆で、まーちゃんは唄で、まこみさんはまーちゃんを呼ぶことで風を起こしているけど、私には何ができるかな?まずはお豆を食べようかしら♪ そしてまーちゃんのCDを聞いて唄って踊ります♪ そして友達と一緒にお豆を食べて、一緒に唄って踊れば少しずつ伝わっていくかしら?

 そうそう、おひざの上で眠ってしまった名前も知らない赤ん坊かわいかったなぁ・・・実は私がいた場所にぽつんと一人で座っていたのでその子を包むように私が上から座ったのです。そしたらどうやらもうお眠だったようで、私のクッションのいいフトモモが気持ちよかったのか、うにゅうにゅ言いながらいつの間にやら眠っていたのでした。あんなにやわらかい素敵な生き物が私の膝の上で呼吸していることが幸せでした。それが自分の子供だったらどんな気持ちだろうか?私の母親は長い間鬱病だったので、一人で苦しんでいたけれど、「子供がいなかったら私はどうなっていたか分からない」とよく言っていました。

 自分がいないと何もできない自分の中に授かった生き物がいることで、絶対に逃れられない不自由さと愛おしさで、お母さんは強くなるのかな?私もお母さんになる日がくるといいな・・・。

2006年7月28日 「行ってきます!」

 いよいよ今日、京都を出発します。いろんなことがありました。自分の事が大嫌いで、人の目ばかり気にして悩んだり、苦しんだり、夢も希望もなく、ただただ毎日飲んだくれたことも・・・そして一生懸命「親」を恨んでいた。私がこうなったのはあんたのせいだと。25歳で癌になった時には、もう私の人生は終わったと思いました。だけど、命は残っていた。どうせ終わるなら、生きている間は楽しい方がいい♪

 30歳まで生きられたら、そこから自分を始めよう。そう思えるようになったのは3年程前でしょうか?30歳になれたときは本当に嬉しかった☆記念に全財産を使い果たして沖縄に車の免許を取りに行きました。お金も、仕事も、なにもなくなり、すっきりした私は自分の事が好きになっていた。希望にあふれ、毎日が楽しくてしょうがない♪

 本当に、病気に、人に、私は支えられ、助けられここまで来る事ができました。「命がある」ただそれだけで素晴らしい事なんだと思うと、物も、食べ物も、粗末にできなくなりました。そんな私が、今新しい命をお腹に授かって、育てていこうとしています。またこの新しい命によって、静岡という土地へ導かれ新生活を始めます。何も知らない土地で、パートナーとの一からのスタートです。もちろん不安もあるけれど、もうやるしかない!つらかった事も、悲しかった事も、苦しかった事も、全部ひっくるめて、楽しかった!と言えます。京都で出会った、たくさんの人たちに、住まわせてもらったこの家に、私を側でずっと支えてくれた我家の白猫のチーコに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!!!!!!!

 そして、まだまだ未熟者ですのでこれからもどうぞよろしくお願い致します。

2008年3月22日 「10年後にしたいこと」 千晶

 今日、お通夜には間に合わなかったけれども、店を閉めてからら、久子さんにお別れを言いに行きました。ナオちゃんのおかげでしょう、とても和やかな場になっていて、気持ちが落ち着きました。

 鍋カバーについているお豆の刺繍のラベルのあのお豆の絵は、もともと久子さんがえんぴつで描いてくれたもの。鍋カバーの形も久子さんをはじめ何人かの合作。それから、まわりにステッチを入れるという案も久子さんが出してくれた。ミーティングをしているとき、その場でステッチを入れてくれ、ああ、これいいね、とみんなが納得しました。

 たくさんの豆ランチパーティーを久子さんの家で開きました。今日、岩井さんが店に来て、いつか久子さんをしのぶ豆ランチパーティーを開こうと言ってくれ、それはいいアイデアだなあと思いました。近いうちに開くのもいいし、ナオちゃんがうちの娘くらいの歳になったときにも、そういう豆ランチパーティーを開いてあげたいなあと思う。久子さんが思いついた「ひよこ豆の粒マスタード和え」とか、「クミン入り酢大豆」とか、作ってあげたい。おいしいでしょう?これ、お母さんの発明だよ、お母さんって天才だね、と言いたい。鍋カバーも見せてやらないと。

 久子さんが豆料理クラブに残してくれたものはたくさんあります。折にふれ紹介します。



麹遊び その5 小紺 有花 (ここん ゆか)


 
 今回は麹の加工品であるお酒の副産物「酒粕」で遊んでみました。
 酒粕はおそらく日本人なら誰でも一度は口にしたことがあると思います。スーパーでも1年中入手可能なとても身近な存在ですが、取り立てて関心を寄せる事はあまり無かったのではないでしょうか。でも、いざ酒粕をクローズアップしてみるとその秘めたる力と大きな可能性に驚かされます。

 酒粕は日本酒のもろみを絞った残りかす。米を仕込んで発酵し、お酒になる過程で微生物が生み出す有効成分の90%は搾り取ったお酒ではなく、酒粕に残るのだとか。だから酒粕には「かす」と呼ぶには申し訳ないほどの栄養価と機能性が備わっているそうです。8%ほどのアルコールに、デンプン、タンパク質、食物繊維、ペプチド、アミノ酸、ビタミンB、発酵で働いた酵母などが豊富に含まれており、酒粕は栄養強化、健康促進、スタミナ増強、美容に役立つ優れものなのです。

 しかし、そんな素晴らしさを知る前は、私にとって酒粕はあまり使い勝手の良い物ではありませんでした。酒粕はいつも我が家の冷蔵庫に常備されていましたが、粕汁に使う意外にあまり活用することもなく何となく持て余すのが常でした。でも、もったいないので何とか消費する為に何か目新しい使い道はないものかと色々と試したり、調べたりしてみたところ、意外や意外、結構面白い使い方が出来る事がわかりました。例えば、加熱処理をしていない新鮮な生の酒粕なら酵母が生きているので元気にパンを膨らましてくれます。フルーツとの相性がいいのでデザートへの使い道も広がります。油と塩を組み合わせてこんがり加熱するとチーズのような風味になります。料理の隠し味に使うと味がまろやかになります。今や私にとって酒粕はとっても重宝する食材として和食、洋食、中華、おかずからおやつまで大活躍です。ヘルシーで安価な酒粕は保存も効く本当に優秀な働き者です。日本の発酵食品の底力のような物を感じます。

 今回のレシピは日々の食卓に気軽に取り入れられて応用のきく物をいくつかご紹介します。まず、「酒粕ペースト」とそのペーストを使って応用三品、そして「赤レンズ豆の酒粕スープ」です。ペーストは冷蔵庫で3〜4日は保存可能なのでまとめて作っておけば色々と使い回しが出来て便利です。スープはいつも飲んでいる粕汁にひと手間加えて洋風にアレンジしました。酒粕が味にまろやかさとコクを出してクリーミーな仕上がりになっています。どのレシピもお好みでハーブやスパイスなどでアレンジを加えても面白いと思います。是非お試し下さい♪

酒粕クッキー(手前)&酒粕バター(奥) 酒粕クッキー(手前)&酒粕バター(奥)

〈酒粕ペースト〉
【材料&作り方】
酒粕160gを細かくちぎって無調整豆乳200ccに浸して柔らかくしてからフードプロセッサーでなめらかなクリーム状にする。豆乳をりんごジュース(ストレートタイプ)に置き換えても良い。

〈酒粕クッキー〉
【材料】(約20〜25枚分)
酒粕ペースト 80g、菜種油 40g、天然塩 小さじ1/4〜1/2、地粉 120g、ベーキングパウダー 小さじ1/2、粗びき黒胡椒 小さじ1/4、白炒り胡麻 10g
【作り方】
1)酒粕ペーストと菜種油と塩を良く混ぜ合わせておく。
2)地粉とベーキングパウダーを合わせてふるいにかけて、@と胡椒と白炒り胡麻を加えてゴムべらなどでさっくりと切るように混ぜ合わせる。こねないように注意してだいたい混ざったら1つにまとめる。
3)台の上にラップを敷いてその上にAの生地を乗せて、少し手で押さえて表面を平らにする。その上にラップを敷いてラップの上から綿棒で厚さ3ミリに伸ばす(ラップを使うと打ち粉が無くてもきれいに伸ばせる。)
4)伸ばした生地を包丁で2.5×6センチ位に切ってクッキングシートを敷いた天板に並べて160℃に予熱したオーブンで12分、途中でクッキーを裏返して更に約12分焼く。表面がこんがりきつね色になれば焼き上がり。
*注*
1)低温でじっくり焼くのがサクサクに仕上げるコツ。焼き上がった後、すぐに取り出して冷ましてもいいが、そのまま庫内に放置して余熱で乾燥させても良い。
2)塩は種類によって辛さが異なるので、使う塩に応じて量を加減する。

〈酒粕バター〉
【材料&作り方】酒粕ペースト80g、菜種油15g、天然塩適量を良く混ぜ合わせる。パンにたっぷり塗って香ばしくトーストするとチーズやマヨネーズのような風味になる。

〈酒粕ソース〉
【材料&作り方】
酒粕ペースト60g、菜種油10g、天然塩適量、レモン汁大さじ2を良く混ぜ合わせる。マヨネーズタイプのソースになる。
   
赤レンズ豆の酒粕スープ 赤レンズ豆の酒粕スープ
〈赤レンズ豆の酒粕スープ〉
【材料】(2〜3人分)
玉ねぎ 1/4個、ニンニク 1片、菜種油 大さじ1、水 2カップ半、赤レンズ豆 大さじ2、酒粕 30g、味噌適量
【作り方】
1)玉ねぎとニンニクをみじん切りにする。鍋に菜種油をひいてニンニクを入れて弱火にかける。ニンンクが香ってきたら玉ねぎを加える。
2)玉ねぎが透明になってしんなりしてきたら水、レンズ豆、酒粕を加えてコトコト弱火で煮込む。レンズ豆が柔らかくなったら味噌を加えて味を調える。
*注*
1)出来立てよりも、火から降ろして3時間以上置いた方が味が馴染んで甘みが出てきて美味しくなる。
2)器に注いでから仕上げにオリーブオイルや胡椒をかけても美味しい。
3)色んな野菜とお豆で試してみて下さい。



「リフォーム料理でひとやま当てて!」なんていわれても・・・その7
 
根石 佐恵子(ねいし さえこ)



 もう春がそこまでやってきていますが、2月半ばにひどい風邪をひいてしまいしばら〜くご飯作りに力が入れられず、絵が浮かんでもどうしても作れない〜辛く寂しい日々でした。なので、ちょっとテンション低めですが、お正月以降、ぽつぽつと思い出したごはんを、お伝えしますね。

おせちリフォームベスト3
 その1 〈粕フォンデュー〉
 おっとさんの両親は信州人、名古屋で迎えるお正月は信州流。絶対欠かせないのが「ぶりの粕煮」です。海のない信州のこと、ずっと昔ながらの”塩ぶり”をもどして使っていましたが、何年か前からは北陸のおいし〜いぶりに塩をふって作ります。

 濃いめに塩を振ったぶりの切り身をお湯で煮て、その汁で酒粕を溶きのばし味を調え、後はそのとろとろの粕にぶりを戻し入れて、味がよく浸みるまで、弱火でことこと焦がさないように煮るだけ。シンプルですが、もう身も粕のたれもめちゃおいしいのです。ぶりの偉大さを1年に1回思い知らされる瞬間です。この残った粕のたれ、もうそのままで”フォンデュー”。

粕フォンデュー 粕フォンデュー

 そしてそこにはお正月ならではの豪華な(!?)食材が〜!早速、煮しめの筍、かまぼこ、ぎんなん、ブロッコリー(??)などを串に刺してからめます。確かに「そのまんまじゃん!」で、なんの感動もないと思いますが、ぜひ1度作ってみてください。「酒粕ってこんなにぃ〜!」の感動まちがいなしです。今回冷凍庫にあった鮭で作ってみました。やはりぶりにはかないませんが「鮭粕フォンデュー」おいしかったです。それでも残ったら、ゆで卵をざくざく刻んだものや、ゆでたり蒸したじゃがいもにとろりとかけてオーブントースターで焼いてみてください。まるでチーズ焼きのようになります!かすってやっぱすごい!

鮭の粕煮 鮭の粕煮

その2 〈きんぴら昆布巻き飛竜頭〉
 読んで字のごとくですが、残ったきんぴらや昆布巻きを、ただひたすら刻みます。それを、水気を切ってすり鉢で摺ったとうふに混ぜ込み、ひと口大に丸めて片栗粉をまぶして油で揚げます。

 揚げたての熱々がやはりおいしいですが、冷めたら、薄〜いゆる〜いショウガいりのあんをかけてもおいしいです。基本的に具にしっかり味がついているので、そのままぽこぽこ口にほうばればいくつでも食べてしまいそうです!飛竜頭は残り物の強〜い味方だぁ!と実感します。

その3 〈黒豆きんとんパンケーキ〉
 栗きんとんに黒豆を混ぜ込んで茶巾に絞り完成!な〜んてこれじゃああんまりだから、はちみつを少し水で薄めて塗り、オーブントースターで焼き色をつけます。かりっとこげたところがまたおいしい。どちらも和菓子素材なのですぐに極上和菓子のできあがり。

 もう一品、小麦粉、豆乳、タンサン、はちみつなどでパンケーキ生地を作り、きんとんや黒豆をどぼっ、どぼっといれて軽〜く混ぜ、フライパンで好きな大きさに焼きます。あんこのように固まりがぼこっと残るのがベスト!分けてはさめば「きんとんどら焼き」だけど、混ぜて焼いた方が洋菓子っぽくておいしくて、食べやすいと思います。来年のお正月に試してみてね!

こんにゃくとひよこ豆
[こんにゃく編]

 先日、おやこ劇場のおまつりで『こんにゃくおでん』を前夜から煮込み、大雪の当日さぞ売れるでしょう・・・と皮算用をしてたけど予想に反して残ちゃった!焼きたてのワッフルと、ふかしたての蒸しまんに負けちゃった!「こんにゃくだけじゃ、子どもに受けない!」「たまごとか、ちくわとセットにしないと・・」なんて言われて「シンプルなこんにゃくのうまさを味わってよ〜!」とぼそぼそ言いながらも、くやしさに浸ってる間もなく一日てんてこまいの後、片付け終わったぺこぺこのお腹につるつると流れ込んでいったこんにゃく(冷めてもほんとおいしかったのよ)、それでもまだ余って(いったい何枚のこんにゃくを煮込んでたのでしょう?)悲しい帰宅。

 でもそこを救ってくれたのが、冷蔵庫で静かに出番を待っていたほうれん草とごま豆腐。こんにゃくを薄い短冊に刻み、塩ゆでしたほうれん草を、すりばちで摺って味を調えたごま豆腐で和えるだけ。ごまの香りと、しっかり味のついたこんにゃくとしゃきしゃきのほうれん草のハーモニーばっちりの白和え(本当は黒ごま豆腐だったから灰和えでしたが・・・)。 たまたまだったけど、幼少のころの我が家の白和えはそういえば、こんにゃくとほうれん草が定番でした。急に懐かしくなったりして・・だけどやっぱりこんにゃくは水っぽかったよな〜(お母さんごめんなさい)でもこの灰和えはおいしかった!これからは、『おでん』と『白和え』をセットメニューにすることにします。

白和えならぬ灰和え 白和えならぬ灰和え

 その後、ゆず味噌塗って田楽になり、焦げ目がついてステーキになり。めでたく味付きこんにゃくは大活躍でした。しかしこのあと風邪にノックダウンされてしまったのでした。(涙)

[ひよこ豆編]
 我が家の長男は豚肉を食べていません。給食にひと月に一回は出るメニュー〈ポークビーンズ〉は代替品を作って持参します。大豆の代わりに我が家はひよこ豆!だって断然おいしいんだもの。一時期豚肉の代わりに鶏の小肉を使っていましたが、今はそれもなし。野菜と香辛料とひよこ豆だけでもうたまらんおいしさです。

 残れば〈ハッシュドひよこ〉や〈ひよこスパ〉に変身しながらみんなを魅了していたある日のできごと。中国からの留学生、尚さんの送別の宴の後、『キャベツ増量鮭のちゃんちゃん焼き』が残りました。

 どうしようかな〜と思っていたところ、突然「魔女の宅急便」のワンシーンが頭に舞い降りてきました。そう!キキが、おばあさんに頼まれて孫娘の誕生パーティーに”サーモンパイ”を届けるシーン。「おう!パイだ!でも生地を作る元気はない。そうだ春巻きの皮でパイもどきを作ろう。うろこはマヨネーズで描けばいいか!」な〜んて、うきうき翌日春巻きの皮を用意。さて、作ろうと鍋をあけたところ・・・ない!昨日のお鍋はからっぽ・・・せっかくいい案浮かんだのにぃ〜!そうです、おっとさんがお酒のつまみにたいらげてしまっていたのでした。ガ〜ン。

にせにせサーモンパイ(ポークビーンズパイ) にせにせサーモンパイ(ポークビーンズパイ)

 でも、そこで行き場のない春巻きの皮を救ったのがこのポークビーンズ。つなぎに、くだいたくるま麩をまぜて水分を吸ってもらい、めでたく皮に包まれてサーモンパイもどきになりましたとさ。もし、「またサーモンパイ?私これ嫌いなのよね!!」とあの孫娘が言ったとき、キキがすかさず「ふふっそう思ったら大間違い!実は中身はポークビーンズもどきなのよ!」と答えていたらあのお話はどう展開したんだろう〜?

 なーんて考えると楽しくないですか?焼き上がった4匹の鮭もどきを見て一人そんなことを思っていたおばかな私でした。おまけは、魚のソテーの残り汁のこびりついたフライパンでキャベツとひよこ豆を炒め豆乳を少し注いでさっと煮たただけですが、〈春色クリーム煮〉ができました。やった!!

春色のクリーム煮 春色のクリーム煮



 大人になって出会った子どもの本 (2) 

川と「なつかしのわが家」 宮島 百合(みやじま ゆり)



 大掃除、というと、日本ではふつう年末にするが、イギリスでは春の行事らしい。
 「つぎのあさ、おくさんは とてもはやくおきだして、はるの大そうじをはじめましたが、この大そうじをすますのには、2しゅうかんかかりました。」

 これは、「まことにきれいずきな やかましや」のねずみが、さまざまな闖入者に悩まされる『のねずみチュウチュウおくさんのおはなし』(ビアトリクス・ポターさく・え 福音館書店)の大掃除。そういえば、わが国の絵本界の人気者、のねずみのぐりとぐらも、「おひさま ぽかぽか うれしくて ほこりも ふわふわ おどってる ぼくらは これから おおそうじ」と春の大掃除をしてたっけ。

 さて、今回ご紹介する我らが主人公、モグラは、お話のしょっぱなで、「『え、めんどくさい!』とか、『なんだ、こんなもの!』とか、『春の大そうじなんてやめっちまえ!』などといいながら、上着をひっかけもしないで、家からとびだしてしまった」。そして、「生きるよろこびと、大そうじぬきの春をあじわううれしさに、モグラは、四つ足をいちどきに空中にはねあげながら、どんどん草原をこえ」「あてもなくぶらつくうち、きゅうにまんまんと水をたたえて流れる川岸に出た」のだ。

 「川全体が、動いて、ふるえて――きらめき、光り、かがやき、ざわめき、うずまき、ささやき、あわだっていました。」

 その川岸で、モグラは友となる川ネズミと出会い、彼の家で暮らしながら、川べでの生活を楽しむようになる。そして、ヒキガエルやアナグマなど、魅力的な仲間と出会って・・・というのが、この『楽しい川べ』(ケネス・グレーアム作 石井桃子訳 岩波書店)の物語だ。

 私はこの本を一昨年の暮れに読み、たちまちその年のベストワンだと惚れこみ、購入した。(ちなみに去年、2007年のベストワンはマルジャン・サトラピ作『ペルセポリス』バジリコ刊)読んだきっかけは、斉藤惇夫さんの文章。イギリスの児童文学作家フィリッパ・ピアスと、この本について語り合い、ピアスは8歳で、斉藤さんは10歳でこの本と出会い、以来ずっと愛しつづけている、といった内容だった。(岩波書店のPR誌から。福音館書店発行『母の友』2007年3月号にも同様の文章が載っている。)

 「つまり、川は、ぼくの世界なんだ。そして、ぼくは、もうほかには、なんにもいらないなあ。川にないようなものなら、ぼくには必要ないし、川の知らないものなんて、ぼくたち知ってたって、しようがないんだ」と言うほど、川と一体となって暮らしているネズミの生活には、たとえば『宝島』に出てくるような大冒険は起こらない。なのに、なぜこんなにたのしいのか。今回読み返してみて、ネズミ、モグラ、アナグマ、ヒキガエルといった登場人物ひとりひとり(?)が魅力的で人間くさいこと、特にモグラとネズミの細やかな友情に心を動かされるのだと思った。そして、前出の斉藤さんとピアスの対話でも話題に上った、「あかつきのパン笛」という章、この章の美しさとやさしさは、深く心にしみこんでくる。

 そして、もちろん、挿し絵の魅力は大きい。『くまのプーさん』(A・A・ミルン作 岩波書店)の挿し絵で有名なE・H・シェパードの描く動物たちと、「動物たちの友であり、すくい手である、あのパン神」は、とても愛らしくて、かっこよくって、そして(パン神は)荘厳なのだ。

 ところで、スポーツでも、映画や歌舞伎といった芸能でも、「ひいき」の選手や役者がいなければちっとも楽しくない、というのは、皆さんも賛成して下さるだろう。(余談だが、私がかの『ハリー・ポッター』に夢中になれないのは、主要登場人物の誰のファンにもなれないからだと思う。)さて、この物語で私のごひいきは、アナグマだ。モグラたちの父親役ともいえる彼を好きなのは、ファザコンってことか? などと思ったりしたが、読み返して気づいた。アナグマの、社交を好まず人づきあいが苦手なところ、そして、ぶっきらぼうで飾らず、いつも自分らしくて相手に合わせず、それでいてやさしいところが好きなのだ。そういう私自身は、おっちょこちょいの調子者、うぬぼれで気が変わりやすい、そうあのヒキガエルそっくりな奴なのだが。

 そういえば、前出の作家、斉藤惇夫さんも、「私は・・・またまた『たのしい川べ』を読むことになってしまいました。(中略)それまでそれほど魅力を感じなかったヒキガエルに、すっかり魅せられて、意気投合してしまっている自分に気づき仰天しました。」と書いている。「子どものころから幾度も読んだ『たのしい川べ』が、いつも異なる表情・・・で私を迎えてくれることに、あらためて深い感動をおぼえました。」という斉藤さんの言葉のとおり、幼・少年期、青春期、壮年・老年期と、人生のどの年代に読んでも、共感とともに新たな発見がある――『たのしい川べ』はそんな一冊であるようだ。

 先日、文庫活動を30年以上している方のお話を聞く機会があった。子どもたちにとって、「おはなし」がいかに大切か、という話に感激した私が、「おはなしをいっぱい聴いて育った子は、自分や他人を傷つけるような事件を起こしたりしないですよね」と言うと、その方は、「本の中に友達がいたら、自殺なんてしませんよ」と言った。

 たとえ100年の月日が経っても、本を開けばあの川は「おいかけたり、くすくす笑ったり、ゴブリ、と音を立てて」流れ(原著の出版は1908年!)、川岸には、ひとのいいネズミ、賢くて勇敢なモグラ、そしてあのうぬぼれやで見栄っぱりで、そのくせ気のいいヒキガエルがいて、いつでも私たちを迎えてくれる。これを読んで下さったあなたにも、本の中に生涯の友人が見つかりますように!

『楽しい川べ』(岩波書店) 『楽しい川べ』(岩波書店)



投稿 六ヶ所から感じたこと (下) 高野 潔樹(たかの きよき)



  今回六ヶ所村を訪れて、詩句が沢山できたので紹介します。

   虫の音は 大地の心を胸に秘め 
   風をふるわせ とんでゆく

 虫の音がよく鳴り響いていて、自分の願いも風に乗って伝わって欲しいなぁと、虫の声に触発されて生まれました。

   六ヶ所の 工場の横にある風車 
   うごけうごけと我に言うなり
   風吹けば 動く風車を夢に見て 
   心燃やして我も動かん

 再処理工場の施設群と日本一の風力発電の巨大な風車群がPRセンターから同じ空間に一望できたことがすごく印象的だった。富と雇用と破壊をもたらす外部からやってきたもの、その地域の個性を活かしたその地域のためのもの。これが併設されていてまさに自分自身に選択を迫られているように感じた。現実の選択は様々な段階に応じて臨機応変にやっていかざるをえないと思うが、本質の所はこの二者択一に近いものだと思う。

 風が吹けば動く風車ってすごくいいなぁと思って、じゃあ自分は何によって動かされるのかと思ったら心かなぁと。それもうわべのところではなく天地自然の宇宙にまでつながったふかい所にある真実のこころ、ねがい、これによって導かれますようにといつも祈っています。

   六ヶ所の 大地の心胸に秘め 
   あすは我が身と思い定めん

 中央市場で働かせてもらっているからよくわかります。下北、青森、八戸、岩手、宮城からも水産物が来ています。(鰆、鮃、鮭、ほたて等々)、兵庫、大阪、淡路、愛媛、大分、豊後水道、高知、徳島、鹿児島、長崎、対馬、下関、鳥取、島根、若狭、志賀、能登、石川、富山、新潟 産の魚はよく見かけます。昔は若狭や瀬戸内くらいからだったでしょうが、今ではほとんど日本全国あらゆる地域から市場に集まってきます。そして市場から小売店に、小売店から病院やレストランや我々の食卓にやってきます。京都ですらこんなに集まるのだから東京大阪はもっとすごいでしょう。

 京都のスーパーでも青森県産のりんご、長芋、大根、牛蒡はよく見かけます。たとえ魚を食べなくともあなたの大切な友人はどうでしょう?家族は?病院にいるおじいちゃん、おばあちゃんは?親戚は?自分自身は守れたとしてもこのことを知らない人から被爆していくかもしれません。

 再処理工場を止められなければ、プルサーマル計画が実行され、日本中に広がり、やがて世界にも再処理工場が輸出され、悪循環サイクルシステムができあがるでしょう。そのうち食べ物がなくなり、歴史、伝統、文化もなくなってゆくのか?いつそんな事態がやってくるかもわかりません。このことをつきつめてゆくと結局自分自身の問題になると思うから、少しでも変わりたいと思うし、自分にできることなら何でもやろうと思います。

   満月の 夜に流れる 雲の群れ
   つきあかり 畑にひびく 虫の声
   我歌う 大地のうたと つきあかり

 ただただ素朴な夜の素晴らしさに感動しました。六ヶ所に数日しかいなかったから、全てを見たわけではないけれど、ないといえばないし、あるといえばある。東京も同じで、あるといえばあるし、ないといえばない。時に人間の価値観はやっかいなものだなと思う。その地域に何があって何がないのかを見極めて引き出す。そして今までの人生で学んできたことと、自分のエネルギーと、その地域の個性が融合したときに初めて人も地域も行かされて活性化してくるのではないか?菊川さんは、そのような事に取り組んでおられるように感じました。

 今を生きる大人としての責任を果たさねば……。核燃サイクルに頼らない生活の実選を心に六ヶ所に還ってきた菊川さん。実はその前に岐阜で田舎暮らしをしようと土地を買っていたそうです。チェルノブイリや六ヶ所の核燃施設計画を機に帰る決心をされたそうです。今までに六ヶ所の人々や家族とも様々な物語があったでしょう。同じ志を持って反対運動をしてきた人々や、県外からも来る素敵な人々のおかげで何とかやっていますと言っておられました。

 この状況を変えることができるのは、まず一人一人が自分自身を見つめなおし、自分の感覚を信じること。自分の言葉で立ち上がることだと思います。

 賛成だろうが反対だろうが、稼動しようがしまいが、ひとりひとり自分の中の真実を見い出せばやがて大調和へと向かうと思います。

   たましいの 願いこそきけ ひびきあう
   心も求めし人の願いを 
   賛成反対を超えて、全ての人が救われますように。

 詩などはあまり作ったことなどなかったけれど、自分と向き合うことで何かが変わり始めたのかなと思えるような、小さな良き旅となりました。

 人事を尽くし天命を待つの心で、自分にできることは何でもやろうと思います。(平成19年10月27日)


[HOME] [らくてん通信 INDEX]