第24号2003/09/10


トマト雑記 山田 哲(やまだ さとる)


  ズッキーニ
山田哲・裕美子さんご夫妻は、耕さない、持ち込まない(農薬はもちろん、植物性の肥料も補う以外は使わない)という自然農法を実践する“ないない尽くしの農家”です。毎週1回、6−10種類の野菜をセットにして家まで配達(2500円)or宅配(2000円+送料)してくれます。我が家も山田さんの“妙なる美味しい野菜”に感動して会員になりました。京都から日吉町の畑に通い百姓をしている山田哲さんに一文を寄せてもらいました。(千晶)
 ♪「ことしのトマトわぁ、小さいぇ、かたかぁたわぁ。だけどぉ、いいかぁがぁー。もう、このまま、くさるでしょっ!」わ、縁起でもない。でも長雨と冷たい気温、日照不足で、山間の畑の露地のトマトは、こんな感じです。消毒するという訳にはいかない百姓は、オロオロ歩きまわるばかりです。
 申し遅れましたが、うちは無農薬、不耕起、露地栽培の野菜の農家です。高島さんとのご縁を喜んでいる者で、拙文を寄せさせて頂きます、山田 哲と申します。
 あ、ところで、うちには屋号がございます。お客さんには内緒にしているので、どなたもご存知ないのですけど、ひらがなで「こづつや」と申します。加古里子さんの絵本『だるまちゃんとだいこくちゃん』が大好きで、だるまちゃん手作りの「うちでのこづつ」が由来です。あんなのが出来たらいいな、と余所の畑を見て思うのですけれど、自分でいざ作ってみたら何だか違う、そんな感じが名の由来です。それでも、そんな「こづつ」を楽しんで、笑って頂ける、だいこくちゃん(ん、この場合、やっぱ「だいこくさん」かなぁ、や、「だいこくさま」の方が・・・)のようなお客さんに、一緒に歩いてもらっています。そんなお客さんに今まで黙っていて、すみませんでした。うちは実は「こづつや」と申します。これから態度を改めて一からやり直しますので、どうか、これからもよろしくお願い致します。
 この春、私はこんな冷夏が来るとは、つゆ知らず、大小合わせて二十種類ものトマトの種を蒔いたのでした。しかも畑に直播き!アホですね。直播きはポットで大きくしてから畑に植えるのと違って、「よーい、どん」でハンディなしで、まわりの草と競争になるので、草刈りの世話が大変なのです。二十種類やて、アホですね。
 いえ、正確には全く予感がなかった訳ではありませんでした。交配種のタネを三種類だけ使ったのですが(他のは皆、固定種で、農家が自家採種できるタネです。交配種も自家採種できるのですが、形質がくずれたり、発芽しなかったりするのを覚悟しなければなりません)、その三種類の名前が「ピンク・デビュー」「ろじゆたか」、そして「麗夏」だったのです。「れいか」やて!?・・・はずすべきでした。「ピンク・レディー」と「山川ゆたか」と「鳥羽一郎」ぐらいにしておくべきでした。こんな形で桜田淳子の逆襲にあうなんて。「もう腐っとるわい!責任者出て・・・」アホですね。
 結局、八月二十二日までの出荷で、お客さんに届けられたのは、四種類のミニ・トマトだけでした。山間の条件の難しい農地に、ビニール資材(「雨除け」「マルチ」などです)なし、十六種類もの中・大玉トマト、しかも一つは「麗夏」は、甘く、そして危険な香りなのでした。
 来年も、だるまちゃんはチャレンジし続けるでしょう。だいこくさまがいる限りは(あっ、ちょっと変えました)。でも、十六種類はアホです。反省しています。もう、しません。
 ちゃんとした野菜を作ろうとして、あるいは育ってもらおうとして、今日も「こづつ」は、がさがさ振られるのですけれど、その、ちゃんとを表現する言葉が少ないのに気付きます。
 今までにちゃんとを表現しようとして、ひと様が仰られたことで、心に引っ掛かって離れないようなのは「たくさん食べなくても満足する(もっともっと食べようとは思わない)」「攻撃的でなく、優しい味」「生命が詰まっている感じ」・・・こうした形容です。こう、あまりにも漠然として、どやねん!わかりにくいやんか!!という感じですけれど、でも、考えてみたら、季節の運行に伴って野菜は「光合成」とかしながら「食べられるもの(動物にとっての滋養)」を作っていく訳ですから、それを損なうような真似をしなければ、ちゃんと、先のような形容の野菜になるのではないでしょうか?
 温度や肥料で膨らませていない野菜は、水割りではなくストレート!杜氏がお酒をガブ飲みしないように、味のわかる範囲で、お腹の方が納まります。「光合成」出来る以上の熱とチッソで「滋養」を損ねるような事は、養う野菜にとっても養われるひとにとっても攻撃的な事態。また・・・ 
 『らくてん通信』のNo.21に「楽天堂は野菜の肩をもちます」とありました。ひとを損なわない生活を作ろうとされているのが、紙面から、目に飛び込んで来ました。
 御縁を感謝して、乱筆を置く事に致します。すみません。もうしませんから許して下さい。

山田さんの畑  野菜と草々とのコラボレーション
【連絡先】
上京区主税町1152  電話(075)802−4685



本屋で見つけた本(8) 心の回復
『ドロシーおばさんの通じあう心』
(乙益 由美子)


  そのとき“ドロシーおばさん”や“和田秀樹”という人が何者なのか、よく考え点検する間もなく、この本を買っていた。まじめな本に見えた。読んで自分が傷つくような内容ではないと感じたせいもあると思う。『通じあう心』。こういうタイトルの本でも読まないとおさまりのつかない気持ちになる日があるものなのか。考えたこともなかった。
 あちこち興味のあるところから読んでいるうちに自然と気持ちの整理がついた。すっかり忘れた頃に、御世話になった本だったなあと思い、隅から隅まで読み返した。皆さんには、和田版やさしいこのごろ心理学入門、とでも副題をつけて紹介したいと思う。
 さて、このタイトルにある「ドロシーおばさん」とは、米国で大ベストセラーになった『子どもが育つ魔法の言葉』の著者、ドロシー・ロー・ノールトさんのこと。1924年生まれなので“おばさん”とつくのだろうか。本文の著者和田秀樹氏は1960年生まれ。精神科医。受験指導の著書もある。“ドロシーおばさん”の書いた詩「Pathways of Connection」が本のタイトル『通じあう心』となり、詩の16節が、そのまま目次となっている。和田秀樹氏は、その詩に精神分析の理論家ハインツ・コフートのいう“共感”と通じるものがあるとして、16章をかけて語りかけている。
 この“共感”は、精神分析のコフート学派のいう「相手の心の観察法」を指す。フロイトから始まった精神分析という心の治療法だが、今やコフート流“共感”による治療法が米国では主流という。わたし自身は、この年齢になるまで、とくに精神分析をうける必要もなく過ごしてきた。決して苦悩がなかったわけではないけれど。
 それがある日、人間関係で滅入るような事があって、つまづいた気持ちになってしまった。どうしてこんなに傷ついた気持ちになったのだろうと思った。そうしてそこから一歩も進めなくなった。人との関係を持ちたくない気持ちが強くなり、一方ではこんなくだらないことで切り立った気持ちになることはないと思う。
 この“共感”の話は、ちょうど“共感”の反対にある“断絶”や“孤独”の方に顔をむけてしまいそうになっていたわたしを、くるりと方向転換して、周囲を眺めるよう促してくれた。
 第一章は“共感”の第一歩である「声をかけよう」から始まる。各章ごとに“共感”へのアプローチの方法が展開されているが、どれか一つでもピタリとくるものがあればいいのだと思う。しっかりと意識して人とつきあうことの大切さを感じた。
 わたしにピタリときたのは、「助けあおう」の章。“成熟した依存”の例をあげて、友人にしてもらったことに対して必ずしも同じことをして返さなくとも、その友人にふさわしい助けを別のかたちで返せばよいと説く。わかりやすい。助けあいというものは自己満足ではなく、その人に本当に必要なことをすることだ、と。そしていろんな場面で勇気が必要とも添えられている。
 読んでいるうちにここ半年間のいろんな場面が心に浮かんできた。――わたしがつまづいた気持ちでいることを知って、じっと見守ってくれた人たち。引越してきたばかりのとき声をかけてくれた周囲の人たち。にっこりと迎え入れてくれたスポーツクラブのクラスメイト。友人の思いがけない手紙や手づくりのプレゼント。思ってもいない場所で友人と再会したり、散策したこと。友人が拡げてくれた世界で、どんなにか救われたことか。
 その友人たちと“通じあう心”を感じとりながら、同じ時間を生きてきたのだと気づいたところで、わたしはほんとうの心の快復を実感した。
 そうして、はっきりした。この本は読むだけで、読み手に「自己分析」をするきっかけをつくるしくみになっているのだ。和田氏は、かるくわかりやすい言葉で、時には自身のことを明かしながら、読み手の心の中に、自らを内観する力を喚起させているのだと思った。ふと、小説とは別の、心の体験をしたようで、嬉しかった。

通じあう心

『ドロシーおばさんの通じあう心』和田秀樹著
詩:ドロシー・ロー・ノールト 訳:石井千春 扶桑社 1200円 


〈おとます ゆみこ・4月から徳島市在住・1957年生まれ・
主婦・著書に詩集2冊・ようやく3冊目の詩集をまとめる気持ちになりました。読書は,謎をもらう場所。それがある日,生活の中で解けることがあります。スローワールドを持つ暮らしです。〉

カナリア日記 (1)
 
化学物質過敏症アドバイザー 齋藤 昌代 (さいとう まさよ)


 1995年(平成7年)3月20日朝、東京都内の営団地下鉄車内で猛毒のサリンが使われた同時多発事件が起こった。12人が死亡、5,311人が中毒の被害を受けた。この事件の捜査で一躍脚光をあびることになった鳥がいる。カナリアである。当時、私は通勤途上でカナリアが入った鳥かごを持った警察官を生で目撃した。上京区にあるアパートを家宅捜査するところだった。
 多くの人が、サリン事件の捜査報道によって「カナリアは、極微量の有害物質に反応する鳥である。」と、記憶にインプットされたように思う。私も人間には、まねのできないことだと思って感心していた。
 ところが…。サリン事件から7年後、人間も極微量の有害物質に反応してしまうことを、私は自分自身の身体から思い知らされることになる。
 2002年(平成14年)11月下旬、16年以上住み着いたマンションの改修工事が行われた。築20年以上経っているのだから、必要な工事だったと思う。
 ところが、このリフォームがきっかけで室内の空気が汚染され、シックハウス(病める家)となった。そして、私は化学物質過敏症(略してCS)という聞き慣れない病気になってしまった。
同じ条件にあっても、発症するかどうか個人差があり、また、症状にも個人差のある環境病である。特効薬もなく、治療方法も確立したものはない。診療をしてくれる病院も全国にわずかしかない。アメリカでは、10人に1人はCS患者といわれており、病気として治療施設も充実が図られている。が、日本では、類似の「シックハウス症候群」という言葉が報道されるようになったばかりで、知名度が低い。医者でも、CSの知識のない人が多く、内因性の病気ばかりを診てきているので、外因性のCSを見抜けない。異常なしとして患者を放り出すか、自律神経失調症とか更年期障害といった別の病名を無理矢理つけて対処していることが多い。国も研究途上で、正式に病気として位置付けができていないため、CSの診断をしてくれている病院でも自由診療の扱いとなる。つまり、健康保険は使えない。診療費は、全額自己負担ということになる。
 生活の中で、多くの化学物質を使うようになり、気がつかないうちに、有害な化学物質が体内に蓄積されている現代、誰もがCS患者となる可能性がある。既にCSとなっている人は、アメリカ並みにいるのかも知れない。けれど日本では、CSについての知識が医者にも患者にもないため、影に隠れてしまっているという感じ。
 まずは、どんな症状が出て、どういったことが原因として考えられるか、CSについて知り、出来る限りの予防をしておくことが大事かと思う。
私の場合、仕事が休みで部屋でゆっくりくつろいでいた土曜日に、朝から部屋の前の廊下に防水用の有機溶剤を塗る作業がされ、最初は目がチカチカする程度だったのが、激しい吐き気と頭痛が加わり、その後、下痢と不眠が続いた。
 直感的にそこから逃げないといけないような気がして、翌日からマンションを出てホテル生活を始めた。と同時に引っ越し先を求めて不動産屋めぐりを開始した。
 まもなく、自分の身体に異変があることを感じ始めた。職場でのこと、マジックのにおいで呼吸が止まり、失神寸前となった。街でペンキ屋や工事中の建物の近くを歩くと、頭痛が起こり、吐き気や嫌悪感が襲う。自分の身体にいったい何が起こっているのかわからない。これがシックハウス症候群というものだろうか?と思い、勤め先である京都府庁の薬務課シックハウス担当者に相談に行った。そこで、私の場合は「化学物質過敏症(CS)」と思われること。シックハウス症候群にしてもCSにしても治療薬や治療方法がないことを知らされた。
 治療薬や治療方法がない病気にどう対処したら良いのか途方にくれた。京都市役所の市民相談、上京保健所、府立医大病院などに電話相談したが、対応してもらえなかった。医者にも行政にも見放され、対処方法がわからないまま3ヶ月が経ち、2003年(平成15年)2月下旬、引っ越しをした。
「泣きっ面に蜂」という言葉がある。私は更なる試練を与えられた。
引っ越し先のマンションは2LDK。一人暮らしには広い間取りで、和室が一部屋、洋室が一部屋、それに広めのリビングダイニングキッチン。シックハウスを恐れて築10年の物件を選んだ。引っ越せば、病状も良くなるだろうと楽観的に考えていた。ところが、引っ越した途端、前にも増して、身体に異変が起こった。今まで何ともなかった合成洗剤、ワックス、印刷物のインク、蛍光ペン、コピー機のトナーなどに反応して頭痛や嫌悪感が起こるようになってしまったのである。SFの世界に飛び込んだような感覚が体中を襲い、安心して過ごせる場所を失ってしまった。この地球という星で暮していく自信が無くなった。という思いは、決して大げさな表現ではなく、心底そう思った。食欲がなく不眠が続いたので、一気にやつれた。
 原因としては、和室に敷かれた新しい畳に、大きな落とし穴が潜んでいた。良心的な畳屋さんに電話相談して、次のことがわかった。
  @青い畳を見て新しさを感じるが、着色による色であり、畳をふくと雑巾は青くなる。
  Aい草のにおいも17種類の化学物質を混ぜて作った人工的なもの。
  Bダニ防止のために、農薬成分と同じものを畳にしみ込ませていること。
  Cい草の9割は中国から輸入したものであり、色もにおいも日本人好みに中国でつけられているため、畳屋の段階では改善できない構造的な問題がある。
  D防虫剤の使用も住宅金融公社の規程により使用が義務付けられている。
 あぁ、何て事だ!日本文化の象徴のような畳は、今や輸入素材と化学物質で作られ、住宅内に農薬を充満させて室内空気汚染を起こす根元となり果ててしまっているのだ。(その後の対処方法は次回に続く・3回連載)

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