第21号2003/01/10


楽天堂は野菜の肩をもちます!(千晶)


耳をすましたい  
TVをつけると聞こえなくなるものに  
車に乗ると間に合わなくなるものに 
固形ブイヨンをつかうと消えてしまうものに
 
「こんなおいしさがあるんだって気づいたわ」
姉からの電話


 この間姉に頼まれて豆スープのレシピを送ると、数日して電話があり、「おいしいわ。何ていうか舌でなく体が喜んでいると思ったわ」――実は数ヶ月前にも同じレシピと豆をあわせて送ったのだが、その時はおいしいと思えなかったのだそう。
 「いつもやったらお肉やバターのこくが欲しいねんけど、今はそんなん、いらん。あの豆のスープがおいしいわ」
とても疲れていてあっさりしたものが欲しくなった時に、ふと豆のスープを思い出してくれたよう。
 野菜のかもしだすおいしさって、気づかれにくいんだなあと思った。現代的な食事はあまりにお肉があふれているので、野菜のうま味が忘れられ、感じられにくくなっているのかな。
 もし野菜だけのスープなんて味気なくってつまらないと思ってられる方がいらしたら、私は野菜の肩をもちたいので、どうぞ下の野菜スープをつくってみられて下さい。あまりにやわらかな甘みで、固形スープのもとを入れると、その良さが消えてしまうようなスープです。

肉を食卓の万年主役からはずしてみよう

 肉が食べたかったら肉を食べればよいし、野菜を食べたければ野菜を食べればよい。ただ野菜にチャンスを与えてやってほしいと思うのです。やみくもに何でもかんでもお肉をもりこむと野菜たちのやさしい味わいが生きてこない。TVを消して初めてきこえてくるものがあるように、肉をつかわない料理をして初めて、野菜たちのハーモニーが聞こえてくるんじゃないかしら。
 TVを茶の間から他の部屋にうつすように、肉を食卓の万年主役からはずしてみよう、というのが私の提案です。
 TVの話でいうと、5年前に我が家はTVを茶の間から一番つかわない部屋にうつしました。高度経済成長とともに普及したTVは茶の間という特等席を与えられてきたけれど、最初のありがたみが薄らいだあとで、冷静になってそのポジションを考えてみたかったのです。
 せまい我が家の場合、TVは寝室に置くことになり、当初は寝る前にTVでニュースを見るという習慣になりましたが、やがてそれもなくなり、大人は1年に数えるばかりの回数しかTVを見なくなりました。こどもも1週間に1,2回見る程度です。結局TVを消したことでうまれてきたゆったりした時間をみんな気に入っているのです。
 お肉の方も、もののなかった時代を生きてきた人々には、当初ありがたくできるだけ日々の食卓にのせようと思われたのではないでしょうか。けれども最初のありがたみがもう失われた今、冷静にそのポジションを考えなおしてみたい。
 かっては来客や祝いごとがあった時に、飼っている鶏なり羊なり豚を殺して料理していたでしょう。肉はなんなりかの覚悟を持って食べられてきたのではないかと思うのです。それが今では何のためらいもなく、というか人まかせで動物を殺すようになり、何の気なしにどんどんお肉を食べるようになったんだけれど、これは本当に私たちの望んでいること?それとも食肉産業の望んでいること?ここで本当に必要な時にだけ肉を食べるという無理のないペースにもどしてみたらどうかと思うのです。今まで気づかなかった野菜たち、そして豆たちの声が聞こえてくるんじゃないかしら。Give beans a chance.

豆を売る

 ハンバーガーショップをはじめとする外食産業はほとんど肉中心で、ファミリーレストランでは肉以外を食べようと思っても選べないことさえあります。肉の肩をもつ産業は強大、そこで私たちの仕事は思い切り野菜や豆の肩をもとうと思うのです。
 現代の食事の傾向は下の7項目にまとめられ、その逆を行くことが必要だと言われています。すぐに全部はできなくとも、できるところから逆を行く提案をしていきたい。今年中に豆料理クラブの姉妹プロジェクトとして豆と植物性の食材を売るささやかなショップを始めたいと思っています。レシピとともに植物性食品の大いなる可能性を紹介していきたい。世界各地の伝説を学んで、日々の食卓と大地とのつながりをとりもどしたい。聞きのがされがちなものに力強い楽しみがうもれているのを感じています。

 食肉の生産は多大な石油化学製品の使用(飼育施設・飼料用の化学肥料や殺虫剤・飼料の運送や生産手段など)に頼っています。
 食肉を生産するために多くの穀物が消費されています。世界の食事に大きな格差が生じて栄養失調の人々の数はむしろ増えています。


 1.全体食から部分食へ
 2.風土食から輸入食へ
 3.適量食から過剰食へ
 4.日常食からごちそう食へ
 5.手料理から工場での料理へ
 6.自然の食べものから人工の食べものへ
 7.植物性中心から動物性中心へ

 大谷ゆみこ『未来食―環境汚染時代をおいしく生き抜く』(メタブレーン)より

オススメの4冊 (編集長)


たのしいスローライフ

『スローイズビューティフル 遅さとしての文化』

 辻信一の『スローイズビューティフル 遅さとしての文化』(平凡社)を読む。スローという言葉でこの世の楽しみがつながっていくようで愉快だった。禁欲ではなく欲望の充足としてスローライフをとらえていることに共感する。
 車を持たないのはやせがまんしてのことじゃない。車のない暮らしの気楽さというのが好きだから。TVを見ないのもまたがまんしてのことではない。静かな暮らしが好きだから。
 肉のブイヨンでスープをつくらないのも同じ。健康のためのがまんということではなくて、野菜だけでつくられるスープのやさしい甘みにどうしようもなく惹かれてしまうから。

日本の伝統美

『日本の家 空間・記憶・言葉』

 お正月、旧友から写真入りの賀状が届く「築70年の古民家を移築しました」――いいな。 
 貧乏な私は、本を読んでぜいたくな気分を味わうことにしよう。中川武著『日本の家 空間・記憶・言葉』(TOTO出版)。昔はどんな安普請の家にもあった長押(なげし)、縁側、靴脱ぎ石などについての美しい写真と論考の数々。

老けないように老けないようにチビチビ生きるなんて・・・

『おいしいから野菜料理』

 料理のエピキュリアンとしては、ことさら健康のためということを強調したたぐいの野菜料理の本には違和感を持つ。長生きするためにはがまんして野菜も食べよう、というような雰囲気がかもしだされていると、野菜を手にした時のうきうき感がすっかり遠のいてしまう。ビタミンAは何とかに良いからかぼちゃを食べようとかいうのも、あんまり度を超すとやはり、かぼちゃの魅力はビタミンAだけじゃないよ、とかぼちゃの肩をもってやりたくなります。数年前に自然食通信社から『おいしいから野菜料理』という本が出版されたけれども、そう、私はおいしいから食べるんです。

 南伸坊は『仙人の壺』(新潮文庫)の中で、こどもの頃仙人の話が好きで好きでしょうがなかったんだけれど、大人になって、ばかに厚くて立派な仙人になるための本を読んでみると「なんだか長生きするのにキューキューとして、老けないように老けないように、チビチビ生きるような、しみったれた話ばかりですっかり幻滅してしまいました」と書いていて、これだ!と思う。野菜はみたところきれいで素敵だけど、野菜料理の本は何だかしみったれていて幻滅、ということにならないようにしよう。

『仙人の壺』

樫のむら日記 その4 (ゆら)
途中の楽しみ



 焦点は結果にあり、目標を掲げて達成することに指標があるという思想は、出所はどこであれ、毎日の暮らしもすっかり占領してしまったように見える。自分の中のこの思いこみに対面するのは、ご多分に漏れず、人とのちょっとしたできごとの中でだ。
 友人のサリーが初めて食事に招いてくれたときのこと。「6時に来てね。朝市でいんげんを買ってきたのよ。この間友だちからおいしいりんごのお菓子のレシピをもらったからそれも作るつもり。」言われた時刻にもっともおいしくディナーを味わえるように、午前中から食生活を念入りに調整して出かけてみると、サリーは一家でくつろいでいる。近況報告など交わし、呼ばれていたほかの友人たちが揃ったところでサリーはやおら腰をあげる。今から料理にかかるのだ。私たちもつられて台所へ移動する。サリーは香りのよいバスマティ米を出してきて鍋を火にかける。じゃがいもと、隣人からの朝市でのおすそわけというとうもろこしをオーブンに入れる。私たちはといえばサリーの指揮の下、いんげんを炒め蒸す。豆腐をから煎りする。手のあいた順にりんごを大きく刻み焼き皿に入れる。サリーはレシピを見ながらオートミールに溶かしバター少々、黒砂糖、シナモンをよく混ぜて、りんごの上に散らす。「いんげん、いいにおいだね。」「ごはんだってできてきた。」「誰か、みんなの分のとり皿とコップをその棚から出して並べてくれる?」
 空腹も極まったころ、テーブルにはほかほかの野菜料理が並ぶ。空いたオーブンにはすぐデザートになるりんごのお菓子が入れられて、皆でテーブルを囲む。それぞれがひと通りおかわりしたころお菓子が焼きあがる。デザートとハーブティーでお腹も話も落ち着いて、「おいしかった!」「ありがとう。」「さようなら。」と、客はいとまを告げる。
 帰る道すがら、私は6時の狼狽を思い出す。「え、6時に来てね、と言ったのは、6時に食事を始めます、ではなく、6時に支度を始めます、という意味だったの?」
 だけど、あの後はほんとに楽しかった。わいわい皆で台所に立って、それぞれの菜園のようす、お母さんの得意料理のことなんかも自慢しあったっけ。読書家のサリーが最近読んだ本の感想の合い間には、「へえ、そんなふうにブロッコリーを切ると、楽だね。」「うん、私はいつもこう切るの」「え、どこどこ?」などと予期せぬ学びの機会が隠れていたり。
 客の到着に合わせて料理のすっかりできあがっているディナーもよいけれど、招かれて行って、一緒に作ったって楽しいんだなあ。手際よく万事済ませるだけがもてなしじゃない。途中の楽しみもみんなで味わうなんて、とても気の行き届いた集まりだった。
 途中だって楽しんでしまおう。まだ終わらない、いつになったらできるんだ、などと最後の結果のことばかり考える代わりに、いったいどういうなりゆきを経ているのか、とことん味わってみよう。完成前の味見もよし、わき道にそれた連想もよし、道連れとのおしゃべりもよし、それを言うなら一瞬一瞬の労働の重さだってまたとない発見でありうる。話は料理に限らない。仲間がいるときに限らない。
 宝は道中にあり。


インド人と豆料理 (佐藤 浩子)


 「毎日毎日ダルばっかりであきあき。早く国へ帰りたいもんだわ」とは西洋人のバックパッカーの台詞。
ダルとはインドでおなじみの豆スープのこと。日本の味噌汁に相当し、豆をにんいくやしょうがと煮込んだあと、少しのスパイスを油に加えて熱し、じゅわっとスープに混ぜ合わせる。インドでは地域によって豆の種類や味付けにちがいはあれど、大抵昼も夜もダルが登場。ほかにも豆の粉で作った揚げ物やせんべい・蒸パン・お好み焼き・クレープ・お粥、さらに豆をスパイスに用いた(油を通してカリカリにした)煮物、炒め物、おひたしなど豆料理は尽きない。
 インド各地のたくさんの家庭で様々な豆料理をいただく機会に恵まれ、料理を通して家族の暮しぶりや考え方を見せてもらえた。
 インド人はものすごく手間暇かけてご飯の支度をする。共働きのうちでも奥さんが夕方帰宅後、再びマーケットに出かけ、新鮮な野菜を買ってきて5−6種類のおかずを2時間くらいかけてこしらえる。南に行けば行くほど、これらほとんどに何かしら豆(とココナッツ)が入っている。さらにご飯のほかに1枚1枚伸ばしたバクリーと呼ばれるもろこし粉から作られるパンまで用意してしまう。朝は自分でイドゥリーと呼ばれる 豆の蒸パンを自分で醗酵させて蒸かす。よく彼女たちに冷蔵庫の物や、買ったお惣菜、冷凍食品で済ませる日本の食事を簡単でいいわねと羨ましがられたが、同時に非常に強く同情されもした。「いつのものか、何が使われたか誰が作ったかわかんない物をよく食べるわねえ。おいしいのかしら?」
 彼女たちは文句を言いながらも結構作るのを楽しみ、家庭の味を誇りにしている。ヒンドゥ教には旅人や客に対し食事をもてなすことは大変重要という教えがある。あるインド女性が見た生涯最悪の夢は不意の来客に対し食事の量が足りなかった夢だとインド料理の本に書かれていたほど。
 大勢での食事の場合、まず男性が食べ、女性はあと。ここで西洋人は男女差別を思い起こすようだがインドでは逆の発想なのだ。昔食事はすべて家庭でが当たり前、外食産業が発展したのはつい最近の話。「私たちがいなければ男たちは食事にありつけない」と生活の実権は女性が握っているからこそ余裕を見せて男性を建てているそう。また奥さんが怒ったら大きな魚を買い与えろということわざが南部の海岸地方にある。男性側も心得ていて、大きな魚を奥さんにあげればおなかが満たされるばかりか、どんな風に美味しくしようか工夫を凝らし、エネルギーをご馳走作りに費やすことで怒りも忘れてしまう、すばらしい発想。
 長いこと過ごしているうちに食べ物を通してそれまで私が当たり前と思い込んできたことがインド人にはおかしいことに気づかされるようになった。インド人の前で牛肉や豚肉を日本で毎日食べてるよなんて言いにくいし、家庭の弁当配達屋がある国でコンビニの弁当は理解しにくいだろうし・・・インドでも大都市にできた大型スーパーで冷凍食品が売り始めたが、買う人をまだ見たことがない。外に出れば出来立てを出す屋台や食堂があり、スーパーよりずっと安くおいしい物が食べられる。
 「インド人って毎日カレーばっかりなの?」とよく聞かれるが,日本で言うカレーとは全く異なるもの、カレー味となるスパイスを味噌や醤油で味付けする感覚で使ったに過ぎない。在日インド人が「日本の八百屋ほど種類のないところなんて」とこぼすほどインドの野菜の種類の豊富なこと。市場に行けば地方色豊かな野菜がわんさと並び、いつ行っても常に知らない野菜に出くわす。生で食べたら虫が危なそうな元気野菜と豆は無限のバリエーションがあるスパイスで味付けされ、毎日食べても全然飽きない。
 地域や宗教・カーストで食事に差があるが、菜食の人が多い。無理せずともミルクから作られる油やチーズ、ヨーグルトとココナッツのせいで肉や魚もあまり食べたいとは思わないので慣れれば日本の食事のことを忘れてしまう。パーティーやお祝いにはお肉を頂くこともあるが、値段が高いし、堅いし久々だとおなかの調子も狂うし・・・強いて言えばムスリムの人の方が肉食派だが、カシミールに多くいるムスリム曰く、「1年のうち半分も雪に覆われ寒いからこそ、体が熱を作るために肉を食べるのさ。」なるほど。教えられるまで私は肉を食べると体が暖まることすら気づかず食べていた。南に降りてきているとき、彼らはそう肉を食べないようだ。
 時には茶飲み話のついでにご飯の支度をちょっと手伝ってよ、と豆の莢向きをしたり。大学の先生の家では女子学生20人近く集まり、わいわいがやがやパーティの支度をした。ゲストの私もちゃんと手伝わされて。そしてみんなで楽しく食べる。
昔の日本でもこういった光景はよくあった。家庭で味噌や漬物を作り,手間暇かけた料理をみんなで囲む。忘れていたものをインドが思い出させてくれ、少しずつではあるがつくる楽しみを味わい、シンプルでもおいしい素材や地元の野菜を探すようになった。大根の葉っぱをカレーにしたり、豆料理も増えた。インドの台所で大活躍の圧力鍋で時間をかけず簡単に楽しめる。
 バックパッカーの西洋人は母国でどんなものを食べていたのだろう?というのは彼らのたむろするレストランが出す料理がまずいから。お金がないからか(でもインド人の入る食堂の方が断然安くて美味しい)、味に鈍いのか?普段食べ慣れないものばかりではそりゃ飽きるが、もしもケチャップや化学調味料に慣れきったせいで微妙な味の違いがわからないとしたら、なんとかわいそうなことだろう。私だって人のことは決して言えないが。

インドの食事風景 photo Hiro

ポコ・ア・ポコ   ポキート農園便り 2002年12月16日 
(中村清幸)      


北海道の旭川で養鶏を営んでいるキー坊さん(『らくてん通信』第7号 リレーエッセイ共生(5)山羊と暮らす の筆者)から、スローライフにちなむ農園便りを転載させてもらいました。ポコ・ア・ポコというのはスペイン語で「ぼちぼち」、ポキートは「ちょっと」という意味だそうです。キー坊さんは4児の父。連れ合いの友子さんは助産婦さんです。(編集長)

冬景色の中、農園の近況は・・・

 今年は初雪が遅いと気をよくしていましたが、降りはじめれば、積もるのは、早いものです。この積雪で、ビニールハウスをつぶしてしまいました。今迄の経験から、この程度なら朝までは保つだろうと踏んだのが、間違い。夜の間に再び降ったのが、春の雪のようにしめった重たい雪だったのです。朝の外の様子をながめれば、いやな予感が過ぎります。ハウスの方を見やれば、そんなものはどこにあったの?とう風に以前よりすっきりとした平べったい雪景色が続いておりました。ショックで一週間は、家族以外にはその事は、話さずにおりました。その後、ボチボチと近所の人たちにも話してみれば、みんななにがしかの経験者のようで、いろいろと話してくれました。「まあ、一度は、つぶした方がいいんだよ。」なんて言ってくれる人も・・・。やがて、そんななかで、滅入った気持ちも、落ち着いて来るのであります。こわれたら、直し、また建てる。それを淡々とこなしていくのが、百姓のあり様かとも思うのです。全ては、春になってのお楽しみ(?)。
 さて12月になっては、新しいひよこの段取り、世話。それと雪の中での鶏糞出しが、主な仕事です。鶏糞出しは、雪のない時期の方が、やりやすいのですが、畑仕事のない今の方が、まとまって時間がとれるというのもあります。倉庫などで使っている荷物用のパレットを分けてもらえるようになったので、それを組みあわせて四角い箱を作り、その中に鶏糞を積んでゆきます。こうすると雨や雪で濡れずに、適度に呼吸ができるので、春には、いい具合に熟した鶏糞が出来る、という目算なのです。
 ひよこは、今回は寝床の下の鶏糞の発酵熱が、思ったより上がらず、弱いものが5羽、死んでしまいました。最初の3日間が勝負で、それをのり切れれば体もしっかりしてきて危なげない感じになるのですが・・・。野菜などでいえば、双葉が出たばかりの頃のようです。今日で10日めですが、寒さをのりきった分、しっかりとした体つきになったように見えます。
 卵を産んでいる成鶏の方は、どの鶏舎も好調で、質・量ともに良い時期のようです。この季節、寒さをしのぐためもあってか、エネルギーの出る穀物をモリモリと食べます。水分を取るのも少なくなって、卵の味も、夏場より濃い味になってきます。牛乳も季節で味に変化が出てきますが、よく似ています。
 このように書いてみると良いことずくめのようですが、産卵が、注文量を、上回ってきています。毎週金曜日の配達でほぼ売り切れという状態を保っていたのが、ここ2−3週間のうちにたまっていき今週末は木・金曜分が、だぶつくようになってしまいました。あまり日数を置いた卵を売りたくはないので、遠くに住む友人などに送って数の調整をするのですが、そんな事も、いつまでも出来ません。余剰を引き受けられる方、また、引き取り手に心あたりのある方は、是非御協力をお願いします。

ベリーとにわとりpicture Kuriko

点灯しない

 この卵過剰状態の中で、いろいろと営業して顧客を増やすという方向づけも考えられるのですが、一度増えた需要に対応するために、いずれまた飼育羽数を増やすという事になりかねません。前号でも書いたのですが、現在の300羽前後が、ポキート養鶏では限界と考えています。さてどうしたものか思案も煮つまった頃、切り札がもう一枚あった事に気づきました。鶏が、卵をこんなに産まなければよいわけです。餌を減らせば産卵数は減りますが、質も落とすことになります。ならばどうするかというと、鶏の活動の時間を制限するのです。ポキートでは、今まで、冬場は、陽が短いので、朝5時に点灯し、夕方は6時まで点灯して、日照をおぎなっていました。これをすることで年間を通してコンスタントに卵を供給出来るものと信じてやって来たわけです。そうでなければ、冬は産卵が落ちこんでしまいます。鶏の産卵にあわせて、皆が卵を食べるようになれば良いのですが、現実は、そうもいかないでしょう。いくら自然養鶏をめざしていても、これだけはゆずれぬ点と考えておりました。実際、以前に自家用目的で飼っていた鶏達、3年から6年程飼った老鶏達でしたが、冬はパタリと産まなくなり、卵は春まで待ってやっとありつける、というものでした。(その時の卵のなんと輝かしかったこと!!)
 それで、今はどうしているかというと、朝5時半から、日の出になるまでは、1時間程の点灯時間を残しているのですが、夕方は、暗くなるにまかせています。あと3日で一週間になります。そうしたら朝の点灯も切る予定です。いつの日か実現させたいと考えていた無灯火の試み、ふとした事からころがり込んで来た感じです。まだまだどんな結果になるのか見えにくいところですが、僕の仕事ぶりには、ちょっと影響が出て来ています。夕方の給餌や採卵が、3−4時頃だったのですが、今では、2時にははじめなければ、鶏達、御飯を食べずに床についてしまうのです。外がうす暗くなりはじめてから世話をしていると、晩御飯の支度の時間もせまって来て、なんとなく時間に追われている感じだったのですが、それがなくなりました。鶏が本来の暮らしぶりを取りもどすのといっしょに、人間の暮らしぶりも・・・、と、いうことなのでしょうか?

本屋で見つけた本(5) 希望への強い意志
『光の帝国―常野(とこの)物語』
(乙益 由美子)


 夜中に、ちょっとテレビのチャンネルを変えてみたら、NHKでへんてこりんなドラマをやっていた。「仕舞う」という超能力で次々と本の言葉をまるごと記憶してしまう少年。その一族常野(とこの)の人たちは、他にもそれぞれ不思議な力を持っていた。これはいったい何の話だろう。気になって切れ切れに見た連続ドラマは、不満の残るものだった。原作は同名の小説。その名前が頭の隅に残っているうちに、偶然、本屋の文庫本の棚にその本を見つけた。ドラマと原作とは別物だった。それから何冊もこの作家の本を読むことになった。みなさんにお勧めしたいのは、やっぱり最初に読んだこの一冊だ。

 恩田陸(おんだ・りく)は、SFとミステリーの女流作家というのが、世間のくくりだ。1964年仙台市生まれ。デビュー作『六番目の小夜子』を知る人は案外多いかもしれない。
 『光の帝国』は、十編の短編小説をあつめている。常野物語とサブタイトルが付いているとおり、常野一族と思われる人々に関連したエピソードとして読むこともできるけれど、独立した短編として読んでも、なんだか面白い。短編のいくつかに共通する人物が登場する一方、わたしが誰であるか最後までわからないまま、ある不可解な作業を全うしている人物の説明をきく、という話もある(「草取り」)。いくつかはつながっていくものとなるが、あるものはつなぎあわされていく先がない。十編のかけらは、しかしとてもふくらみ輝く。
 わたしが最初に読み始めたとき、不思議な感じがしたのは、すっかり忘れかけていたけれど、子どもの時や大人になってからの「あれはいったい何だったのだろう」と思った記憶がどんどん思い出されたこと。そういえば父の知人に「仕舞う」能力に近いようなすごい記憶力の人がいたなあ。子どものときずっと家の中に変なものを見続けていたといっていた友人、あれは「草取り」の能力に似ているかも。空を飛ぶ夢をよく見ていたけれど、楽しい夢ばかりじゃなかったなあ、などなど。
 小説の世界とはわかっているけれど、現実の記憶にヒリヒリと近づいてくるものが、ちりばめられている。そういえば、これが小説らしい小説の面白さではなかったか。ぜんたいSF作家とかミステリー作家ではなく「小説家」ではなぜいけないのだろう。

 短編「光の帝国」の後半で、物語のふくらみと共にわたしの中でふくらんでいたものが殺されていく思いがした。胸が痛んだのは、自分の持っている記憶も一緒に潰されてしまうような気がしたせいかもしれない。しかし一方でこの部分には、この作家の特徴がよく表れている。
 
 「僕たちは、光の子供だ。どこにでも光はあたる。光のあたるところには草が生え、風が吹き、生きとし 生けるものは呼吸する。それは、どこででも、誰にでもそうだ。でも、誰かのためにでもないし、誰かのおかげというわけじゃない」
  みんな、一瞬沈黙した。健のおどおどした声が続く。
 「僕たちは、無理やり生まれさせられたのでもなければ、間違って生まれてきたのでもない。それは、光があったているということと同じように、そういうふうに、ずっとずっと前から決まっている決まりなのだ」
                       ―― 『光の帝国』より

 胸の中に素晴らしい言葉を秘めている少年、健の考えたこのお祈りの言葉は、戦時下の常野の分教場で発せられた。光の子供となることは希望そのものとなることであり、同時に死を予感させる。その予感に負けないささやかな希望を求める力が言葉を支えている。
 小説を読むと作家の大切にしているものに触れた気がすることがある。それは、作家が小説のどこかに、身を抛っているせいだと思う。それがどこか、恩田陸は、なかなか実体を掴ませてくれない。ただ、この作品を立ち上がらせた力は、はっきりしている。ささやかな希望への強い意志。そういってしまえば、恩田陸その人こそ、常野の一族ではないだろうか。じっくり読み返して、そう思った。

『光の帝国―常野物語』

『光の帝国―常野物語』 恩田 陸著
集英社文庫 495円

〈おとますみこ・山口市在住・1957年生まれ・主婦・著書に詩集2冊・自分の生活から遠いところで書かれているものから読みとることこそ,読書のすごさと痛感するこのごろ。最近いろんなジャンルの本に意欲を燃やしている〉

このごろ我が家で流行るもの


貝食べたいか
黄色い木
くぬぎ抜く
家内は田舎
冷凍トイレ
タイツにかについた

イルカは軽い
お使いかつお
鶏とワニ
飛びこむ小人
しぼめうめぼし

天狗の母の軍手
良い子は来いよ
カバは馬鹿
たいやきやいた
天狗の母の軍手
良い子は来いよ
カバは馬鹿

よく柿の木描くよ
イルカ明るい
仲良き鶴来る月夜かな

今留守するまい
いたい整体
子どもどこ?
とんまな嘘つきのきつそうな マント


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