第19号2002/07/01


樫のむら日記 その3        (ゆら)

If you collide, consider it to be a part of choreography.
            ―衝突したらそれも動きの一部と思うこと―



 モダンダンスの即興のクラスで、その日のテーマと構造について指示をしたあと、指導者のエレンがそうつけ足した。頭で計らわず、人間に生来備わっている創造力に任せて動くことが、エレンのクラスでの即興だ。中には野性の創造力に従いやすいように、目を閉じて動いている人もいる。衝突くらいのことは起こる。衝突すれば驚くし、動きの流れは止まる。だが、衝突にひるむのではなく、衝突を積極的、創造的に消化してそれを題材として次の動きに移っていくこと。私の経験では、この心構えが集団の1人1人にあるならば、野性の創造力は確かに個と個の衝突を止揚した思いがけない展開へと私たちを招いていく。


 地元の小学校、中学校に通う子供たちの少なからぬ数が通学路と定められた道のかわりに自ずと選んで通る車の交通量が少なく、沿道に住む人の生活のにおいのする、そして生きものの棲んでいる田んぼのある道を、それならばいっそ、この道は通ったら規則違反だよというかわりに、その道を現在の通学路に加えて公認し、さらにスクールゾーンの申請をして車の乗り入れを規制しようという提案を他の保護者にもちかけることにしたという話を千晶編集長がしてくれた。それは楽しみだね、子供が育つのは学校にいる間だけではない、そのことを親や教師が積極的に認めて成長を後押しすることは子供にとってどんなに励みや自信になることか、毎朝、毎夕、今のところはただ一つ認められている通学路で暑さと排気ガスの中で息を殺して過ごす片道1時間の道のりが、これで安心して道草を喰いながらの豊かなひとときにみごとに変わるね、などと思っていると、他の保護者との会合で賛同が得られなかったとのことだった。すでに通学路として認められている道があり、その道に問題はない、いくつか公認されている通学路の中から子供たちが通りたい道を選ぶというような自由も必要ないと、そのまま先へは議論がまったく受けつけられなかったという。子供たちにたいしては、定められた通学路からはずれたくてもはずれないことが、今まで以上に強く勧告されたらしい。


 知的障害のある人の福祉の文脈で、規則が想定していないような事態に日々ぶつかる。マーサは、コインランドリーから帰ってきたときにタオル1枚が見つけられず、狼狽のあまり警察に通報し、かねてからの度重なる通報のために警察より厳重注意を受けた。マライアは、公立小学校で助手の先生の個人教授をバックアップに普通学級の教室ですごすのだが、約35分の1校時を通してじっとすわっていることに意義を感じない。ペギーは、長年の夢を叶えて、授産作業所を出て一般の会社で書類をシュレッダーにかける事務の仕事を得たが、他の社員とのおしゃべりへの欲求が度を超して解雇寸前である。ダニエルは、授産作業所の同僚や訓練員の女性に「かわいこちゃん」と呼びかけることが、ファストフードの店で好ましく感じる女性に声をかけることとは違って不適当であることに合点がいかない。
 これらの例にまつわる有文、不文の規則はいずれももっともなものではあるのだが、私たち1人1人が持って生まれる個性を必ずしも想定、反映していないし、1人1人の創造力に対応もしていない。私の仕事の文脈では、こういった予想されていなかった事態、前例から逸脱する事態に人間のユーモアや尊厳を垣間見てしばしうたれたあと、その事態を出発点とする。事態を分析し、想定を評価し直し、何が優先さるべきかを再検討し、現実的な目標を設定し、規則を補うか分かりやすく書き直すかし、当人と関係者の理解と合意を得て、そもそも問題が問題にならないようにする。どんな事態も事態のうちとする認識と、この「さてそれならばどうしようか」という行動の姿勢は、車の両輪である。
 マーサは、火事とけが、病気以外の「非常」時には、彼女の契約する介護員派遣団体の職員が交替で持つポケットベルの番号にまず電話をして相談する。マライアは、助手の先生と毎朝プリント1枚、課題1つずつが1時限であるかのように時間割を組み立てて、「時限」の終わりごとにそれを記念して時間割にシールを貼ったり静かに水飲み休憩をとったりする。ペギーと同僚は、壁の大時計をもとに15分ごとに2分の社交時間を設け、その時間にペギーが話をしにやってくると同僚はニコニコマークのバッジを胸につけて応対し、それ以外の時間には黙って片手をあげて「ストップ」のサインを出す。ダニエルは、仕事に行くときは私製の制服を着ることにし、それを着ている間はプロ、公人であるので色恋にはかまけないことを人生哲学に加える。図書館の貸出しカウンターでの順番待ちが苦痛で前に並ぶ人々を押しのける実力行使に出るラキーシャには、同行する人が話しかけて待ち時間をおしゃべりの時間として定義しなおす。マットは、うまくものごとのすすんでいない日には、まわりの人が「要求水準」を落とし自他の安全に関わらない少々の規則違反には目をつぶるという規則の柔軟な適用によって規則を自ら守るだけの自律性と落ちつきをとり戻す。
 思いがけない事態は、それを起承転結の中にとりこむ姿勢で臨むと、思いがけない展開へと私たちを招き、モダンダンスの即興とまったく同様に、社会生活もますます細やかさ、豊かさをおびてゆく。                〈アメリカ・ウィスコンシン州在住〉

【連載にあたって―ゆら】
  私はアメリカンインディアンの塚の跡に1940年代に建てられたアパート住んでいます。とり囲む樫の群れは、いにしえに連なり遠くの風景をも同時に覆う霊感をこの場所にくるみこんでいるように感じられます。「樫のむら日記」にはそんなわが家に帰ったとき思い出される日々のできごとを書きとめたいと思います。

おやおや八百屋の本気ィトーク(3) 手は口ほどにものを言い
(ほりお みえ)


 御家族にお漬物を漬ける方はいらっしゃいますか。白菜漬、ぬか漬、大根葉の浅漬、キムチ、名産ものとしては、広島菜漬、高菜漬、野沢菜漬、千枚漬などなど。そして、梅干。漬け方を知らなかった頃、梅干って梅の実を干せばできるのかなあと、そのまま転がしていたら、どんどん腐ってしまった、なんていまでも可笑しい思い出があります。
 漬物は年季がものを言う仕事で、農家の方に聞いても「ありゃあ、ばあちゃんじゃないと」などとよく言われますし、結構年配の旦那さんが、他の料理はともかく漬物だけは、子供の頃から食べていた白菜漬の味でないと、と御自分で手ずからお漬けになるというのもよく聞く話です。
 私が「漬物」と聞いて思い起こすのが「手仕事」。株割して軽く干した白菜を、塩をまぶしながら樽に詰めていく姿。たくあんにする大根を樽詰めする姿。糠味噌をかき混ぜる姿。キムチの素材を手で混ぜ合わせる姿。梅と塩を瓶に交互に重ねていく姿。材料の野菜の手触りを感じながら、全体のバランスを整えつつ、塩を加減しながら振り入れ、香味の材料をよく混ざるように、と指も手のひらも休む暇がありません。
 作業自体は楽ではなくても、季節の素材と格闘し(いえ、もっと手慣れた方は、それこそダンスでも踊る感覚かもしれません)終えた後は、充実感に満たされます。事を成し遂げたという達成感は勿論ですが、季節の素材の持つパワーと人の生命エナジーが交感するのだと、私は感じています。
(漬物嫌いの方、もうここからは別の話題ですので、ご安心を)

 パンをこねる。そばやうどんの生地をこねる。お団子の生地をこねる。食べ物ではないけれど、土をこねる。手のひらや指で混ぜ合わせるという行為は、なんだかこう、人の体内にある生きる力を引き出してくれるような気がします。
 手の指や手のひらは、ある種特別な感覚の出入り口なのでしょう。
 私は幼い頃、母親に髪を切ってもらっていましたが(今はほとんど自分で切ります)その時とても丁寧に丁寧に触ってもらっていたことを思い出します。もちろん髪切りは素人ですから、スタイルがどうのこうの、などと贅沢な注文はかないませんでしたが、幼い頃の、丁寧に注意を払って触ってもらった記憶は、もしかしたら一生の財産ではないか、と思えるのです。
 それだけ、「手で触れる」という行為は、静かだけれど、雄弁です。
 触れるものと触れられるものとの関係性(つながり方)が、そこに浮かび上がるから。
 ある目の見えない女の子(ピアノが抜群に上手いのです)は、たまに会うと私の腕をすりすりすりすり手のひらでなめまわして(撫で、じゃなくて、舐め、って感じ!)挨拶してくれます。こちらがドギマギしてしまうくらい。それは彼女なりの表現方法です。
 気の許せる間柄だったら、触れているだけで何かが通って気持ちよく癒される感じがします。整体や民間療法で言われる「手当て」に通じるものでしょう。
 気心の知れない相手だったら、逆に、いくらリラックスしているふりをしていても、触れることで緊張が伝わったり、ふりをしつつ遮蔽し合ったりします。それは、当たり前のことですよね。いつでもだれにでも開けているなんて、アブナイ。
 それだけ、手で触れるということは、心の扉とのつながりが深いような気がします。
 おっとっと、心のこと、なんて大それた話題は、さらっと流しましょう。
 男の人のことは分かりませんが、女の人は昔から手仕事を通じて季節と交わりその時時の生命エナジーと交感してきたのだと思います。私にとってそれを一番感じるのは料理なのですが、ひとによっては、糸紡ぎや縫い物をするとか、庭仕事をするとか・・・・赤ちゃんや子供の世話をする、ということは、その最たるものでしょう。
 でも今日びは、男だから、女だから、なんて分けるのは時代錯誤ですね。
 男女の役割が交わり会ってきたことには、きっと大きな意味があるのでしょう。

 それにしても、若い親御さんで、口ではお子さんに注意なさりつつ、目線も身体も他所に向いている方を見かけますが、少しさむい光景です。あれで真意が伝わるのかしら?歩きながら、子どもの手をひかず携帯電話で話してられる方も。私がその子だったら、さみしいだろうなあ。
 おやおや、愚痴っぽくなってしまって。最近どうもいけません。
 明日も生命力たっぷりの素材を手でさわって、手料理でパワーを補うことにしましょう。
それが私にできるせめてもの、この世を生きのびる術ですから。〈広島市在住・有機野菜とオルタナティブグッズのお店「ひょうたん島」〉

本屋で見つけた本(3) 料理が教えてくれるもの
『大切なことはすべて食卓で学んだ』
(乙益 由美子)


 『大切なことはすべて幼稚園の砂場で学んだ』というアメリカでベストセラーになった本があった。これって二番煎じの本みたいなタイトルのつけ方だなと思いつつ、書店の棚からハードカバーの本を手にして中を見た。目次の内容は賑やかで、各章ごとにおいしそうな料理のレシピが入っていた。愚かな母親は、もうすぐ高校生になろうという年頃の娘にぴったりの本かもしれないと理由をつけてさっさと買い込んだ。娘は受け取ったものの読み進めている気配がない。どこまで読んだか聞くと、第一章の「カビの女王さま」でもう読む気がしないという。そんな筈はない、と思って母は読み始めた。すごく面白い。けれどややあって自分の過ちに気づいた。映画『禁じられた遊び』に子どもには到底わからない部分があるようにこの本にも、大人にしかわからない内容が盛られていた。本は自分で読んでから人に勧めるべし。大いに反省した。

 著者のルース・ライクルは、ニューヨーク在住で、現代美術家の夫と息子1人と暮らす。ニューヨークタイムス紙のレストラン批評家として活躍。これは、推定50歳代半ばの世代である彼女の、自叙伝的かつ冒険談的物語だ。
 小さい頃からの、両親との関係を中心に物語は始まる。様々な局面で様々な料理が重要な登場人物のように現れる。例えば、彼女の母ミリアム・ライクルはたいへんなインテリであり、躁うつ病気味で気分が良いと爆発的な行動力を発揮するパワーの持ち主だ。ミリアム・ライクルの得意料理“コーンビーフハム”のレシピがまず第一に紹介されているのは象徴的だ。「人が食べているところを観察すればどんな人物か知ることができる」ことを、自分の観察経験の中から知るようになったのは、恵まれた環境や知性や才能のせいだけではない。彼女は、両親との食卓を囲む日々、常に緊張状態を強いられた。母親の作った食べ物を点検し、気づかれないように捨てなければならなかった子どもだった。過去の記憶は驚く程鮮明で、翻訳文だけれど文章は軽妙、さっぱりとしていて、しかも妙味溢れた料理の味つけを思わせる。
 フランス語を学ぶために入れられた中学校で出会った友人ベアトリスの父親が、週末ごとに出してくれるフランス料理の味の記憶の表現は、彼女の知性を感じさせてくれて、不思議な気持になった。食欲は本能なのに、味の記憶というのは、きっと知性なのだ。
 小さい頃から周囲にいた真の料理人アリスおばさんの作る“りんごのパイ皮包み”(レシピ付)の味。突然いなくなった別格メイドのペイヴィ夫人のかわりに自分で作ろうと試みる“ウィンナーシュニッツェル”(レシピ付)。一緒に買い物に行く。レシピを教えてもらう。一緒に作ってみる。彼女たちの力をもらって、自然に料理することを学び自立していくことのできた彼女は幸いだ。たとえそれが母親でなくとも、温かくおいしい料理をさし出してくれる人がいるということは、どんな時代であっても日々の幸せに欠かせないことを報せてくれる。
 60年代のアメリカを大学生として過ごした彼女は、人種にこだわらずいろんな友人を見つけていく。昨年9月11日以来、像が結びにくくなっていた姿――暮らしに見合った知性を持つ心優しいアメリカ人像が思い出されたのは、心なごむことだった。

 ただこの本は、決して、世界の味めぐりの紀行などではない、と思う。――彼女の母親が亡くなってからこの本が書かれたこと。三十代に入ってから、母親に対する不安症を抱えたこと。それが終章の橋の場面にも再び出てきて、彼女を不安に陥れたこと。そこを見ないで、なぜこの本が書かれたのか、思い浮かべることはできないだろう。
 橋の場面で、アルコール依存症を克服した友人マリオンとの会話は示唆深い。「どうして治る人と治らない人がいるのか、誰にもわからないのよ。」
 母の持つ病気の不安を自分も持つかもしれないという不安。それが息子に引き継がれるかもしれないという不安。彼女のように自立した人でさえ、橋の上で動けなくなることがある。母親でなくとも、人生の橋の上には、言いようのないブルーが押し寄せてくる時がある。それを押し返すものは何か。この本の中に明確な答えは、実は用意されていない。
 でも、もしかしたらと思う。この本に書かれているレシピを見て、実際に料理を作り、味わい、その味わいの中から、もう一度彼女の物語に戻って、その場面に寄り添ってみようとしたとき、何かしらの手応えの一切れでも手にすることができれば、あるいは、答えが見えてくるのかもしれない、と。
 料理というものには、それくらい不思議な力が渦巻いているような気がしてならない。

『大切なことはすべて食卓で学んだ』ルース・ライクル著 曽田和子訳 TBSブリタニカ 1800円

〈おとます ゆみこ・山口市在住・1957年生まれ・主婦・著書に詩集2冊・自分の生活から遠いところで書かれているものから読みとることこそ,読書のすごさと痛感するこのごろ。最近いろんなジャンルの本に意欲を燃やしている〉

大切なことはすべて食卓で学んだ

この店ステキ Comfort Shoes Shop ムッシー


 近所に素敵な靴屋ができた。中をのぞくと、一目で本当の靴好きが店をやっているのだということが分かる。全てコンフォートシューズ。子ども靴でも小刻みにサイズがそろっていて、幅もレディースでは4種類用意されている。若い店の主に「いつから靴屋を始めようと思われたんですか?」と聞くと、すかさず「ものごころついた頃から」との答えが返ってきた。

 その店主・光永さんの話の中で一番印象に残ったのは、ドイツ人が健康の源である靴とベッドにお金をかけ、食事や洋服は質素であるのに対して、日本人はその逆であるということ。何にプライオリティを置くか、ということに意識的でありたいと彼は考えている。私も街づくりについて同じことを考えていたところだったので深く共感。

 上の娘には通学用にスエードの紺色の靴と放課後用にベージュのサンダルを、歩き始めた下の息子にはハイカットの紺のひも靴を買った。それぞれ1万円ちょっとの値段で子ども靴としては安くはないが、足にとてもよくなじみ、それだけの値打ちがあると納得できる(ちなみにレディースとメンズの靴は3万円台が中心)。デザインも素晴らしい。私は自分の足が幅広で、むりやり爪先の狭い靴を履いて指が変形したり巻き爪になったりして苦労したので、子どもには足を損なわない靴を選んでやりたいと常々思っていた。できればお金を貯めて自分用の靴も買いたいが、、、。

 店の片隅には立派な機械が据えられていて靴の調製・加工もしてくれる。光永さんはドイツの整形外科靴技術士のもとで2年間技術を学ばれたという。こんなサービスができる店を他に知らない。

 内装も素敵。光永さんの手仕事である。カウンターも窓枠も子ども用の椅子も器用に作ってしまう。店中、光永さんのセンスでまとめられていて、シンプルだけどどことなく楽しい空間になっている。ちなみに外看板の写真はお子さんの足。この5月には二人目を授かり、生まれて30分くらいのほやほやの足を写真に撮ってかわいいDMを作られている。若い店主の心意気に、思わず応援したくなる店である。
ムッシー外観 ムッシー店内
〒753-0831山口市平井663−1
ラフォーレ清和1階(山大通り・〈酒の三平〉近く)
TEL&FAX:083-923-2380 営業時間:10a.m.-7p.m.
店休日:毎週月曜+第2&4日曜

編集後記

  今号は大幅に発行がおくれましたが、次号より季刊のペースにもどります。店を閉めた数日後に夢のお告げで(!)「豆料理クラブ」という新しい仕事も得、はりきっています。これからも楽天堂をどうぞよろしくお願いします。
 母親になったんだねえ、成長したねえ、と旧友からのメール。そうそう、生物としては6年半前に親となっていたのだが、やっとここにきて「お母さん」になった。下のこどもは得である。最初から頼りになる母親がいるのである。上の娘には申し訳ない。生まれた時に「この子には、こんな頼りない母親がひとりしかいない、なんて理不尽な!」と思ったが、本当にその通りであった。何がどう変わったのかと聞かれても、よくはわからない。何故なら今もって勘は鈍く何が食べたいのかもピンとこないし、洋服の穴のつくろいものもなかなかしない細やかさに欠ける母親なのだ。けれども近所のこどもたちまで何となくうちに集まってくる様子からすると、「お母さん」の顔になっているのだろう。下の子はそんな中できげんよく育っている。6歳の娘はこのところきむずかしくふきげん。下の子がもうすぐ乳離れするので、あわただしく不本意に過ぎてしまった6年のうめあわせを、これからゆっくりしたい。(千晶)
 自然農の川口さんは「マムシは見事に殺しなさい」と語っています。相対界の視点に立てば命を奪うのは「かわいそう」と思いがちだが、絶対界ではマムシも我も一つ。ひるんで急所をはずしマムシを苦しませないためにも、一撃で殺してしまいなさい、と。
 この春から新蔭流剣術を習いに広島に通っていますが、何か武術に通じる話に思えます。我と他が生死をかけて向かい合うというのは究極のコミュニケーションの設定ですが、見事に斬る(あるいは見事に斬られる)時、我と他の二者の間合いに生じるものは何なのだろうかと常々考えています。その名づけえぬものに稽古を通して身体感覚で触れたいと念じています。(無々々)

【お知らせ】
@『らくてん通信』の定期購読者を募集しています。お友達をご紹介下さい。見本誌をお送りします。また、お友達に配ってくださる方がありましたら、最新号を何部かまとめてお送りします。ご希望の部数をお知らせ下さい。
A楽天堂のホームページ〈豆々日記〉で、千晶の料理する日々の豆料理を写真入りでご紹介しています。どうぞご覧下さい。
B楽天堂では、将来「豆料理クラブハウス」なる宿の経営を夢見ています。豆料理を楽しむ宿です。民宿の賃貸情報等がございましたら是非ご一報下さい。 


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