第13号2000/09/10


フィンドホーンで暮らしてみれば―part 1(山名 せつこ)


この『らくてん通信』に楽しいレシピ「パクもぐ」を連載中の山名せつこさん、前号と今号で連載をお休みしているのは、イギリスのフィンドホーンでショートプログラムに参加しているから。そのもようをおなじみのせっちゃん節でレポートしてもらいました。イラスト(イギリスからFaxで送ってもらったので、少々見えにくいです。すみません)も山名せつこさん。この人の本業はイラストレーターなのだった(編集長)。

  日本を出て、あっというまに4ヶ月がたった。出国時の予定では今頃とっくのとうに帰国して、山口県の片隅でそうめんなんかすすっているはずなのに、何故か未だにスコットランドの北の方にいてこの原稿を書いている。そう、私は今、かの有名な(、、、多分)フィンドホーン共同体にいる。

  フィンドホーンってどんな所かっていうと、ひらたく言ってスピリチュアリティの探求、実践の為の共同体ってとこかな、、、。詳しいことは楽天堂にも何冊かフィンドホーン関係の本があるようだから―なかったら取り寄せてもらってね―それを手にとって、ああ、そんなとこなのねと、各自で納得してください。少し付け加えさせてもらえば、私が日本にいた時触れたフィンドホーン情報(本でも記事でも)は、ここでの生活を体験した上で振り返ってみると、ちょっと荘厳賛美路線に走り過ぎちゃう?って感じだ。神様や天使様みたいなすんばらしい人々が集う、この世の楽園のようなとこかいな、ってな印象を、そういう本や記事から受けていたもんだから、私のような煩悩具足の輩は場違いな存在かも、と訪れた当初は、しっかりびびってしまっていた。

  ところがどっこい人間臭さプンプンよ、暮らしてみれば。ブスッとした人もいるし、やたら女好きの“あんた、ちいとだらしないんじゃない?”って人もいる。食べきれないほど皿に盛っては(セルフ・サービスなのサ、ここは)ぐしゃっとして残す人あり、四角い所をまるく掃いて、“あー、、、くたびれたあ”なんて言ってる人もあり。あら、なんだ、みーんなただの人間じゃないとほっとしたものである。

  フィンドホーンの本当の素晴らしさのひとつは、神様でも天使様でも完璧でもない、ダメなとこもいっぱい抱えた人間同士が、それでも許し合い、愛し合い、労り合い、自分も周りも高めていこうとしているところにあると思う。そういう人々の生き方に触れた時、そのいじらしさ、生命の輝きにホロリとくることがある。そして、自分もそんな中の一人として、他の人々と共に存在していることに、これまたホロリときて泣けてしまうことも、けっこうあったりするのだ。

  “本当の素晴らしさ”なんて書いたけど、何が素晴らしいかは人それぞれだし、瞬間瞬間にその人の中で変わっていくものだから、これはたった今の私の感想。

   昨日と今日、今日と明日、さっきと今でも感じ方、考え方がダイナミックに変化していく―単なる変化だけじゃなく、少しは成長してるってことだと嬉しいな―のが、またフィンドホーンの醍醐味だ。たまにその流れのすさまじさに振り回されて疲労コンパイしてしまうけど、そんな時でも“あなたは、そのありのままでOKよ”と言ってくれる人があるから、またまたホロリときてしまう。フィンドホーンに来てから、私は泣きっぱなしだ。泣いたり、笑ったりけっこう忙しい。

  楽天堂にもフィンドホーンフラワーエッセンスが置いてあるそうで、時代は変わったもんじゃーと嬉しく驚かせてもらった。このスコットランドの北の端から日本の本州の端っこの山口県までフラワーエッセンスの瓶たちが旅していったのかと思うと感慨深いものがある。フィンドホーンフラワーエッセンスのオフィス『The Wellspring』―シンプルでこじんまりした建物。楽天堂の中庭よりちっちゃいかも―を毎日見ているので尚更だ。

  近頃、楽天堂でお問い合わせ急増中というそのフラワーエッセンスだが、一体何なのか?何にどんなふうに効くのか?、、、効くといってものめばケロリの塗ればピタリのフツーの薬とは、根元からしてが違う存在なので説明がちいと難しい。エーテル体がどうしたとか、チャクラがどうのといった辺りの話になってくるので、詳しく正しく知りたい人は楽天堂のムーさん(背の高いお兄さん風のおじさん)に、適切な本を選んでもらってくだされ。私が読んだのは『花の贈り物』(マリオン・リー著、風雲舎)と、『世界のフラワーエッセンス』(小川政信著、廣済堂出版)の2冊とあとは英語の本がちらほら―といってもわたしの英語力は人間の発育でいうと、ハイハイと二足歩行の中間といったあんばいなので、マダラ読みもはなはだしいうえ、その進み具合は亀よりも遅い―だ。

  実はこの一ヶ月半くらいずっと体調が悪い。劇的に病人になることもないが、ずっと低速低空飛行でヨロヨロとさまよっている。病院に行け行けと言う人もあったが、昔、ロクでもない目に遭っているので、フツーの西洋医学の医者のところに行くのはイヤだなあーとごねていたところ、“マリオン・リーに会ってみたら?”と勧めてくれる人があって、そこから私のフィンドホーンフラワーエッセンス体験が始まった。マリオン・リーとは、フィンドホーンフラワーエッセンスを創り始めた人で、今も世界のあちこちにワークショップやらをしに行きつつも、件の『The Wellspring』で診察(セッションという)も含めたフラワーエッセンスの仕事をしている素敵なおばさまだ。おばさま、と書いたけれど、いわゆる“おばさん”のイメージからはほど遠い。どこかがっしりした男性的な印象と、女性らしいふくよかな柔らかさが自然なかんじで同居していて、そのうえ鮮烈だ。性別にも年齢にも(もしかしたら一般常識や世間体にも)しばられずに生きたら、却ってこんなに美しくエレガントになれるのでは、と彼女を見ていると思えてくる。

   そんなこんなで、“せっかくフィンドホーンにいるんだし、折良く体調も悪いことだし行ってみよー”とマリオンのオフィスに飛び込んだ山名さんであった。(つづく)
つづきは次号に、、、お楽しみに。文中で宣伝?してくれていたフラワーエッセンスは、1瓶3200円。フィンドホーンのオリジナルブレンド7種類を取り扱っています(編集長)。


カンボジアの子育ては人任せ(崔 やすみ)


タカシマさま

  はじめてお便りします。
私は、カンボジアで女性の自立を支援する、地元のNGOに勤めています、崔 やすみと申します。今年3月に一時帰国をして、プロモーションの旅を少しおこないました。そのとき、岩国ののらさんにおうかがいしたとき、らくてん通信をいただきました。第11号の佐藤浩子さんの『子づれのインド旅行は楽ちん』をよませていただき、大変共感するところが多く、ついお便りをしてしまいました。

  今回2歳6ヶ月の娘を連れて、帰国したのですが、本当に日本では母おやの仕事りょうが多くたいへんでした。それでも、友人知人の助けがあったおかげで、ずいぶん、助かった方だと感しゃしております。

  しかし、こちらに戻るため、空港に向かうはるかの中で、体ちょうを崩してしまった娘が、泣き出したのです。下手にあやすと、余けいに泣き出すのはわかっていたので、私なりに様子をみていたその時、となりに座っていた、わかい男性4人のうち、1人がいきなり、うるさい!!とどなり、私にせっきょうを始めたのです。
  あれほどにぎやかにしていたじぶんたちのことはどうなのかと、いいかえしたくなるほどでした。それよりも、子供が泣くからと叱られたことははじめてで、それにビックリしてしまい、ことばが出ませんでした。
  カンボジアでは、ぎゃくに泣く子供をあやしてくれます。初めての子育てを、カンボジアで経験し、それが普つうだと思ってた私が、まちがっていたのだと、気づかされました。

  カンボジアはインドの影響を強く受けています。
子供の接し方も似てるなあと、佐藤さんのレポートをよませていただきながら、強く感じさせられました。いつまでカンボジアに居るか、今のところわかりませんが、一番大切な人げん形成のこの時期に、日本よりカンボジアに居てよかったと思っています。きっと、と上国といわれている、アジアの国々は、日本が忘れてしまった大切なものを、たくさん持っているのだと思います。
  私事で大変恐縮なのですが、毎日の生活の中で、カンボジアの主人をみながら、反省の毎日です。

  それでは、このへんで失礼いたします。突然のメールですみませんでした。帰国した時には、一度おうかがいさせていただきたいと思っております。
  やっと、日本語メールがつかえるようになったのですが、思うように、漢字が使えず、たいへんよみづらいメールで失礼しました。
                                    崔 やすみ

  崔さんのお便り、とても興味深かったので、カンボジアでの出産と子育てについて、あらためて書いていただいたのが次ページからの文章です。ありがとう。(編集長)
  

   本当に偶然、『らくてん通信』第11号の「子連れのインド旅行はらくちん」を読ませていただき、何度「うん、うん」とうなずいたことでしょう。
  
  私は、1993年1月より、カンボジアの第2の都市と言われている、バタンバンという北西部の街に住んで、女性の自立を支援するローカルNGOで働いています。第2の都市とは名ばかりで、本当に小さな片田舎です。

  そんな小さな街で、地元のカンボジア男性と知り合い、結婚をし、現在2歳の娘が一人います。娘を妊娠した1997年は、カンボジアでクーデターが起きた年でした。

  年明けから、バタンバン近郊でも、闘争が起きたとか、どこどこのNGOスタッフが巻き込まれたとか、いろいろ耳にしました。

  そんな中、私は、闘争がどうあれ、つわりが苦しくてそれどころではありませんでした。

  普段、カンボジア料理は好んで食べていたのですが、いきなり、全てのカンボジア料理を受け付けられなくなったのです。

  心配した義理の母は、なんとか食事をとらせようと、いろいろ工夫してくれるのですが、どうしても、ベースになる味は変わらないため、食べることができませんでした。結局、日本人の友だちからもらった日本食のインスタントものとか、ふりかけですませていました。

  つわりの影響から、お腹の娘は、それほど大きく成長できず、2000gの低体重児として生まれてきました。ですから、出産自体はとても楽でしたが、小さな小さな娘には、とても申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

  幸い、保育器が整っているところだったので、事なく娘は私といっしょに5日後に退院することができました。

  ところで、日本の妊婦さんといえば、足下は、必ずソックスはいて、なるべく冷えから体を守っているのですが、こちらは暑いからでしょうか、ソックスをはいた妊婦さんなんて見たことがありません。冷たいコンクリートの床の上にそのまま座ったりもするんですよ。

  また、バイクにまたがった妊婦さんなんて、当たり前!!みんな臨月まで、がんばって仕事をしています。

  しかし、産後は一転して、みんながみんな、日本の真冬のような格好になってしまいます。体力の回復を促しているらしいのですが、こんな暑い国で、毛糸の帽子に毛糸のソックス、長袖シャツの重ね着に首にはマフラーそして耳には風が入らないようにと、コットンで耳栓。極めつけは、ベッドの下に七輪を置いて火を焚き、体を暖めます。

  でも、お腹の上には、重さ2kgもあろうかと思うような、大きな氷が載せられているのです。

  子宮の戻りが早くなるのだそうですが、暑いは重いはで大変でした。約1〜2ヶ月はこういう状態で、産後は何もせずただ体を休ませているらしいのですが、私は1日も我慢ができず、過ごしやすい格好にして過ごしたので、大変なことになるのではないかと、それはそれはみんな心配してくれたものです。

  また、母乳の出が良くなるようにと、グリーンパパイヤとトンソク(ブタの爪先)のスープに思いっきりコショーを入れたり(これは、コショー辛くて水をたくさん飲んで、お乳の出を良くするのだそうです)、マッサージをしたりと、あれこれ試してはみたのですが、結局ほとんど出ませんでした。

  仕方なく、粉ミルクを買うことにしました。カンボジアの粉ミルクは全て外国製のものばかりで、特にタイ製のものが多く入っています。でも、説明書きが私には読めないため、英文で書かれてある、マレーシア製とか香港製のものを買っていたのですが、一般のカンボジア人は英語もタイ語もできない人が多いはずなのに、大丈夫なのかとちょっと気になるところです。

  そうこうしているうちに、娘は首が据わり、なんとなく人間らしくなってだっこも楽になったのですが、そうなると、近所に住む親戚などが、あちこち連れ歩き、今、娘がどこにいるのか分からないくらいでした。

  もし、誘拐でもされたらどうしようとか、何か事故にでも遭ったらどうしようとか心配になり、主人や親戚の人たちとぶつかったこともしばしばあったのですが、よーく考えると、とてもありがたいことなんですよね。私が食事をしてる時、必ず泣き出し、なかなか食事ができなかったり、そばにだれかがいないとグズッたりして、本当に大変で、ノイローゼになりかけていたのですが、そんな時、どこからともなく、だれかが現れてくれ、娘をあやしてくれるのです。仕事で2ヶ月に一度、娘を連れて、長距離乗り合いタクシーに乗るのですが、どんなに娘がぐずっても、泣いても、だれも怒る人はいません。逆にあやしてくれるのです。

  一番最悪だったのは、自動車酔いをした娘が、隣に座っていた、若い男性のズボンにもどしてしまったのです。「わっ!!どうしよう。きっと怒られるゾー」と覚悟を決めて、謝ったところ、以外にもニッコとして、「仕方ないね」と言ってくれたのです。

  私は約7年近くこの乗り合いタクシーを利用していますが、毎回違うお客さんが乗り合わせ、しかも、知らない者同士なのに、いつの間にか、家族的雰囲気になり、7時間の旅が終わります。ですから娘はすぐにみんなの子どもになるわけなんです。

  自分の子、よその子と完全に分けている日本ですが、ここカンボジアでは、どの子もみんな自分の子のように、かわいがってくれます。

  職場に連れて行っても、レストランに行っても、やっぱり同じで、だれかが娘を見てくれるので、その間に、私は用が済ませられるわけです。日本だと完全に保護者失格の私ですが、ここカンボジアでは、全て、母親が面倒をみなくてはならないという、概念はないようなのです。

  独身時代、住んでいた大家さん親子を見て、だれがこの子の本当の母親なんだろうとか、こんなに面倒を見る人が多いのでは、きっと、母と子の絆なんて薄いんだろうなあなんて思ったこともありますが、不思議と母子の絆は深いのです。仏教の教えからなのでしょうか。

母親を本当に大切にします。いや母親だけでなく父親も、つまり両親をすっごく尊敬しているのです。

  日本では、反抗期に入ると、親の言うことなんか聞かなくなるのですが(私はそうでした)、カンボジアでは、その反抗期が無いかのように見えるくらい、どの子もみんな、親の言うことを聞き、手伝っています。

  どんな子育てからこうなるのか、ちょっと知りたいところですよね。

  残念ながら、私にはまだ分からないのですが、いっしょに子育てをしている、カンボジアの主人を見ておもうのですが、可愛がる時は思いっきり可愛がり、叱る時は、本当に悪いことをした時だけ叱る、それがポイントなのかなあと思うのです。

  まだ娘は2歳なので、それほど本気では叱りませんが、一般のカンボジア人は、分別がつくようになった子どもを叱る時は強烈です。私だけがそう思うのでしょうか。細くて丈夫な枝をどこからか見つけてきて、それをムチのようにして、子どもを叩いたりと、、、カンボジア人のお母さんは怖いなあと、思う一幕です。

  それにしても、私はどこに行っても、子どもはつい人任せにしてしまうものですから、今年3月に一時帰国した時には、私なりに気を使いました。

  その時、私に出会った人は、あれで気を使ってたのかとお笑いになるかもしれませんが、あれでも精一杯だったのです。

  本当に日本の子育ては大変です。母親の仕事量が並ではないですね。

  時々、娘が想い出したように、「パパは?」と私に聞くのですが、そんな時、私までもが、「パパは?」と思い泣きたくなる気分でした。

  ある日、電車の中で、娘がぐずって泣いたところ、若い男性に叱られたのです。ああ、日本での子育ては、私にはムリだと思わされました。

  泣こうが叫ぼうが、ウンチやおしっこを垂れ流そうが、だれーもなんにも文句を言わないどころか、それを受け止めてくれる、ここカンボジアが私には向いています。

  子どもの人権云々と、先進国から言われているカンボジアですが、実は先進国、少なくとも日本よりは、子どもを一人の人間として扱ってやり、主張を聞いてやっているのではないでしょうか。

  私自身、今回の日本での体験はいろいろなものを見るうえでの、大変貴重なことばかりでした。

 18歳以下の子どもが多い、カンボジアに一度、お越しになって下さい。
子どもが子どもの面倒を見ているのを見て、哀れむ方もおられるかもしれません。逆にそれがほほえましく思えるかもしれません。

  まだまだ始まったばかりの子育てですが、みんなが協力してくれると思えば、何の負担にもならないですね。

  世界中、どのお母さんも子育ては大変ですが、みんながんばりましょうね。



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