なぜ豆と豆料理なのですか?―という質問へのお答え  

 [豆料理普及100年計画]・[飯則天]・ [京都新聞 2004/03/08



豆料理普及100年計画 by代表・高島千晶
看板息子・豆小僧 豆屋
100年単位で考えよう
 ご近所の裕子さんと、いつものように店の前の通りで三輪車の子どもたちを遊ばせながらおしゃべりをしていた時、京都の人が尊敬してきた石田梅岩の話になった。「100年先のことを考えて商売する」との教えがあるそうだ。そうか、京都の商売人たちは100年先のことを考えて仕事をしてきたのか・・・。私は自分のこととしてもふに落ちた。私も100年先のことを考えて仕事がしたかったのだ。今日うまくいかなくてもがっかりしないで暮らしたいから。そう、豆は100年後にこそ有用。世界の食糧問題は豆の価値を見直すことなしに解決しない。世界中の庶民に育まれてきた豆食文化を受け継いでいくことは100年後にこそ実を結ぶはず。

祖父、祖母、そしてこの家
 100年の時間の流れはどのように実感できるだろう。私の知っている100年とは、まず、祖父母の生きてきた時間だ。母方の祖母。呉服屋の女房。働きものの手をしていて、そのことを折に触れて自慢していた。ちっともじっとしてないで何か用事せずにいなかった手。そして父方の祖父。植木屋の息子。植木屋、植木屋と呼ばれるのがいやで村の人といっしょに事業をおこし、編立工場を建てた。90を過ぎても元気だった二人は数年前に亡くなってしまった。でも祖父母の立ち居振る舞いの記憶は私に100年の時の流れを感じさせる。
 そしてこの家。築90年のこの町家も100年の時の流れを感じさせる。柱、壁ともにインスタントにつくられたものではない。100年前の職人が100年前の立ち居振る舞いでつくった。工場で機械的につくられた家ではなくて、職人の腕、職人の腹腰がのこぎりをつかい、かんなをつかいして、つくった家だ。夜眠る前に小さな明かりに照らされたしっくいの壁や黒い柱を目にする時、何ともいえないしあわせな気持ちになる。

一番好きな台所
 この家で一番気に入っている場所は台所。とても高い吹き抜け、火袋のある台所。通り庭にある台所。見上げればむき出しの梁、足下は土間。システムキッチンでなく石でつくられたジントギの流し。通り庭の先は店、そしてその向こうは通り。お客さんが入ってこられれば走っていける。
 それから壁一枚隔てた向こうはお隣の台所なので、毎日、包丁の音が聞こえる。お隣の奥さんは働きもの。ご主人をなくされた後、ひとりで店を切り盛りし子ども三人を育てられた。私のつたない包丁づかいとは全く別の、トントントントンと小気味よい包丁の音がする。お隣の包丁の音を聞くたびに気持ちがしゃんとする。私もしゃんとして暮らさなくてはと思う。
 そういえば、この台所は椅子がない。今までつかった七つの台所は、一番最初の台所(小さいときに住んでいた家の台所、廊下の端にあった)以外、みんな椅子と机があった。そこでお茶を飲んだり、新聞を読んだりすることができる台所だった。でも、ここには椅子がなく、いつお客さんが入ってこられるかわからない店先が見えている。働くための台所。私はこの台所が一番好き。今までつかった台所の中で一番好き。私の台所、と思う(借家ではあるが)。

楽天堂、楽天的スタイル
 いつだったか古城で数百年前の人が書いた書を見て、その人の体の勢いがありありと感じられ、おどろかされたことがあるが、柱や建具にも職人さんの気配は残っている。お隣の人の包丁の音からしゃんとしたものが伝わってくるように、この古い家からはしんとしたものが伝わってくる。こうして100年前の職人さんの仕事は現に今日の私を支えている。これを実感できるのは、しあわせなこと。なぜなら、今日の私の仕事が100年後の誰かを支えうるというのが夢でなくなるから。
 それに、この町では築90年の家なんて珍しくも何ともなく、古いうちにも入らない。町のいたるところで100年を耐える仕事に出くわす。そして、ちゃちなものはちゃちなものとして感じられる。見劣りする(そう言えば裕子さんも言ってたなあ。町家にちゃちな器を並べると本当にちゃちにうつると)。その点、豆たちは立派なもの、町家の軒先に並べても決して見劣りしない。
 とにかく、私は心に誓う。100年後に実を結ぶ仕事をしよう。今日、明日に期待するまい。今日がっかりすることは何もない。これぞ楽天的スタイル。 

台所で一本刃の下駄を履く 台所で一本刃の高下駄を履いて豆を洗う

私たちがここへ越してくる時にお世話になった町家専門の不動産屋・エステイト信の奥さん。



飯則天 by堂守・高島無々々
静かに暮らすやうに梨畑花さく(河東碧梧桐)
静かに暮らすやうに梨畑花さく(河東碧梧桐)

 先日(2003年9月11日)、哲学者・鶴見俊輔さんの提唱で自衛官人権ホットラインが主催した〈金芝河(キムジハ)氏と語り合う―今、私が立っている場所〉(於:京大会館)に参加した。

 金芝河さんは、私にとって重要な存在である。想えば、1976年、大学に入った年に“金芝河を読み語る会”というサークルを創り、在日韓国人の友人らと数人で文学や思想を語り合ったものだ。その当時、私を惹きつけてやまなかったのは、金芝河さんが朝鮮の東学の理念に触れて、「飯が天である。みんなでメシをいっしょに分かち食らうことが、すなわち天なのである」と語っていた革命思想だった。飯を食えるか食えないか、食えるとしたらどのように分かち食うのか――それが、大学卒業後、横須賀で反戦平和運動や韓国の民主化闘争支援に携わり、運動を離れてからも、一時期宗教に近づいたり一転して中小企業の経営に専念していた時でさえ(そして、整体と文学というライフワークに自分を賭けつつある今も)、私の奥深いところで突き動かしてきた〈想い〉だったように思う。

 鋭い風刺詩によって時の独裁政権に囚われ、死刑判決を受けた獄中の“抵抗詩人”――こんな肩書きを背負った金芝河さんは、出獄後ほどなくして「転向」した。もはや政治を直接語らず、生命と文化について自説を展開した。その間、いろいろあったのだろう。「語る集い」での、還暦を過ぎた人には見えぬ房々とした頭髪と、杖をつき目元をすぼめ背を丸めて歩く後ろ姿との不調和は、魂と肉体の数々の遍歴を物語っているようだ。
 新生命主義――朝鮮の建国神話に基づき、汎神論的な生命観、人間観、世界観で朝鮮を含む東北アジアでの新たな生命文化の創造と共生を説く、“やや神がかった人間”として、彼は復活した。会場での、静かに語るやさしいまなざしと熱い口調・・・私も、彼の後をなぞって生きてきたようなものだった(スケールは全く違うが)。この三十年近い人生は、振り返れば、どこに自分の根拠を置くか――いのちという、無根拠の根拠にたどり着く、長い自問自答の旅だったように思う。

 なぜ豆料理なのか?と聞かれたら、まずは
「カミさんがやってるから」と答えるが、冗談はさておき、政治も経済も宗教も灰燼に帰した9・11後の世界にあって、身体が唯一の(&最後の分かり合える)可能性ではないかと感じている私には、肉や魚では「メシは天」に至らないと思う。何より先進国の肉食による肥満と後進国の飢餓はセットになっているのだから。付言すれば、肉や魚に関して、◯◯は良くても××はダメという宗教的にリジッド(厳格)な人々の信仰は、尊重されなければならないと私は思う。
 その点、植物食はいい。肉や魚のようなややこしいことはあるまい。今は家畜のエサになっている飼料用穀物を回せば、とりあえず食糧危機は解決するだろう(楽観的過ぎるか?)。そして、豆は脇役の副食なのがさらにいい。主食は米、小麦、トウモロコシ、その他、それぞれであっていい。そこに豆がさりげなく、おかずとして添えられる――いっしょに分かち食らうメシとして。

 それが二十一世紀の家庭の食卓である、とまあこんなヘ理屈である。



スロー都市・京都 第2部異種交流 〈仕事と生活〉 from 京都新聞 2004/03/08 文化欄
家族、地域とかかわり働くことが創造の場
京都新聞

 町家の軒先に並べられた、色とりどり、大小さまざまな豆類。上京区下立売通七本松西入ルにある豆とフェアトレード雑貨の店「楽天堂」は、昨年三月に家族四人で京都に移り住んだ高島千晶さんが自宅で営んでいる。豆は、初心者にも料理できるようレシピをつける。販売のかたわら、豆食の普及をめざす「豆料理クラブ」を主宰、毎月、自宅では豆料理のランチパーティー。ホームページやミニコミで通信を発行している。
 「消費をあおる文化や、子育てができない企業に疑問をもった」と高島さんは話す。山口市で十年間、アバレルの店を経営していた。古着の回収など社会貢献を提唱するアバレルの姿勢には共感したが、売り上げ追求は普通の企業と変わらかった。子どもと接する時間も限られ、物を買い与えて埋め合わせた。
 そんな中、米中枢同時テロが発生。米国の友人と連絡を取り合った時、話していたのは料理や食べ物のことだった。「料理は毎日を支える生活の素材。料理の話で、重苦しい日々をしのげた」。
 「豆料理」のアイデアはそこから生まれた。世界で進む肉食は、大量の穀物を消費し、食糧不足を引き起こす。それに対し、豆料理は世界中の伝統に根ざす「もう一つの世界の料理」。保存がきき、体にも良い。豆を起点に、持続可能な食文化や料理の楽しさを提案していこうと思い立って、京都に移住。そこで始めた試みは、徐々に輪を広げているという。職住一致の生活で、子どもとは一緒にお菓子を作るなどして過ごすようになった。高島さんは「歩みはゆっくりでも、長い時間をかけて築く価値のある仕事がしたい」と夢を語る。(以下略:記事の全文は→こちら


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