100年計画  

2007年10月

[Topics]

03 Jul 『戦争が遺したもの』
 おはようございます。千晶です。
 手にとる本、手にとる本、面白くて、連日、夜更かししています。寝不足気味。図書館が近いので、そうなってしまいます。

 昨日読んだ本は、『戦争が遺したもの』(鶴見俊輔 上野千鶴子 小熊英二著、新曜社)。サブタイトルは、「鶴見俊輔に戦後世代が聞く」で、戦争中と戦後に鶴見俊輔が経験したこと、考えたことを、上野千鶴子と小熊英二が聞きます。なれあいの座談会というのとはまったくちがって、80を越えたおじいちゃん鶴見俊輔から、ぜひとも知りたいことを聞き出そうと、二人がしつこくねばるのにびっくりしました。

 戦争とセックスについて語られるところは、戦地で鶴見俊輔がどうやって倫理的に間違いをしでかさないようにしていたか具体的に聞き出すのに成功していて、感動しました。

 あと、戦争にかかわった人の「批判」ということをめぐって話が行き交うところも考えさせられます。国家の責任、知識人の責任、政治家の責任、庶民の責任、庶民をあおった運動家の責任、それぞれが細やかに分けて考えられていて、1ヶ月くらい前に藤原恵さんのメールの前後にわたしが考えていたことにヒントがあるように思いました。おすすめです。

 鶴見俊輔はあたたかい人ですね。庶民に対してはとてもあたたかい。一方で、「1番病」(1番にならないと気がすまない病気)の人には厳しい。1番病の政治家や時流にのって無責任なことを言う評論家にはとても厳しいです。全体にあたたかい空気の中で、時おり厳しい言葉が出てくるのでドキッとします。小林秀雄とはかかわりたくないと思ったと書かれていました。

 3人の関係性がユニークで、深刻なテーマでもあるのに、とても楽しく読めます。おおらかなおじいちゃん力も関係してるんでしょうね。わたしも80になった時には心の広いおばあちゃんになっていたい。

07 Jul 〈圧力鍋の選び方〉
 小橋です。
 圧力鍋を買おうかと思いつつ今までやってきていたのですが、ここにきて使いたい気持ちが強くなっています。
 まず友だちから頂いた魚の筒焼きが美味しかった事、豚ばら肉と大根のたいたんが早くできて美味しかった事(友だちの台所で圧力鍋の使い方を教わりながら作りました)、たったこれだけの事なんですがほしいと思ってしまったのです。

 いろんなメーカーがあるみたいでよく分かりません。みなさんはどんなのを使われていますか?普段の料理といえば野菜、豆が多いのですが、子どもや夫はお肉も食べたいやろし。ちなみにご飯は家で精米しています。なので玄米も炊きたいです。教えてください。

07 Jul RE: 圧力鍋
 京都の細井です。(前略)
圧力鍋についてですが、私は、3年ほど前に圧力鍋を買うとき、以下のサイトを参考にしました。
http://www.furaipan.com/ 使用者の声が載っています。あと各社比較表も載っています。

 私は、パーフェクトプラスというドイツのお鍋にしました。10年保障付き。 ステンレス 2.5リットルです。その後、妹、叔母も買い、自分の家で、4.5リットルの圧力鍋も買いました。非常に 使いやすく、おいしく玄米が炊けます。ヘイワも検討しましたが、アルミなので辞めました。

 私の通う、マクロビ料理教室では、シラルガンの鍋を進めています。私も、普通のお鍋は、シラルガンで持っていて愛用しています。シラルガンで炊く、玄米も天下一品です。同じお米で、二つの鍋を比べたことがないので、どれだけ、二つに差があるかわかりませんが、シラルガンは、相当魅力的です。

09 Jul RE: 圧力鍋
 ひろです。
 こばしさん、私はドウシシャの圧力鍋を使ってます。
 安いけど(3000円以下、コーナンとかサンワにある)ステンレスだし、パッキンとか重石を古くなったりなくしても対応してくれるから、これを持って地球一回りしました。これがあれば、外のわずかな薪でも、ご飯・スープもすぐできるし、離乳食も簡単にできたから、重くても必ず運びました。(後略)

09 Jul RE: 圧力鍋
 小紺です。
 私は「活力鍋」を使っています。CMや折り込みチラシなどでお馴染みのアサヒ軽金属の物です。
 CMの雰囲気からうさん臭さを感じて買うまでに結構考えたのですが、使ってみたら、その威力、使いやすさに大満足しています。
 実家では普通の圧力鍋(外国の一流メーカー)を使っていますが、それと比べても、加熱時間の短さや仕上がり具合は優秀です。アフターケアもしっかりと請け負ってくれますし、値段も約2万円と手頃です。http://www.asahikei.co.jp/

22 Jul 〈豆と根粒菌〉
 千晶です。調べている途中のことを取りあえず書いてみます。

 豆(マメ科の植物)が果たす農業における役割について調べている中で、今、微生物との共生について調べています。調べれば調べるほど面白く、無肥料栽培にとりくんでおられる方々が豆の栽培を大事にしておられるのがよく理解できます。

 1万年も前から世界中で豆は穀物と混栽されたり、穀物の裏作として栽培されてきました、肥沃な三角地帯はもとより、インドでもアメリカ大陸でも。やせた土地でも豆は栽培できるからです。やせた土地に窒素を増やして肥えた土地にしてくれます。

 農民たちは早くからそのことに気がついていたようです。少し前にこのMLで引用した古代ローマ時代の農書にもそのことが書かれていました。日本でも水田のあぜに枝豆を植えたり、マメ科の植物であるれんげを田植え前に植えてすきこんで緑肥にしている。栽培植物の中で唯一豆だけが、空気から窒素をとりこむことができるからなんですね、根粒と共生する根粒菌のおかげで。しかも植物も動物も窒素なしでは1日たりとも生命活動ができない。

 第一次世界大戦の前までは、人間の体のタンパク質の中のN(窒素)は、もとをたどればほとんど全てマメ科の植物に由来していたようです。第一次世界大戦前に、窒素ガスを科学的に固定する方法が発明され、それが火薬や化学肥料として使われていきました。化学肥料は爆発的に普及し、今やわたしたちの体の47%が化学肥料由来であると計算する科学者もいます。(にわかには信じられない数字で、他の科学者の文章も読んでいます。)

 今、化学肥料の弊害が広く知られるようになりました。豆の栽培は農業の循環の中でこれからとても大事になるとつくづく思います。化学肥料のことも調べれば調べるほど、興味深いです。窒素原子は手が3本あって、その3本が結びついて分子になっているので、、窒素ガス(N2)はとても結びつきの強い安定した分子なんだそうです。それに化学変化を起こさせ、窒素肥料として植物が利用できる形にするには、非常な高温と高圧が必要になり膨大な石油エネルギーを使うことになるんだそうです。1年間に7億バレルです。これは日本が1年に輸入する原油の45%に当たる数字なんだそうです。もちろん温暖化の原因にもなりますし、空気中、あるいは分解したのち海や川に流れ込む有害物質の弊害も深刻です。

 それを思うと、同じ化学合成を小さい根粒の中で行っている豆と根粒菌のなんと偉大なこと!このごろ、道ばたでカラスノエンドウなどマメ科の雑草を見かけるたびに根っこを調べています。たしかに、どのマメ科の植物も根っこに小さい根粒をつけている。

 今度の自由学校の豆のワークショップで、このあたりのことを話す時間を作ろうと思っています。そのうち、文章としてもまとめたいです。この季節、植物の命の営みはすごいですね。微生物の勢いもまた。その一部を何かの形で伝えられるようにと思います。

 都間さんのすすめてくれた『国民のための百姓学』で感銘を受けたことの一つは、食の安全がそんなに大事なのか?という問いかけでした。わたしたちの体は、あと数十年もすればどのみちなくなってしまう。それより大事なのは、命の循環だろうと思うのです。何百年、あるいはそれ以上の長い年月、続いてきた循環、大地の循環のほうこそ、気にかけなくてはいけない。実際に今、それが途絶えようとしていることを問題にしてほしい、というのが百姓の側に立った宇根さんの呼びかけでした。

23 Aug  〈テンペの作り方〉
 京都の細井さおりです。テンペを作りました。大豆を炊いて、テンペ菌をふりかけておいて置くと出来上がります。夏の気温だと常温で出来ます。もっと早く報告したらよかったかも。テンペ菌は、以下のサイトで買えます。http://store.yahoo.co.jp/fatema/1-6025.html (以下略)

27 Aug 『目覚めよ仏教!ダライ・ラマとの対話』 (NHKブックス)
 千晶です。
 『目覚めよ仏教!ダライ・ラマとの対話』、、、ほんとに読めて良かった。たしか2年前の春にたみさんを招いて当時のヒサコさんの家で豆ランチパーティーを開いたとき、自己紹介で話して笑ったのですが、わたしもこの本の著者上田さんと同じように、10歳の頃から、どうしたら社会をよくできるか、差別や貧困をなくせるかというようなことを考えてきました。上田さんのようには、聡明でないので、右往左往し失敗してばかりなんですが、でも、上田さんのダライ・ラマへの自己紹介は、自分と重なるところが多かったです。

 だから、わたしがダライ・ラマにお会いしたら聞いてみたいと思っていたまさにそのことが、質問になっていたように思われました。(いえ、実際にわたしがダライ・ラマにお会いしても決して上田さんのように理路整然とは質問できませんが。)

 わたしがかねてから仏教に疑問を持っていたのは、執着を捨てるという時の、執着についてです。そしてその執着から生じる怒りについてです。正義への執着が怒りを生んでしまう、そのことをやめようと何度、思ったかしれない。でも、それはわたしにはできない、ということがわかった時、わたしは仏教に背を向けたように思います。仏教は、わたしのようなつまらない凡人には縁のない世界だ、わたしはつまらない人間として、執着と怒りを持ったまま、仏教の教えに背きつつ生きていこうと思ったのだと思います。それがわたしの今生でできることだと理解したように思います。

 でも、この本の中で、ダライ・ラマははっきりと、利他の気持ちから来る執着や怒りは捨てるべきではない、持ち続けるべきだとおっしゃっていました。

 自分が執着と怒りにみちたつまらない人間だと思うことはなかった。仏教には無縁の人間だと思うこともなかった。失敗はとても多い(!)が、利他的に生きたいと願ってきたのだから。(偽悪的だったのは、田口ランディだけじゃなかったわけです。)この本の最初と最後に出てくる言葉で言えば、いかに「搾取」なく暮らせるか、ということがわたしの10歳くらいからの課題で、最初は役所に就職し、5年前には豆を売ろうと思ったのです。

 「どうして豆屋をやっているの?」といつも聞かれる。最近、わたしは答えられなかった。「お豆が好きだから?」、はい、というかんじで、言葉をにごしてしまう。根本には、利他的に生きたいという思いがあるんだと気がつきました。もし、いのちを自分の命としてとらえると、それは利己的に自分だけが安全なものを食べたい、ということになる。自分だけがおいしいものを食べたいという欲求と、自分だけが無農薬の安全なものを食べたいという欲求とは、そう違わないようにわたしには思われます。けれど、いのちを「つながっていくもの」としてとらえると、大地で営まれる自然の営みがとぎれないように、他の人の命を奪わないように、目が社会に向く。生産される場、配分の仕組み(経済)に向く。そのように食糧の生産と配分に目が向くとき、豆は人類にとって大事な食物だと思えるのです。

 先日、インドの女性が書いた『Stolen harvest』(邦題『食糧テロリズム』)という本を読みました。その本を明日、紹介します。食糧をめぐってこの世の中でどれだけ深刻な「搾取」があるかということを、インドの人の立場から、しかも女性の視点で書いている良い本です。知らなかったことがいっぱい書かれています。

 『目覚めよ仏教!ダライ・ラマとの対話』には、ほかにもまだまだ貴重なことが書かれていました。先月、夢中で読んだ福岡伸一の生化学の本とも通じるものもありました。「人間の体を機械になぞらえることはできない。命と機械は根本的に違う」という生命観です。そして、利他的に生きたいという願い(執着とは区別される愛)と、その生命観はつながっている。命は操作されるべきものではないという感覚が執着のない愛につながっている、このことが書かれている文脈に、はっとさせられました。病気している子どもを見るとき、わたしの中に葛藤が生まれます。どうにかしてやりたい、と。でも、結局は、どうにもできない。どうにもできないし、かつ、天(自然)に任せていたら、どうにかなる。病気の子どもを見るというのは親にとっての修行のようなものですね。いや、子どもでなくても自分の体でもいいわけです。自分の体も自然から与えられたもので、病気も自然の営みなわけです。自分の体、家族の体から、わたしたちは自然の理を学ぶことができる。自然の理を学ぶことで、執着のない愛を学ぶことができるかもしれない。

 読み終わって、いろいろ自分の人生をふりかえり、それから、単純なわたしは今日からでも仏教徒として生きたいなあと思いました。利他の気持ち、思いやりを持って生きたいなあと。利己的な社会には未来はなく、利他的な社会はそこに住む人を幸せにする。貧しい家庭であっても、利他の気持ち、思いやりがあれば、幸せがある。子どもに特別な教育や環境を与えることができる経済的な余裕がないことを残念に思うこともありますが、もし母親が利他的に生きることができる人ならば、もう、それは子どもへの最大の贈り物ですよね。余計な欲を出さず、堅実に利他的に生きたい。そう、今夜は誓うのでした。(もし、なんか違うことを言い出したら、どなたか、今日のわたしの誓いを思い出させてやってください。)

27 Aug 続き
 (前略)考えてみれば、この5年、豆料理クラブの仕事を通じて出会った人は、利他的な社会を作りたいということで気持ちが通じ合ってきたんだと思います。イラク人質事件で、政府が「自己責任」という言葉を使ったとき、このメーリングリストで怒りが炸裂したのは、利他的な社会を作りたいという皆さんの思いのあらわれだったと思います。鍋カバープロジェクトにしてもそうだし、豆ランチパーティーの一品持ちよりもそうだった。消費文化への疑問もそうだった。

 ダライ・ラマは、人間がそもそも利他的な(社会的な)存在だということを語っておられました。人間は利己的に生きることでは満足できない。他人を助けて嬉しいし、他人に助けられて嬉しいと感じる存在なのだと。誰もが本質的に利他的な社会を求めている。竹村さんが地蔵盆で楽しく感じたような伝統的なコミュニティを大事にするとともに、抑圧的でないリベラルな新しいやり方を見つけていく必要がある、そのようにダライ・ラマは日本人にエールを送って下さっていました。それぞれが思ったことを遠慮なく口に出す、そういうスタイルの中で利他性を育くむ。その下りを読んで元気づけられました。

 利己的にお金に執着している人も多いかもしれないけれど、同時に、この5年、たくさんの利他的な仕事をしている人に会いました。目立った仕事ということでなく、地域でのつながりの中で、利他的なつながりに喜びを感じている人にもたくさん出会った。幸せに暮らしている人はみんなそうかもしれない。そういう人に出会うたびに元気づけられてきた。そのことに今日、気がつきました。

 『目覚めよ仏教!ダライ・ラマとの対話』、この1冊の本は、いろんな人を結びつけるかもしれません。作ろうとしている社会のイメージがはっきりするかもしれない。楽しみです。

05 Sep 「人体の不思議展」の問題点
 千晶です。とても重たいテーマに触れて申し訳ない気持ちもしています。(申すまでもないことですが、この件に関してはメールを読まないというのも選択肢としてお考え下さい。)

 学校で割引券をもらって小学校のお子さんが見に行ったという声もありましたので、論点を整理します。その整理がわたしにはまだできないので、ひとまず、「人体の不思議展」に疑問を持つ会http://sky.geocities.jp/jbpsg355/が整理した疑問点を引用させていただきます。よく整理されていると思います。

 疑問を持つ会は、2006年夏に仙台で発足しています。代表 刈田 啓史郎(東北大学元教授、生理学) 一戸 富士雄(みやぎ近現代史を考える会)・ 興野 儀一(医師)・村口 至(宮城厚生協会前理事長・医師)・末永 恵子(福島県立医科大学講師、生命倫理)

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〈人体の不思議展の問題点〉
 人体の不思議展の会場には模型ではなく本物の人体を樹脂加工した標本が展示されています。その中には人体をプレート状に水平にスライスしたものや、わざわざ弓を持たせてポーズをとらせているものもあります。さらには人体標本に触るコーナーまでありました(仙台展会場)。
1、本当にインフォームド・コンセントを経た献体でしょうか?主催者は、献体は生前の意思にもとづくものとうたっていますが、果たして上記の扱いを受けることまで納得していたのでしょうか?
2、標本は、すべて国内法の適用を受けない中国人のものです。仮に日本の国民が医学教育用に献体の意思を示しても、このような標本化と展示をなされることは、、現行の「死体解剖保存法」と「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」との制約によって実質的に不可能です。標本がすべて中国人であることの法的あいまいさと人種差別の問題を深く考えるべきです。
3,すべての人は、死後遺体となっても人間としての尊厳が守られなければなりません。遺体には最大限の丁重な扱いをするのは当然です。しかし、この展示が興味本位の見世物になっていることは、倫理的に大きな問題です。
4,「人体の不思議展」は、一般市民から高額の入場料を徴収しており、いわば、死体が金儲けの道具になっているのです。このような人体の利用に社会は歯止めをかける必要があります。キーホルダーなどのグッズを会場で販売するなど営利目的は歴然としています。
5、株式会社日本アナトミー研究所が、中国の死体加工場より死体を輸入していますが、生命倫理はおろかビジネス倫理にももとる営業にほかなりません。
6,主催者に名を連ねる新聞社・テレビなどは、この展示の広告を新聞紙上や電波で流して集客にこれつとめています。マスコミの責任は重大です。人権無視の展示に荷担するのではなく、この問題の告発こそジャーナリズムの役割ではないでしょうか。
7、日本医学会・日本医師会を初めとする医学界の責任は大きいと思われます。倫理上問題の大きい展示に医学者・医師がお墨付きを与えることは、いわば自分の首を自分で絞める結果にります。医療への信頼を得られるのは、真の患者本意の医療であるはずです。インフォームド・コンセントがあったかどうか疑わしい標本の展示を後援することは、医学研究に不可欠な被験者や献体を申し出ようと思っている人の信頼を得ることには明らかにマイナスです。
8、後援する自治体も公共の観点から責任があります。後援名義許可は、宗教性・政治性がないなどの機械的な基準の適用ではなく、倫理的にも深く考慮するべきです。
9、教育界の安易な奨励にも大きな問題があります。教育委員会が後援しているため、小中高の学校の生徒学生には、教育的な展示と思いこまれてしまいます。しかし、実は倫理的にも学術的にも、高度なレベルの標本ではありません。むしろ、これから、人体の有機性・複雑性を学ぼうとする若い人々には有害でしかありません。、
 また、解剖実習のない看護学校や看護学部その他のコメディカルの学生に見学を薦める学校・教官が少なくないようですが、むしろ精巧な模型を示したり、最寄りの医科大学や医学部にある標本展示館への見学を薦めるほうが学生にとって有益でしょう。
10、多くの主催・後援団体が説明責任を果たしていません。「人体の不思議展」に疑問をもつ会は、公開質問状を仙台展のすべての主催者・後援者19機関に送付しましたが、返信用封筒を添付したにもかかわらず、10機関からしか回答がありませんでした。日本医学会は一旦後援を取り下げると回答したにもかかわらず、現在も後援を続けています。
 しかし、見識のある対処をする機関が増えてきました。
 一方で、日本赤十字社や日本看護協会が後援を取りやめました。また、倫理的に問題があるとの理由からさいたま市教育委員会は後援をしておりません。
 近畿高等看護専門学校では、今まで授業の一環として展示の見学を薦めていましたが、学校内で検討されたの結果、展示は倫理的に問題があるとして見学を奨励しないことにされたそうです。学生への説明文には、これまで見学を薦めてきたことに対して謝罪すると書かれています。

09 Sep 続き
 千晶です。(前略)
 ところで、今日は「人体の不思議展」大阪会場に行って来ました。(中略)15分ほど、大阪会場入り口で現場責任者と話しましたが、「流行にとりのこされた話の分からないばあさん」であるかのようにあしらわれたようにも感じました。が、たぶん違う。スタッフの皆さんは、相当、警戒されていました。

 入り口の所にいる若いスタッフの女性に、ごくごくおだやかに「ほんとうの遺体なんですか」と聞いた瞬間から、「おたくのコロッケには賞味期限切れのミンチが混じってるんですか」と尋ねられた人みたいに、その人がこわばるのを感じました。だいぶ待たされて出てきた現場責任者の人も警戒していました。若い男性スタッフを伴ってやってきました。スタッフはみんな赤いTシャツにジーパンといういでたち。責任者の人はワイシャツにネクタイでした。「遺体の公開に際してどんな配慮がされているか」というようなところから聞いていきましたが、訓練されたとおりにマニュアルを読みあげる雰囲気でした。一緒に来て後ろで見ていてくれた友人がそう言ってました。すらすら話す様子も、まるで嘘をかくすために話し続ける人みたいでした。

 遺体は中国人のものですか、とたずねると、遺体は中国の大学の関係機関から貸与されている、中国で加工されているが、中国人のものかどうかはお答えできない、というような答でした。どこの大学ですか?と聞くと、やはり「お答えできません」でした。他にもいろいろ聞きましたが、医学的な目的のため、という一点張りでした。

 要望書を出したいので、主催者の毎日放送の住所と代表の名前を下さいとお願いすると、しばらく待たされて事務所から戻ってきたその人が持ってきた紙は、どこにでもある「人体の不思議展」のチラシで、そこには開催期間中だけの事務局の電話番号と手書きのファクス番号だけがありました。「ここに送って下さい」。これには頭に来ました。

 わたしは「書留で要望書を送りたいので、住所と代表者の名前を下さい」というと、それはできません、と先方は答えました。わたしは声を荒げました。「遺体を公開するというような大事なことに、責任者の名前がないなんておかしいじゃないですか。」後ろで見ていた友人が言うには、返答していた男性は、たくさん汗をかき、少し手が震えていたそうです。わたしにはその時は、それは感じられなかった。非情な感じがしました。とにかく顔に表情というものがありませんでした。そして、その男の人の死んだ魚みたいな目を見ていると、わたしは言葉を失いました。

 わたしが名刺を渡しても、名刺すらなかなかわたしてもらえなかったです。最後にとうとう渡してもらったのですが(渡してもらう前に「それで満足するんですか?」と聞かれました)、そこには東京住所の「イノバンス」という会社名が記されていました。男の人の名前は書いてありましたが、肩書きはありませんでした。わたしの友人が「どういう会社ですか」と聞くと、「お答えできません」という返事が返ってきました。それは変なので重ねて尋ねると「調べて下さい」。どういう会社の人が、どういう関係で主催者になりかわって返事をしているのか説明するのが道理だと思うのですが、まったくそのような説明はありませんでした。

 今日は、商業施設でたくさんの人が来ていました。穏やかに話すつもりでしたが、責任の所在を明らかにしないのが気持ち悪くて、最後2分くらいだったと思いますが、声を荒げました。その時、チケット売り場に並ぶ人がいなくなりました。みなさん、やりとりに聞き耳を立ててられました。チラシにはほんものの遺体が使われているということは全く記されていないので、初耳だった人もいたように思います。関心を持って聞いておられたように感じました。わたしはそんなふうにおおぜい人がいる前で怒ったのは生まれて初めてでした。「遺体を公開するというような大事なことなのに、責任者がはっきりしないなんておかしいじゃないですか。わたしも商売していて何か問題があったら代表として名前を出して対応します。名前を出さないなんておかしいじゃないですか」と言いました。

 それから、突然、出口から出てきたおばさんが、わたしに「そんなん自分で調べたら分かるやんか」と吐き捨てるように言いました。わたしが毎日放送の社長の名前を書いて下さいと言ったことに対してです。そんなふうに終わりました。

 一緒に来ていた友人は、高校の同級生で、たまたま1年ぶりに会おうということになって、成り行きでついてきてくれていたのですが、「千晶さんが怒るのはもっともや、あの対応はおかしすぎる。気味が悪い」と言っていました。

 今日のことで分かったのは、思ったよりも得体が知れない会社が今回のイベントの運営をしているということです。そして相当の数、既に批判や疑問を受けているんだろうなあということです。慣れていました。たぶん、会場で聞かれるのでしょうね。インフォームドコンセントがあり得ない胎児の遺体について尋ねると、「一体だけ」展示しているとおそるおそる答えていましたから、批判にあって一体にしたのだなあと思いました。以前、他の会場では月齢ごとにたくさん並べられていたそうです。

 これからどうするか考えます。今日は個人としていきましたが(最初にそう話しました)、「京都・遺体の尊厳を守る会」代表 高島千晶という名刺は渡してきました。右も左も分からない不慣れなわたしがやることなので、しくじることも多いと思います。何しろこういう事をするのははじめてなのです。気がついたことがありましたら、教えて下さい。きっと勉強になります。

 2003年にはこの件について中国人の間で抗議の声があがったそうで、朝日新聞がそのことを報道していたそうです。フランスでは中国人によるデモもあったようです。ちょうど中国に行って帰ってきたばかりで、このままじゃあ、中国の人に顔向けできないという思いもあります。これも何かの縁だなあと思います。(後略)

10 Sep 続々
 千晶です、日付が変わりました。
 布団に入ったものの、どうしても眠れず(わたしは寝付きが良いので、こういうのは珍しいのです)、そしてメールを開けるとかやさんからのメールがありました。個人的にメールを下さった方もありました。わたしは、こちらこそ御礼が言いたいです。たしか8月30日にこの件を知って以来、なかなか眠れない日が何日かありました。吐き気が始終していました。何度も無々々に「こんなのあんまりだ」「ひどい」と言いました。

 そう言えば、このことを知った翌日には、老いた母に会いに行ったのです。少し離れているので年に2回会うか会わないかなのですが、急に思い立ってこどもたちを連れて行きました。2時間くらいいむこうにいてとんぼ帰りしたのですが、母と別れて母が見えなくなったとたん涙が出て止まらなくなりました。娘が「お母さん、どうしたの?大丈夫?」と何度も聞きました。母には何も話さなかったけれど、わたしもかやさんと同じように、この世の中に安心できなくなっていました。自分が脅かされるのを感じました。

 それから何人かの人に話を聞いてもらいました。見に行ったことがある人もわたしの気持ちを分かってくれたし、その人の中にもその時言葉にならなかった疑問と怒りが湧き上がるのを知って、ずいぶんとほっとしました。わたしとは違う感じ方をしている友人もいたけれど、とにかく対話が成り立つことにほっとしました。もちろん同じ風に感じている人に出会ったときは、心底ほっとしました。

 それから、おそるおそるメーリングリストに書きました。最初はおびえていた。そんなこと、今の世の中では歓迎すべきことじゃないか、というような反応があったら、自分が壊れてしまいそうで、びびっていました。何人かの人と話すうちに書いてみようという気持ちになりました。そうしたところ、かやさんのように個人的にも共感のメールを下さる人がいて、とても安心しました。

 それからはるかさんにエピゾ・バングーラのライブに誘ってもらって、そこでずいぶん落ち着きました。ライブ会場に向かう道では、公式HPで見た標本の写真がフラッシュバックみたいなかんじで襲ってきたのですが、帰り道ではよい音楽のおかげで、わたしを脅かすものは何もないんだ、と思えました。

 遺体を使ったショービジネスは人間性を深く傷つけます。一時の知的な(?)好奇心を満たすために、遺体を大事に扱ってきた何千年(あるいは何万年)もの歴史に背くようなことをしてしまうのは、喪うものがあまりに多すぎる。軽率すぎる。人間の中に共通に刻まれている文化を損なってしまう。医学の名前を借りても、科学の名前を借りても、すべきでないと思います。かりに意識で楽しんでいても、深いところで傷ついたり不安定になっていたりするのではと思います。また、このようなことに平然としていられる文化がこれに続いて育つとしたらとても恐ろしい。そんな文化の中で子どもを育てたいとは誰も思わないのでは?教育委員会の人に聞きたいです。

 今回の巡回展では何十億というお金が動いています。得体が知れない恐怖が、やはりあります。読んで下さった方、重い話につきあっていただいて恐縮です。それから妊婦さんや病気の方のことを思うと、今回、不用意に取り上げたことを反省しています。どうぞとりあえずはこちらに任せて下さい。妊婦さんはもう読まないで。パソコンから遠ざかって下さい。

20 Sep 「祝島 反原発の闘い」(『DAYS JAPAN』9月号より)
 楽天堂・わたしたちの海基金事務局の、佐野仙子です。
 フォトジャーナリズム月刊誌「DAYSJAPAN」の9月号(820円)に掲載された、「祝島 反原発の闘い」の那須圭子さんの記事は、祝島の日常の様子や、上関原発計画をめぐる経緯についても簡潔にまとめられていました。一部をご紹介します。
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(前略)原発予定地である田ノ浦の浜に立つと、真正面には祝島が見える。3,5キロの距離は実際現地に立てば目と鼻の先だ。周防灘の東端に浮かぶ祝島は、台風の通り道にあり、強い季節風と闘いながら人々は助け合って暮らしてきた。強風を避けるため、家の周りに石垣を積み上げ、石積みの段々畑と伝統的に一本釣り漁法で生きる糧を得てきた。営々と築いてきたその暮らしを、突然原発に踏みにじられようとは思いもしなかった。

 出稼ぎで原発の労働を経験した島民が説いて回ったために島民の9割が反対に周り、中国電力の「札びら攻勢」にも屈せず四半世紀がたとうとしている。いかし賛成派と反対派は挨拶もしないし、冠婚葬祭にも呼ばない。島の人間関係はズタズタに引き裂かれた。「この島で、これまで通り暮らしたいだけなのに、なんでこんな目にあわにゃならんのか・・・」あるお年寄りの言葉が皆の気持ちを代弁している。

 今年6月15日、広島高裁は中国電力が山口県上関町で進める控訴審で一審の山口地裁の判決を取り消し、祝島漁民全面敗訴の判決を言い渡した。原発建設の差し止め請求を棄却、建設予定地の海で祝島の漁民が操業する権利を認めないばかりか、原発の建設や運転にともなう温排水などによる損失や迷惑をも受忍する義務があるとする。

 漁業者の生活をまったく理解せず、国策にすり寄った不当な判決に、傍聴につめかけた祝島の漁師たちは「弱者には生きる権利がないというのか」「中国電力だけの海じゃない」と悔しさをにじませた。

 2000年4月、原発予定地周辺に漁業権を持つ8漁民の共同漁業権管理委員会は、祝島の反対を多数決で押しきり、中国電力と125億円の漁業補償契約を結んだ。漁師一人あたり5千万円ともいわれるその補償金の半額がすでに支払われたが、祝島の漁師たちは受け取りを拒否している。6月の判決はこの契約の無効確認などを求めた訴える訴訟の控訴審判決だった。(中略)

 07年6月現在、上関原発をめぐっては4つの訴訟が未だ係争中である。その中の一つである漁業権をめぐる判決は到底受け入れられるものではなく、祝島漁民側は最高裁に上告する予定だ。それらの結果の如何によっては、上関原発が白紙に戻ることもあり得る。

 それならば、中国電力は訴訟の結果が出そろうまでは、上関の地に、海に、いっさい手を触れるべきではない。埋め立てなど論外だ。計画が白紙に戻ってからでは、海も山も元には戻らないからである。

 中国電力は09年度の着工をめざすが、祝島をはじめ反対派住民の粘り強い抵抗にあって、計画は大幅に遅れている。今春終了する予定だった「詳細調査」も、現時点ではまだ半分も終わっていない。 「原発のおかげで賢うなった」と島の人自身が言うように、四半世紀の闘いでひとまわり大きく強くなった祝島が予定地の対岸にあるかぎり、上関に原発は建たない―――そう思えてならない。(那須圭子)

 島のホームページ「上関原発反対運動 速報版」http://shimabito.net/

[レシピ]

03 Jul シリア風パスタのレシピ(訂正)
 たびたびすみません、千晶です。(前略)
 今日はシリア風パスタをアレンジして、赤レンズ豆のパスタソースを作りました。(作っている途中でレシピの間違いに気がつきました。)アレンジバージョンもなかなかおいしいので、紹介します。

 〈赤レンズ豆のパスタソース〉
 赤レンズ豆1カップオリーブオイル大さじ2玉ねぎ大1個(みじんぎり)にんにく2〜3片(みじんぎり)水2カップ半トマト(カットして)2カップ半トマトケチャップまたはトマトペースト大さじ2チリ(または砕いた唐辛子)小さじ4分の1オールスパイス小さじ1塩こしょう 適量バルサミコ酢またはレモン汁 適量
@厚手の鍋に分量のオリーブ油を熱し、中火で玉ねぎとにんにくを炒める。5分ほどしたら赤レンズ豆と分量の水を入れ5分くらい煮る。
Aトマト、トマトケチャップ、チリ、オールスパイス、塩こしょうを@に入れ、豆が形をとどめる程度にゆでる。バルサミコ酢を加えてできあがり。


15 Jul Re: 豆ランチパーティーの報告 -
 こんにちは、神戸の村上です。
 先日のパーティの時に持参した〈野菜の甘酢漬け〉をご紹介します。千晶さんがおいしいと言ってくれたので、すごく嬉しかったです。なんか、やる気が出ます!

【材料】大根、人参、セロリ、生姜、唐辛子、合わせ酢(酢、みりん、梅酢、少しの醤油)
【作り方】
1:野菜は拍子切り、生姜は千切り、唐辛子は輪切り
2:野菜を塩で軽くもみ、20分ぐらいおいて水出しし、ザルに上げてよく水気をきっておく
3:フライパンに生姜、唐辛子、油を入れ(↑材料を入れてから、火を点ける。ここがポイントです)弱火で香りが出るまで炒める
4:2の野菜を入れ、歯ごたえが残るように、サッと炒め合わせる
5:熱々のところを、あわせ酢に漬け込む
 以上です。時間がたつとなおおいしいです。セロリの葉をとっておいて、食べる前に、手で細かくして混ぜ込むときれいです。
(後略)

24 Jul 鮭とディル、青々した葉
 ふたたび千晶です。
 もうひとつ書こうと思っていたことを忘れていました。山上さんが今、海コースを準備してくれているので、わたしも魚料理をいつもよりは工夫しています。

 〈鮭の夏向き料理〉を一つ紹介します。日曜の田んぼの草とりの後、お弁当の時に皆に分けたらなかなか好評でした。
@さけ300グラムを食べやすい大きさに切る。ビニール袋にオリーブ油大さじ2弱、白ワインビネガー大さじ2弱、塩小さじ1、こしょうとディルをたっぷりめに入れ、そこにさけを入れてビニール袋の口を結び、全体をなじむようにもみます。1時間から1晩おく。
A玉ねぎ大1個を薄目のくし形に切って耐熱容器に並べ、その上に@をおき、220度くらいのオーブンで20分くらい焼く。


 もちろんこのままでもおいしいですが、今の時期、よく冷やしてもおいしい。お弁当の時は常温でしたが、それでもおいしかった。
 ちなみに、玉ねぎとさけからおいしい汁が出てきて、料理を全部食べてもスープが残ったのですが、これを翌日、パスタソースに使ったらいけました。オーブンで焼いたすぐ後にゆでたお豆を加えて和え、それから良く冷やしたら、おいしいマリネになるでしょう。手亡か何かで、今度やってみようと思います。(後略)

26 Jul 暑い日のためのデザート 
 山上です。(前略)
 一昨日は祇園祭の還幸祭。八坂神社に神様がお帰りになるのですが、3基の御神輿が家の前を通りました。毎年うちには沢山の親戚、知人が集まりますが、昨日は最高30人。そこでお出ししたのが梅酒ゼリーとカルピスゼリーです。美味しいといってもらえたのでレシピをのせます。*かたすぎない寒天ゼリーです。

〈梅酒ゼリー〉(ガラスコップに入れて約5個分)
【材料】梅酒の梅 5個、粉寒天 2g、水 450cc、梅酒 150cc、はちみつ 大さじ3、レモン汁 大さじ3
【作り方】
1.鍋に分量の水と粉寒天を入れ、よく混ぜながら沸騰させ約2分吹きこぼれないように煮溶かす。
2.1にはちみつを加え、溶ければ火からおろし、梅酒、レモン汁を加えてよく混ぜる。
3.器に梅の実をひとつづつ入れAを注ぐ。
4.冷やし固めて出来上がり。 今回はメロンのスライスとブルーベリーの実をちらしました。
*梅ジュースで作っても美味しい。

〈カルピスゼリー〉(小さいカップなどで約10個分)
【材料】棒寒天 1/2本(粉寒天がなかったので棒寒天でこちらは作りました)、水 800cc、カルピス 250cc、すいか 適量
【作り方】
1.棒寒天を水(分量外)につけて柔らかくし、水分を切って小さくちぎる。
2.鍋に分量の水と寒天を入れ、よく混ぜながら沸騰させ約2分吹きこぼれないように煮溶かす。
3.2にカルピスを加え、火から下ろす。
4.器にすいかをサイコロ状に切ったものを入れ、3を注ぎ、冷やし固めて出来上がり。


17 Aug 〈かぼちゃとゆずの豆スープ〉
 千晶です。
 平賀さん、やっぱりそちらは涼しい風が吹いているんですね。ついつい冷たいものを飲んでしまいがちですが、今日は温かい豆スープを飲みたいなあと思い、やっと料理にとりかかりました。ちょうど青いゆずを手に入れたので、それとイエロースプリットピーとかぼちゃでスープを作ったのですが、久しぶりにほっとするおいしさ。油ものつづきだった上海の後では、こういうスープこそ飲みたかったのだと思われます。この数日、ずっとお腹をこわしていてほとんど食べられなかったのだけれど、このスープは大丈夫だ。

【材料】 イエロースプリットピー 2カップ、水 8カップ、ローリエ 1枚、オリーブ油 適量、にんにく 2片、玉ねぎ 1個、かぼちゃ 1/4個、ゆず酢 適量、ゆずの皮 適量、塩 小さじ1〜2、白こしょう  適量
【作り方】
@豆と水とローリエをやわらかくなるまでゆでる。
Aニンニクのみじん切りをオリーブゆで炒め、いい香りがしたら玉ねぎのみじん切りを入れやわらかくなるまで炒める。
B@とAを一緒にし、スライスしたかぼちゃも入れ、ことこと煮る。塩とこしょうで味を付けた後、好きなだけゆず酢(ゆずの絞り汁)を入れ、最後にゆずの皮のみじん切りを入れる。


19 Aug 〈万願寺唐辛子のオイル漬け〉
 千晶です。
 残暑お見舞もうしあげます。みなさん、おかわりありませんか。暑い日が続いてたいへんですね。
 この夏は、すいかが一番おいしく感じられます。(お腹をこわしているときに冷たいジュースは飲めなかったのですが、すいかは不思議と大丈夫でした。)
 その次においしく思うのは、万願寺唐辛子。これを蒸し焼きして塩をふってそのまま食べ、残ったのをビンに入れオリーブ油を注ぎオイル漬けにします。これは格別です。伏見唐辛子でもししとうでもいけます。パンにもごはんにも合います。
 水なすもおいしいですね。これは無々々がぬか漬けにしてくれます。今年はぬか床の調子がよく、おいしいお漬け物が食べられます。(後略)

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