100年計画  

2007年5月

[Topics]

01 Apr 〈浜岡原発と東海地震
 静岡の藤田です。「浜岡原発止めよう署名」への協力呼びかけ、ありがとうございます。4月26日(チェルノブイリ事故の日)に提出しますが、そのあとも、浜岡原発が止まるまで続けますので、引き続きよろしくお願いします。(現在までの累計で88万筆近く集まっています)

 なお、この署名は原発の是非を問うものではありません。原発は必要だけど地震で事故が起こるのは防ぎたいから署名する、という方も書いて下さっています。

 私自身のスタンスとしては、地震が不安だから原発に反対、というのではなく、地震が起ころうと起こるまいと、原発は従事する労働者と環境の犠牲の上に成り立つので、やってはいけないものだと思います。でも、浜岡原発は予想される東海地震の震源域の中にあり、「世界で一番危険な原発」であることは事実なので、まずこれを止めることに力を入れています。今静岡県では、この全国署名の他に、電力会社を訴えた裁判も行われています。

 ところで、去年国の「原子力安全委員会」という機関が、原発の「耐震設計指針」を25年ぶりに改訂しました。今までより設計基準がきびしくなってはいるのですがいろいろ問題の多い内容で、改訂にあたり、私他たくさんの人が「パブリックコメント」(国の政策に対する国民の意見)を書いたのに、殆んど無視されました。(委員の一人で、東海地震を最初に予想した神戸大の石橋教授は、こんな委員会では国民に責任が持てないと、委員を抗議辞任しました)

 その新しい指針の中で一番注目すべき点は「残余のリスク」という概念です。これは今までにはなかったもので、簡単に言うと「どんなに耐震補強をしても、想定を上回る地震による事故が起こるリスクは残る」というもの。つまり100%安全とは言えませんと国自らが認めたもので、今までの政策の180度転換です。(これを最初に読んだとき、「あーっ!何かあれば想定外で責任逃れする準備だな」と思いましたね。今までさんざん「安全です」「地震による事故は起こりません」って聞かされてきたのに・・・)

 原子力安全委員会が新指針を検討している同じ頃、私の住む掛川市で、市長発案による「原子力と暮らし・市民懇談会」なるものが4月から毎月もたれていました。市長がこれを提案したきっかけは、その前年電力会社主催プルサーマル説明会で、市民から批判や疑問の声が非常に多く出たことからです(反対派のガス抜きという声もありますが)。

 市長の言うには、反対、賛成両方の立場の専門家を招いて討論してもらう、とのことだったのですが、第1回目「プルサーマル」のとき、反対の学者1人に対し、賛成が4人(学者1人、経産省の役人1人、電力会社2人)!これじゃあまりにも不公平だと批判が続出し、2回目「地震と原発」には、浜岡原発の耐震性に疑問を持つ専門家2名を、私の仲間が議員を通して推薦しました。

 ところが、今度は「浜岡原発は地震がきても大丈夫」という専門家が誰も出ないのです。市役所の担当の話では、原子力保安院が推薦した学者が皆断ってきたそうな。(そりゃそうですよね。東海地震が来ても大丈夫だと自信を持って言える人がいたらお目にかかりたい)

 結局、富士市の私立大の教授(元県の防災担当)1人が出席しました。しかし、懇談会の冒頭、彼は地震が専門なので原発に関する質問はいっさい受けない、という条件付だと市長が説明。え〜?何よそれ〜!

 呆れたので、この先生に「県が出している東海地震の被害想定に原発の事故は入っていますか?」と質問したら、「入っていません」との答え。「では、県は浜岡原発が地震による事故を起こさないとみているのですか」「事業所なので被害想定に入れていません」「???」・・・・このやりとりはテレビでも流れました。

 実は、「原発と震災」というテーマで自治体が討論会をもつこと自体初めてで、その意味では画期的な会だったのです。ちなみに、国の役人もこの回だけ欠席でした。おかげで、浜岡原発の耐震性に太鼓判を押せる専門家が誰もいないことが、(少なくとも参加者には)あきらかになりました。気の毒なのは、一人責任を被せられた電力会社でした。

 今浜岡原発周辺市では、国のプルサーマル計画が押し付けられようとしています(プルサーマルとは、使用済みウラン燃料からプルトニウムを取り出して燃料に使う、つまりウランのリサイクルだ、と国は説明していますが、これはデタラメです)。今年に入ってからも、宣伝会としか言いようのない講演会やら展示会が各地でもたれており、私が書いた「残余のリスク」のことなど国が説明しないので、殆んどの住民は知りません。

 それで、マンガ入りのわかりやすいチラシを作り、ことあるごとに配ったり、講演会等に出かけていっては、プルサーマルより「浜岡原発の耐震性について公開討論会をする」「原発の事故を考慮しない今の地震対策を見直す」ことの方が先だと発言しています。今週末も、地元ミニコミ紙に私の文章が載る予定。

 こうした活動の成果が出てきたのか、最近は(国主催の会で)「こんな話が聞きたいんじゃなくて、東海地震が起きたとき浜岡原発は大丈夫なのかどうか知りたい」という質問が、まったく私の知らない人から出たりして、少しずつ風向きが変わりつつあるのを感じます。個々に不安は感じていても、なかなかたくさんの人の集まる場所で発言する人はあまりいなかったのに。

 浜岡原発と地震をめぐる状況は、ざっとこんな感じです。国、専門家、自治体、電力会社と、よくよく検討すれば、何かあったとき誰も責任を取らない、それでいて事態だけが進んでいく――考えてみれば恐ろしいことですよね。

02 Apr 〈君が代不起立〉 その(1)
 こんにちは、吉田康子です。(前略)春といえば卒業・入学シーズンですが、今年、教育基本法が変わっての初めての卒業・入学式はどうだったのでしょうか。何か学校では変化が起きているのでしょうか。

 というのも、昨日、東京・飯田橋で、『君が代不起立』というドキュメンタリー映画を観て、いろいろと考えるところがあったからなのです。(映画については下記をご覧下さい。製作したビデオプレスのページ)http://vpress.la.coocan.jp/kimi.html(君が代不起立を貫く根津公子さんのページ)http://www.din.or.jp/~okidentt/nezusan.htm

 この映画は、卒業・入学式などの学校での日の丸掲揚、君が代斉唱に反対し、君が代斉唱時に起立を拒否している教員の姿をおったドキュメンタリーです。東京都では、石原慎太郎知事の指導のもと、学校現場で「日の丸・君が代」が強制されています。卒業・入学式で君が代斉唱の際に起立しなかった教員には、停職、減給などのきびしい処分がなされています。これまでに300人以上の教員が処分を受けました。

 6年連続で不起立を貫いている根津公子さんは、たった40秒、卒業式のあいだ座っていたというだけで、今年は6ヶ月の減給処分を受けました。しかも毎年のように自宅から2時間もかかるような遠隔地に転任させられ、実質的に子供たちに授業をさせてもらえていません。たった40秒座っていただけで、6ヶ月の減給とはあまりにもひどい。

 国家の弾圧にどのように抵抗するのか、自分ならどうするか、と考えるところの多い映画ですが、私が一番強く思うのは、この国は「自分の頭で考えること」を好まない国なのね、ということです。そこが一番私は恐ろしく感じました。この国では事実や歴史を知ってはいけないみたいなんです。この国のゆくえは、政府が考えるのであって、民は粛々とそれに従え、ってことのようです。

 根津さんは、停職期間中も学校の校門前に出向きます。登下校時には生徒たちと話すこともあります。生徒が尋ねてくれば、どうして停職となったのか、日の丸・君が代の歴史はどういうものか、どうして君が代を歌いたくないのか、根津さんは自分の考えを生徒たちに述べて、「先生の考えを聞いてそれを鵜呑みにすることはない。自分でよく考えてみて」と問いかけます。

 停職期間中、校門の前に立つ根津さんのもとには、かつての教え子や、保護者らが応援にかけつけてくれる一方で、警察に電話して根津さんを校門前からどかそうとする母親たちもいます。私は映画を観ながら、「おいおい、頼まれもしないのにSSになってどうする」と、げんなりしました。(中略)
 是非とも、このビデオプレス製作の映画『君が代不起立』を全国で自主上映の輪を広げてください。そして、どうするのか、語り合うことができれば思います。では。

10 Apr 〈東京都の「日の丸・君が代」強制の現状〉
 こんばんは。吉田康子です。(前略)
 「今年、教育基本法が変わっての初めての卒業・入学式はどうだったのでしょうか。何か学校では変化が起きているのでしょうか。」

 私の問いかけに答えてくださった中村さん、千晶さん、山下さん、ありがとうございました。みなさんからの報告によりますと、東京都の強制ぶりが突出しているのがわかります。参考までに東京都のことを説明します。なぜなら、石原慎太郎氏が三選を決した今となっては、いみじくも、さきに石原氏が述べたように、じきに全国に輸出されていくだろうからです。(「5年先、10年先になったら、首をすくめて見ている他県はみんな東京の真似をすることになるだろう。それが東京から国を変えていくことになるのだと思う」――2004年教育施策連絡会での発言)

 東京都の公立学校で「日の丸・君が代」強制がなされるようになったのは、2003年10月23日に、東京都教育委員会から出された「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」、いわゆる「10.23通達」が発端です。この一枚の通達以後、東京都の小・中・高校で自由が圧殺されたのです。

 「10.23通達」は、以下の3項目からなる、教育委員会から各都立学校校長にあてた職務命令です。(1)学校指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること。(2)入学式、卒業式等の実施に当たっては、別紙(下記)「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国家斉唱に関する実施指針」のとおり行なうものとすること。(3)国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること。

 「別紙の実施指針」は以下のとおり
1.国旗の掲揚について 入学式、卒業式等における国旗の取り扱いは、次のとおりとする。
(1)国旗は式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。
(2)国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合、国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚する。
(3)屋外における国旗の掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が児童、生徒、保護者、その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。
(4)国旗を掲揚する時間は、式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。

2.国歌の斉唱について 入学式、卒業式等における国歌の取り扱いは、次のとおりとする。
(1)式次第には、「国歌斉唱」と記載する。
(2)国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、「国歌斉唱」と発声し、起立を促す。
(3)式典会場において、教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する。
(4)国歌斉唱は、ピアノ伴奏により行なう。

3.会場設営等について 入学式、卒業式等における会場設営等は、次のとおりとする。
(1)卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書を授与する。
(2)卒業式をその他の会場で行なう場合には、会場の正面に演台を置き、卒業証書を授与する。
(3)入学式、卒業式等における式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。
(4)入学式、卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行なわれる式典にふさわしいものとする。

 長くなりましたが、この通達どおりにすればどうなるかと言えば、それはどの学校だろうと「式典風景」は全く同一になるのです。体育館の壇上正面に右が日の丸、左が都旗と二つ並び、これらに対面し見上げる形で生徒が並ぶ。

 「10.23」通達以前には見られた、フロアー形式、対面式卒業式、壇上の飾り付け、生徒が選んだ歌の合唱、「式前の内心の自由についての説明」(注)などは一切姿を消して、「厳粛かつ清新な雰囲気」が形式とともに押し付けられたのです。

 2001年の入学式で、「内心の自由」についてなんらかの説明をした高校は210校のうち160校もありましたが、もちろんこの説明も「10.23通達」以降は、不適切とされました。

 そして、「君が代」斉唱に反対して着席した教職員は、職務命令違反となります。まず、式の最中、着席すると、教頭が「立ってください」と当人のそばに寄って3回以上起立を促します。式終了後、校長室で校長による事情聴取、次に東教委での事情聴取、処分の言い渡し、そして懲戒処分を受ければ、全員「服務事故再発防止研修」なるものを受講する義務を課せられるのです。

 起立・斉唱・伴奏を拒んだ場合の処分の内容は、不起立1回で戒告、2回目は10%の減給1ヶ月、3回目で同6ヶ月、4回目で停職1ヶ月、5回目で停職3ヶ月、6回目で停職6ヶ月、となっています。根津さんが最多の6回の被処分者ですので、この先拒否し続けると、次は免職しかないだろうと言われています。

 東京都で行なわれていることは、「厳粛かつ清新な雰囲気」のもとで式典を遂行したい、と願う校長たち自身の“意志”によるものではないのです。都政をつかさどる都知事と都の教育委員会の指示・命令を、上意下達で受け入れているわけで、これは権力への屈服、あるいは服従、迎合ではないでしょうか。心の自由を表現したら罰せられるというこのような状況は、単純に恐いです。そして、根津さんのような心の自由を大切にしたいと思っている教員が、なぜ孤立し見捨てられてゆくのでしょうか。

 長くなりましたので、今日はこれでやめます。続きはまた書きます。

 (注)「内心の自由」の説明として、たとえば以下のような説明が式開始前になされていました。「本日の卒業式、まことにおめでとうございます。さて本校では従来から東京都教育委員会教育長の通達により、儀式的行事においては、国旗を掲揚し、国歌を斉唱することになっております。生徒と保護者のみなさまにおいては、式の進行上、国歌斉唱については次のことにご留意ください。
@卒業式では、歌うこと、歌わないことの自由が保障されています。どちらにするかは、おひとりおひとりが判断してお決めください。
A卒業式では、着席や退席の自由が保障されています。どちらにするかは、おひとりおひとりが判断してお決めください。
 卒業式が、主役の卒業生にとって、厳粛の上にも感動的で心温まるものとなりますよう、式の運営にご協力をよろしくお願いします。」

26 Apr 〈サラダに車麩〉
 千晶です。
 料理上手の人が山ほどいるこのメーリングリストに、料理のうまくいった例を書くのはかなり厚かましい気がしますが、そう思いつつ今晩のヒットを書きます。(みなさんのもよかったら、お聞かせ下さい。)

 おいしい車麩のいただきものがある場合、はるかさんならばカツにするところでしょうが、わたしは揚げ物料理をつくるのが苦手なので、もっぱらスープとみそ汁に使っていました。先日、中華風の春雨サラダにつかったら、味がしみておいしかった。水もどしした車麩を細かく切って、よく絞ってから味がついている中華風サラダに混ぜたのでした。

 今夜のサラダは、ひかり農園のスナップえんどうを茹でたのをメインに、しろ菜をさっと湯がいたのを加え、そこに刻んだ塩漬けケッパーとオリーブ油とバルサミコ少々を加えてよく和え、さらに小さく切った豆腐を入れて豆腐サラダにしようと思いながらあえてるうちに、「この豆腐は柔らかいから豆腐マヨネーズにするほうがいいかも」と予定を変更し、そうこうするうちに白和えみたいな感じで豆腐はすっかり形をなくしました。そこに、ポキート農園のマスタード風味のおいしいマヨネーズがあったので、それを少し加えて塩こしょうし、味は絶妙ないいあんばいになったのですが、水切りしない豆腐をいきなりドレッシングに混ぜこんでしまったので、サラダというにはかなり水っぽくなってしまった。そこで水もどしして小さく切ってよーくしぼった車麩を入れたわけです。書いてるとなんとなくおいしくなさそうですが、これがおいしかった。見た目も、春らしい白とグリーンに車麩が見え隠れし、なかなかいいかんじ。車麩好きのはるかさんが最後まで、サラダの中の車麩をねらって小皿に取り分けているのをわたしは見逃しませんでした。

 みなさん、中華風であれ、豆腐マヨネーズ風であれ、サラダがちょっと水っぽくなってしまったなあと思ったときに、車麩を使ってみて下さい。失敗かなあと思ったサラダが救われて、いきなりおいしい一皿になります。(そういえば、今までは似たシチュエーションで、同じく乾物の切り干し大根をつかっておりました。切り干し大根の方は、水分を吸わせるというよりも、和えものの味が濃くなりすぎたときに全体の味を薄めるのに力を発揮してきた感じです。)(後略)

[レシピ]

16 Apr 吉田健二さんから ぜんざいの残りで
 会員の吉田健二さんからメーリングリスト用にメールが届きましたので、ご紹介します。以前、体を整える会に持ってきて下さったケーキがおいしかったので、参加者がレシピを教えてほしいとお願いしていて、書いて下さいました。(千晶)
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 先日の話に出ていたパウンドケーキのレシピです。
 先ず最初に基本のレシピです。これを基に色々発展するのだと思います。基本のレシピはパウンドケーキの型を購入した時に記載されていたもので、以下のものです。

[材料](1個分)
 無塩バター200g、薄力粉230g、砂糖200g、ベーキングパウダー小さじ2卵4個ドライフルーツ100g、程度
 ※バターは室温に戻しておく。
 ※薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるっておく。
 ※ドライフルーツは、べつに薄力粉をまぶしておくと、底に沈みにくくなり、綺麗に混ざります。
 ※卵の大きさや撹拌の仕方で記事の量は異なります。
[手順]
1。ボールにバターを入れ、泡立て器でクリーム状になるまで混ぜ、砂糖を加えて白っぽくなるまでよくすり混ぜる。
2。とき卵を少しずつ加え、よく撹拌する。
3。薄力粉とベーキングパウダーを入れ、なめらかになるまで混ぜ、ドライフルーツを入れ、ざっと混ぜ合わせます。
4。型に入れ、160〜170度に予熱したオープンで45分ほど焼く。

 次に、小豆&干し柿入りケーキのレシピです。こちらは2個分の材料なので、気をつけてください。
[材料](2個分)
 小麦粉 400g(この内100〜200g、ほどが全粒粉やそば粉を使用しましたが、味に関係はないです)、黒砂糖 100g(後述する小豆ペーストが甘かったので、適当に少なくしました)、バター 50g、マーガリン 100g(マーガリンだけだと焼き上がった時にコーンの香りが前面に出ます。バターだけにしないのは単にケーキ1本当たりの単価とカロリーを抑えるためで、気にしない方はバターのみで良いと思います。マーガリンはいまいち組成がわかりませんしね)、小豆ペースト 350g(※)、卵 6〜7個(最初のものは7個使用していました。1個減ったくらいでは、味に変化はないようです)、重曹 小さじ4.0〜4.5程(ベーキングパウダーの代わりです。生地の単位体積当たりの重量が重くなったので、膨らむか否か不安になったため、気持ち増量してみました)

[手順]
 手順は基本のレシピに倣うものとしますが、僕の材料でつくると「バターに砂糖を混ぜたもの」と「とき卵」を混ぜ合わせる時に分離してしまい、上手く混ざりません(砂糖が少ないからではないかと考えています)。ハンドミキサーがあれば上手く撹拌できるのかも分かりませんが、僕はソイツを所有していないので、ミキサーの中に入れてかき混ぜてやりました。オーブンは150〜160度で60分程焼きます。これは僕が中まで火が通っているか不安なため、気持ち低めの温度で長時間焼こうと考えているからです。

 (※)(小豆ペースト)最後に小豆ペーストの説明ですが、これは「善哉を作った残りのもの」に「干し柿を梅酒でもどした後にミキサーにかけたもの」を足したものです。本来は寒天で固めてキンツバみたいなものを作るつもりでいたのですが、寒天で固める作業が億劫に思えてきたため、パウンドケーキに使用しました。レシピという程のものは無いです。

 干し柿は市販のものではなく、実家で柿を割いて半乾きにしたものを使用しましたが、結局梅酒につけてしまうと梅酒の味が前面にでてしまうため、市販のもので代用可能だと思いますし、干し柿である必要さえないと思います。

 普段パウンドケーキを作る際には、ドライフルーツを梅酒でもどしたものを使用しています。小豆は普段入れて無いです。ドライフルーツの分量の増減で小麦粉や砂糖等の分量も変化します。

 長文になりましたが、以上がパウンドケーキのレシピです。参考になると良いのですが…

26 Apr サラダに車麩、大味の豆には
 千晶です。(前略)〈中華風春雨サラダ〉は『自然派クッキングノート』のレシピをアレンジして我が家に定着したものです。春雨、わかめ、にんじんの千切り、しょうがの千切り、ごま油大さじ1、酢大さじ1.5、しょうゆ大さじ1.5、砂糖少々、ひねりごま。

27 Apr Re:サラダに車麩、大味の豆には
 清水です。決算事務に追われてごぶさたしておりました。(毎晩帰宅すると子どもは布団の中・・・)

 厚かましいかもしれませんが大好きな車麩の話題でしたのでしゃしゃり出てきました。ぐりん・ぴいすがレストランをしているころカツもよく作りましたが、衣をつけるのは面倒ってときもありますよね?カツと並んで人気なのは車麩のピカタ

 もどして下味(私はだしやめんつゆなど使いますが、洋風でもよいし、しょうがなどをちょっと効かせてもよい)をつけた車麩を食べよい大きさに切り、卵液をからめてフライパンで両面焼くだけです。
 子どもにはちょっとケチャップを乗せてあげると喜ぶかも。お醤油で食べるもよし。


 また、コロッケやハンバーグの具を混ぜていてちょっとゆるいな〜って時には戻さない車麩や高野豆腐を乾燥した状態のまますりおろして入れちゃいます。(ちょっと隠し技?) お試しください。

28 Apr 
卵のメニュー
 ヒサコです。(前略) 卵のメニューで、我家で一時流行っていたのが煮卵です!以外と簡単に美味しく作れるので是非作ってみて下さい。

*卵4個を水を入れた鍋に入れ、9〜10分ゆでる。(固さはお好みで。やはり半熟が美味しいです)
*だし3/4合・醤油1/4合・みりん1/4合を火にかけ、沸騰したら熱いうちに殻をむいた卵を入れる。これでできあがりです。少しおいて、味がしゅんだ頃が美味しい!これはどこかにのっていたレシピなのですが、私はここに八角と酢を入れます。そしてだしを取るのは大変なので水でしますが特に問題はありません。

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