100年計画  

2006年2月

[Topics]

30 Dec 2005 耳より情報
 細井です。 財団法人日本豆類基金協会というところが、『豆類百科』というカラーで立派な本を発行しています。目次は、なぜ今豆なのか・豆類の栄養と健康・豆の生産から消費まで・いろいろな豆・世界の豆と豆料理・豆を通じての新世代への提言、です。
 これが、何と無料です。豆料理クラブ会員必須本?でしょうか。
 送料代を払えば送ってもらえます。1冊420グラム、 冊子小包の扱いで500グラムまでは290円、1キロまでは340円、2キロまでは450円です。欲しい冊数分の切手代を送るか、宅配で着払いができるみたいです。宅配は700円ぐらいはかかるみたいです。私は4冊貰おうと思って切手代を送りました。年明けに届くと思います。
 郵送先 100−0004千代田区大手町1−8−3 財団法人日本豆類基金協会 電話:03-3270-2809

11 Jan 2006 豆ランチパーティーの後で(広場)
 千晶です。(前略)豆ランチパーティーの時に無々々が引用しようとした野口晴哉の言葉は以下の通りです。『偶感集』(全生社)より引用
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 人間の生きているのは苦しむためだ。その苦しむことが楽しくなる迄、生きていることが養生というのだ。犬も猫も、苦しければ逃げる。人間は自分の心身が苦しいことだけが苦しいのではない。他人の苦しみにも苦しむ、世界の一切の動きにも苦しむ。人間の向上とは苦しむことを拡げることだ。動物の苦しみから人間の苦しみへの展開こそ、人間の向上だ。その苦しみに徹し、苦しむことが楽しくなるまで、苦しむことだ。苦しむことを拡大し、一切の苦しさに苦しむことが進歩というものだ。(中略)

 能力がなかったら伸ばせばよい。腕の力でも、脚の力でも、使ってゆけば強くなる。人間の一切の力を伸ばすことは難しいことではない。苦しいことをどしどし拡げて、苦しいことが楽しくなるまで苦しめば、それで良いのだ。苦しんでいることが楽しくなり、苦しんでいることが面白くなったら、それで能力が拡がったのだ。

 依りかかることをやめて、自分で立つ。立てないで転んだら、又立つ。又転んだら又立つ。立つ意志がある限り、人は強くなり、その意志がある限り、転ぶ毎に人は伸び、能力は増える。転ぶことを厭いて、立たない人はどんどん弱くなる。自分の足で歩かない人は歩けなくなる、立てなくなる。立てなければ、転ぶこともできない。

 それなのに、転ばないことを慎重のつもりでいる人もある。慎重と用心は、人が先のことがわかるつもりでいることから始まる。これは知恵のある行為だ。しかし、その知恵のため、決断と実行を失って、人は眠ってしまっている。しかも、眠ってる間に、気が抜けてしまう。

 失敗したらやり直すだけだ。失敗をいくら繰り返しても、失敗を活かそうとしている限り、失敗ではない。そして、そういう人には失敗はない。それ故、安心は、何も彼も全く知らないでポカンとしてる時と、何も彼も知りつくして、その時そのように処する能力を持っている時にだけあって、慎重と用心からは産まれない。

 何も彼も知りつくすということは、何も彼も判らないことが、本当に判ったことをいうのだ。何も彼も判るつもりのうちは、判るということは無い。知り得ない人間が、知り得ない世の中を、知り得ないまま歩んでいる。手探りしている人は、知り得ないことを知っていない人だ。知り得ないことを知った人は、大股で歩んでいる。闇の中で光を求めているのは、知り得ないことを頭で判った人だ。知り得ないことを本当に納得した人は、光を求めない。又頼らない。その足の赴くままに、大股で闊歩している。彼はその裡なる心で歩いているのだ。(後略)

12 Jan 〈外出時の布オムツ〉について教えてください。
 豆料理クラブのみなさま、はたなかあやのです。(前略)ところで我が家は春に2人目の子供が生まれます。1人目のときは家では布オムツ、外出時は紙オムツと使い分けていたのですが、今度は外出時もできるだけ布オムツで過ごしたいなと考えています。でも荷物がいろいろ大変そうだと思うのですが、外出時も布オムツで過ごされた先輩方はどんな風に工夫されていたのか、教えていただけないでしょうか?上の子は今まさにトイレトレーニング中で普通のパンツをはかせています(厚手のトレーニングパンツだとおしっこが出ていても全然教えてくれないので)。家では成功することが多くなってきたのに外では全然言ってくれません。この寒いときに服が濡れてしまうのもかわいそうだし、荷物もかさばるので紙のパンツでいることが多いですが、それが逆効果になっていたりするのかなと思っています。できるだけ紙パンツは使いたくないのですが、いい方法があれば教えてください。
 千晶さんに豆料理クラブの方の中には布パンツだけで育てられた方もいらっしゃると教えていただいたので、思い切って聞いてみることにしました。

16 Jan 2006 Re: 布オムツについて教えてください。
  はたなかあやのさん、はじめまして。花巻(岩手)の新田と申します。
  布おむつのことを見たときに何かアドバイスがあったらと思ったのですが、自分の育児がかなり昔ではるかに忘れてしまっていることと、他にどなたかいい返事があったらと思っていて、遅くなりました。
  私は18年前の1人目の出産で里帰りした時に、母から「ハイ、おむつ150枚産むまでに縫って」と、さらしの反物を渡されました。紙おむつが楽と思っていた私でしたが、結局お金がない生活だったので、布おむつを洗っては使い、150枚を4人目(今9才)まで、ちょうど10年くらいで使いきり、本当に経済的には助かりました。
  洗い立てのおむつが赤ちゃんにも気持ちいいことが、自分が10年前に布ナプキンを使ったときに感じた肌触り、気持ち良さで実感しました。出かけるときは、工夫も何もなく、ただ山のように持っていき、汚れ物も持って帰ります。トレーニングパンツもお下がりだったり、リサイクルで買って、枚数そろえて、ぬれたら代えるというだけでした。新しいもの、質のいいものはぬらしても服にまでひびかないので、徐々にきりかえていって。
  何の工夫もなくて、本当に答えにはならないうえに、うちは4人とも、なぜか、けっこう裸になって遊び回っていたので、いつのまにか、おむつもとれていました。お店を町なかで始めてからも女の子も2才くらいまで裸で、商品のスリッパやくつしたをはいて遊ぼうとしたり。お客さんが、「ここに来ると、東南アジアみたいだ」って。大体、2〜3才で自然にとれるので、焦ることは全然ないと思います。
  あまりこだわらずに、気楽に自分がやりやすいようにやるのが、いいと思います。(後略)

19 Jan 2006 〈みんなの台所〉
 千晶です。純子さんが「自分の言葉でありのままの自分を語る場があることの喜びを 感じました。あの日にはじめて出会った方がほとんどなのに、何のてらいもなく話せるのって不思議ですね。」と書いてくれてました。ほんとう、あの日の純子さんの自己紹介の時の話は、とても心に響きました。
 藤田理絵さんが「私みたいに料理の下手な人間でもこんなにおいしいものが作れるなんて、う〜ん、嬉しい!」と手紙で書いてきて下さって、これにも共感。このとおりのことを思うのです、わたしも。

 話はいきなりとびますが、年末に身体のワークショップについてわたしが何かしらアドバイスできることを書こうとしたのは、ひとつはこういうことでした。身体を敏感にしていくと、最初、びっくりすることがおこります。病気を治せたり、勘が働いたり、予知ができたりすることも。そのときに、指導する人がそれを特別な能力であると印象づけたらへんだと思います。そういう能力は、実は動物として誰にでも潜在的にある平凡な能力である、それが前提で場が作られているときは、とてもさわやか。(いわゆる超能力的なことは、できたとしても「見せる」ものではないし、まして、自分だけにできる特別なことと考えるのは事実に反する。それから、超能力的な「勘」がひきおこす特殊な芸を追い求めるのも、妙。平凡な料理やそうじやコミュニケーションの背景に、実は勘が働いていて、その勘を平凡な日常の仕事によりよく生かすことを求めるのが、本当だと思う。)

 話は戻りますが、わたしも料理が下手だと思っていたし、料理はどちらかというと面倒な仕事だと感じていたのに、いまはずいぶんと楽しみになった。それは藤田さんが感じたみたいに、野菜と豆でわたしにはこんなおいしいものを作る能力があったんだと開眼したからなんです。
 そして、わたしは、居心地のいい空間を作るのが下手だと思っているのですが、きっと、その能力も、わたしの中にあるにちがない、とにわかに思えてきました。その鍵は「みんなの台所」という感じかもしれない。

 先日来、旅人が滞在する間に一緒に料理したのが楽しくて、今日はアルバイトのなつきさんと一緒に料理しました。なんて楽しいんだろう!思えば、10月以降、アルバイトの人の昼ご飯を作るようになり、これは楽しみでありながら、しかしどことなく責任感を感じてくたびれていたようです。大した料理でなくとも、12時半になったら料理ができていなくてはならないということで、お客さんが12時前に来られることだってあるし、はらはらすることが多々ありました。今日はやっぱり12時前にお客さんが来られたので、「後はお願い」となつきさんに頼んだのです。そして、お客さんが帰られた後も一緒に作りました。やっぱり一緒に料理するって楽しい。

 食事のあと、鈴木さんの農園から届いた野菜を、「今度、一緒に料理しよう」といいながら二人で話しました。みずみずしいお野菜を前に料理談義をする楽しさ。
 なんで、こんな簡単なこと、もっと早く思いつかなかったんだろう。これから、うちの台所はみんなの台所ということにしようと思います。うちを訪ねる人はこれからも増えていくと思う。特に遠方の会員が来て下さるとふだんメールや手紙だけのやりとりだけに、とっても嬉しい。ぜひ一緒にご飯をと思う。こどもたちも始終「一緒に御飯を食べよう」と誘います。これが緊急事態にならないで、みんながきがねなく楽しめるためには、台所をみなさんに使っていただけばいい、、、みたいです。
 調味料に「みそ」「塩」とラベルを貼っていこう。

23 Jan 2006 〈子育てから学んだこと〉(1)
 千晶です。八木さんからのメールについて考えていました。そして、最初に思ったよりも、書くべきことはシンプルだと思いました。それでも、長くなりそうですが。

 今日は、なはの10歳の誕生日でした。数日前からなんとなく準備して、今日は朝からケーキを焼いたり、そうじをしたり花を飾ったりしました。夕食には、つくったことのないロールキャベツをつくりました。10個のみつろうキャンドルを灯して祝いました。こんな理想的なお誕生日は、この10年ではじめてで、なははとても喜んでいました。

 洋服屋をやっていたときはバーゲン真っ最中だし、展示会と重なってビジネスホテルのベッドの上でコンビニのおそうざいを並べて祝うということも何度かありました。洋服屋をやめてからも光太郎が小さかったり経済的に不安定でばたばたしていて。去年は豆ランチパーティーがありました。豆ランチパーティーの後、にぎやかにみんなに祝ってもらってとても幸せそうだったけれど、母親のわたしは何にもしてやれなかった。

 そういうわけで、今日は台所仕事に力を入れていました。「こんなのはじめてだなあ、嬉しいなあ」と思いながら。そして、八木さんのことを考えていました。
 まず、身体を解放するということについてですが、何から解放するかというと、観念から解放するのです。「〜すべき」というような観念から体を解放し、身体の声に耳をすますのです。これは、大人にとってはなかなか難しいのです。大人は体をちっとも信用していないのです。

 でも、こどもは体そのものです。だから、子育てにまさる身体のワークショップはないと思います。こどもの体の声に耳をすまし要求にこたえてやるということ、これが課題で、毎日、この課題と向き合うはめになるので、親は本当にきたえられます。こどもの身体の声を聞いていると、自分の身体の声も聞こえてくるようになります。(あるいは、自分の身体の声を聞くことで、こどもの身体の声もわかる。)それから、こどもが一瞬でも、心底、要求を満たされたとき、親は元気になります。

 野口裕之がいうには、一代では、子育ては理想的にはいかなくて、何代もかかるそうです。「身体の声に耳をすます」という方針を立てても、わたしのように鈍っている親だと、そうそう子育てはうまくいかないのです。でも、野口裕之が言うには、いつも「子どもは親よりはまし」なんだそうです。私もそう思う。親が感覚が鈍っていても、子は親よりはちゃんとした感覚を持っている。これは希望です。

 それからこういう側面もあります。たとえば、わたしの親はわたしのアレルギーに対して、今から思うと最悪といっていい対応をしてきた。ステロイド薬の使い方も昔だったから乱暴でした。24で整体に出会うまでは、そうやってステロイドに依存して暮らして自分の体をすごく鈍らせていました。それでも、どうにかこのとおり生きて働いて子育てもしています。私でさえ、このくらいにはやってこれたんだから、うちのこどもたちも、がさつでとんちんかんに育てられたとしても、私よりはましになんとか生きていくであろうと思うのです。(後略)

24 Jan 2006 子育てから学んだこと(2)
 おはようございます、千晶です。八木さんは割合近所にお住まいだし、急いで書いておきますと、「千晶さんのように子育てしていけば身体の声に耳が傾けられるんだ」というような誤解をされることのないようにお願いします。何度か会っていただければわかるのですが、わたしは、鋭く感覚に忠実、というタイプではまるでなくて、まあ、言いたくないけれど、鈍い方です。

 山口の整体の稽古場では、4人で主に稽古してました。一人は指導者の江川さんで、こども要求をつかむのがとても上手な方です。いろんな場面で学ぶことが多々ありました。(最近、佐野さんやマイネキさんと子育てについて話していて、江川さんがうちの子どもたちにして下さっていたこと、教えて下さったことを思い出して、すこし話したりしました。)それからKさん、無々々。Kさんと無々々は私より遅れて稽古を始めたにもかかわらず、感覚的だからか、すっとできてしまう稽古が多かった。わたしは、4人の中のいってみれば劣等生でした。でも、観念にごまかされずに、すっと体の動きにのれたときは、長年稽古を積まれてきた江川さんともKさんとも無々々とも同等で、自分の体はたいしたもんだと思いました。それは、皆さんの体にもいえることです。はじめてきた人でも、感覚的にすっとできてしまう稽古はいくらでもあって、かえって、稽古を続けている方がわからなくなることもありました。

 なかなか、観念から自由になって体を信頼するというのは難しいです。しかも体の要求は強い。こどもはあの手この手で要求を表現してきますよね。時には病気になったりもし、それがメッセージだったりして。私も観念にごまかされてしまう頼りない親のひとりです。だから、一緒に支え合ってやっていきましょう、というかんじでこのメールを書いております。親が頼りなくても、広場に支えられていれば、こどもは安心を得て育っていくもんだと思うし、大人が観念から自由になるためにも、広場に行って他者と出会うのがよいヒントになる。それから他者に感応することで、感覚がひろがる。(後略)

25 Jan 子育てから学んだこと(3)
 千晶です。佐野さんのおねしょの話、いいですね。玉緒ちゃん、いいなあ。いいぞ、いいぞって思います。
 八木さんの話もいいですね。額の汗をぬぐったお母さんの手をふり払った話。
 これは当然なんだとわたしなんかは思う。個人差があって一概には言えないのでしょうが、出産の時は、わたしは絶対に一人になりたかった。

 それで、無々々が出張に行っている間に出産したいと思っていたら、ほんとうにその通りになりました。これから助産院に行くね、って電話したら無々々が急いで広島から山口まで新幹線で帰ってきてくれたのだけれど、既になはは生まれていました。助産所に行くとき、ごく親しい友人が助産院まで付き添ってくれて、何か手伝うことはない?と聞いてくれたのに対しても、わたしは「一人にしてほしい」と言ったのです。助産院にいてもらうのさえ嫌で、家に帰ってもらった。

 二人目の時も、無々々となはが眠るやいなや陣痛が始まって一人になって向き合っていました。ぎりぎりになって助産婦さんに来てもらった。助産婦さんにもいてほしくなかったくらいでした。一人になりたかった。
 話はそれますが、整体の考えでは出産後、起きあがるべきときが決まっていて、教科書的には二つ体温計を用意して右と左の脇の下の体温を測ることでそれを確かめるのですが、私の場合は、起きあがるべきときに、活元という動きが出てきて、自然と「今だ」ってわかったのです。すごいなあと思いました。

 何が言いたいかというと、鈍いと書いた私の中にも完全無欠な体がひそんでいるということです。そして、その完全無欠さは人間が動物であるということに由来しているのです。もちろん、八木さんの中にも、完全無欠な体がちゃんとある。その体がお母さんの手をふり払ったんだと思います。人間が全力を出すときに、助けは要らないのです。

 その後の子育てでは、また観念でゴチャゴチャ考えたりして、「ああ、わたしって本当に母親に向いてない」と思わずもらして、無々々に「向いてないでどうする」と怒られた時もありました。10年の間で、ずいぶんと成長させてもらった。
 親の手を振り払ったらだめだというのは、観念なのですが、観念がたよりにならないとわかったとき、心細くなることもあります。それまで、これこれを食べるべき、いついつに何をするべき、という観念で自分を律してきた人が、観念を失うと心細くもなる。でも、絶対的なピンチの時には、ちゃんと完全無欠な体が出てきて、それが調整してくれ、頼みにもなる。たまおちゃんのおねしょみたいに。

26 Jan 子育てで学んだこと(4)
 おはようございます、千晶です。お産の時に、手を握ってもらって嬉しかった方、汗をふいてもらって嬉しかった方も、たくさん、あると思うのです。それは、手をさし出してくれた人が(観念でなく)相手を感じて(感応して)手をさし出してくれていたのだと思います。
 観念で人に親切にすべきだと教えるのは簡単だけども、相手を感じてあふれ出てくるようなものが育っていなかったら、観念だけでされる親切なんて嬉しくないだろうと思う。こどもを育てる難しさというのは、そこにある気がします。

 たとえば、人間の完全無欠な体には、自分に必要なものをおいしいと感じるセンサーがある。おいしいものをおいしいと思うだけ食べていけば、人間は健康でいられる。塩が必要なときはしょっぱいものがおいしく感じられるのですね。だからお豆を売るときに、どんな栄養素が入っていて何に効果があるかなんていうことを言うのは、わたしはくだらないと思っています。人間の体が必要とするものは刻々と変わっていて、観念ではとてもおいつかない。イソフラボンが必要なときもあれば、ある時には全く必要がないかもしれない。おいしいと思うのをおいしいと思うだけ食べたら、ちょうどいいわけです。で、こどもを育てる時に必要なことのひとつは、そのセンサーをちゃんと育てることです。甘いものとか化学調味料にしか反応しないセンサーになってはまずいので、いろんなおいしさを経験させようと思う。でも、私もよく言ってしまうのですが、これには栄養があるから食べなさい、などと言って育てていくと、こどもは観念で食べるようになってしまう。これこれをこれだけ食べないと健康でいられないとか、これを食べたら体に毒だとか、そういう観念にふり回されびくびくして生きることになる。必要なセンサーが完全無欠な体に備わっていることを忘れてしまう。

 (親が小さいときにすりこんだ観念のせいで)感覚を失ったら、とりもどすのに30年かかると野口晴哉は言っています。わたしは、薬がなかったら暮らしていけない、わたしの体は病気だという観念の中で育ったので、感覚をとりもどすのに30年はかかると覚悟しました。だから54歳になるのが楽しみなんですね。親から自由になるというのは30年計画なんです。30年計画を立てたとき、一番たいへんだったのは最初の5年だったと思います。それからあとは、自分がどんなに感覚を鈍らせて生きていたか、ちょっとずつわかっていく楽しみの方が大きい気がします。だんだん自由を得ていく楽しみというか。

 手をふり払うという話に戻すと、30年計画の最初の5年で、わたしはたくさんの手をふり払いました。まず、不快であるという感覚を取り戻したんだろうと思う。「愉気」という手当があるのですが、それを親切という観念でされたときの気持ち悪さ。ぞくっとします。それから、だんだん感応する幅がひろがって前ほどは手をふり払わないようになったけれども、今も巷にあふれるマッサージ師の手つきをみて、ぞくっとすることがあります。あんな手で触れられたら、間髪入れずにふり払うだろうと思う。

26 Jan 子育てで学んだこと(5)
 千晶です。野口裕之が、人生の最初の10年くらいは、楽しいことを味わう期間だということを言っています。(詳しくは、カタツムリ社から出ている『教育は越境する』にのっています。よかったらお貸しします。)

 なるほど、長くてつらい試練もある人生の最初で、楽しいことをたくさん経験しておくのは良いことにちがいない。どれだけ窮地に立たされても楽しむこと知っていると、乗り越えていける。食べることの楽しみ。料理することの楽しみ。子どもたちの歌声。お客さんとのちょっとした会話。近所の人と仲良くなったこと。夕暮れの空。それらが貧乏な生活を救ってくれた。貧乏のみじめさが頭をかすめるとき、忍耐だけでは浮かばれないけれど、楽しむことを知っていれば、誇りを持って生きていける。わたしたちは、人生を楽しむ力が子どもたちの中にまず育ってほしいと思っているし、どんな時でも、ものごとの楽しい側面が見える子に育てたいと思っています。

 ところで、観念では幸せにはなれない。「体によいもの」という観念では、満ち足りない。おいしい!という実感は、人を幸せにする。楽しくする。(八木さんのつくった銀手亡のおやつ、とってもおいしかった。あのおいしさを経験できる息子さんは幸せだと思います。)

 子どもは大きくなっていくと、いろんな親から見れば望ましくないものも食べる機会が出てきますよね。スナック菓子とか。わたしも娘がとても小さいときはスナック菓子を食べさせなかったけれど、やがて大きくなって同じくらいのとしの子どもといっしょにスナック菓子を食べる場面が増えた時には、それを受け入れました。うちでは、父親も買ってくるし。いいかげんなもんです。わたしは無々々が買ってきたときは顔をしかめますが、まあ、これも、こどもにとっては楽しい経験かもなあとも思って見ています。おなじくらいの子どもたちと群れてスナック菓子を食べてるときは、決して水をさすことはしません。むしろ、いいなあ、楽しそうだなあと思って見てる。近くの八百屋さんのおばさんにあめ玉をもらうのも子どもたちの楽しみの一つ。これがあるので、お使いに喜んで行くくらい。また、ふだん食べないようなぜいたくなお菓子を持らったら、それは大喜びで家族で食べます。

 普段のご飯も、食べたくないのに無理して食べさせるということは、ほとんどしてません。「これも食べてみて!」くらいは言います。割合、こどもは要求というのをはっきり持っていて、その要求は体に適っているなあと思います。あたたかい水分が必要な秋口はスープをよく飲むし、排泄が必要な時期はヨーグルトを好んで食べるというように。

 うちはちょっといいかげんすぎる面もあるけれど、私はあんまり心配していません。というのは私も結構しょおもないものも食べて大きくなったからです。でも、たった今の自分の味覚センサーについては、信頼しています。意地汚く食べすぎる傾向はあるけれど。お砂糖でも、ナッツでも、お肉でも、これは今はいらない、というのが割合はっきり感じられる。化学調味料が入っているものはおいしく感じない。いつか、お醤油のいい匂いがして、思わず子どもがお皿に残していたそのお醤油をすするようにして飲んだことがあった。あとで気がつくと特別上等なお醤油だったんですね。やっぱりおいしいし、匂いまでちがう。みずみずしいお野菜やお豆にいたっては、料理してる途中でかじられずにはいられないくらい。

 母は料理好きで、家族中、食べることが好きだった。調味料や素材は慎重に選んでいたように思います。食べることを楽しんでいました。甘いものやスナック菓子をとめられたことは記憶にない。何でも食べていました。

 東京で一人暮らしした時は、食生活はめちゃめちゃになって、そのあと、無々々と結婚する頃には、すっかりいいかげんな食習慣になっていました。無々々は「僕と一緒になったら毎日おいしいものが食べられるよ」と結婚前に言いました。そして、結婚して半年間専業主夫だった無々々は毎日おいしいものを作ってくれました。。わたしが料理するときに、クックドウといった合わせ調味料を買おうとすると、それだけはやめてほしい、というので化学調味料からは遠ざかりました。たしかに本当においしい料理を食べた経験があれば、やっぱりインスタントなもののちゃちさはわかる。

 とにかく途中つまんないものを少々食べて生きようが、おいしいものを食べる「楽しみ」をたくさん経験していれば、大丈夫という気がします。それから、親として、これこそスタンダードであるという感覚を持っていたらいいんだと思う、こどもに「絶対」禁止しなくても。商業主義がこどもたちの味覚を損なう現実もあり、油断できない気持ちもあるんだけど、望ましくない経験をまったく排除しようとは思わない。たとえば、マクドナルドに行こうとねだられても、私はまず連れて行かないけれど、地蔵盆の時に出されて嬉しそうに食べているときは、それはそれで私もいっしょに楽しんだ。そして、自分が地蔵盆の当番の時は、おにぎりにした。その方がもっと楽しいと思うから。

26 Jan 連載の途中に
 なんだか書くのが難しいなあと思います。まるで自信たっぷりに子育てしてるふうに読めてしまうのが、いやなところです。つい先日も、自分の親としての未熟さにがっかりしたところです。年末年始にかけて、わたしって余裕がなくてだめな親だなあとつくづく思った。
 豆ランチパーティーの前後、宏子さん親子が泊まりに来たり、美紀さんのところのお子さんと過ごして、子どもってこういう風に育てなくちゃいけないなあと反省ひとしきりだったんです。宏子さんからは、子どもの話をじっくり聞く姿勢を学んだし、美紀さんからは、穏やかな家庭を感じました。だから美紀さんが子育てに自信を持ってないことを先日のメールで読んでびっくりしたんですよ。わたしは見習いたいと思ったんですよ。

 親としての自分のありようを否定できるのも体力の一つだと、裕之先生が子育て講座で言われたのを思い出します。後をかえりみてくよくよするのはよくないけれど、昨日までの自分を否定して、新しい気持ちで子どもと向き合えることができるのは、自分にとっても子どもにとっても希望だと思う。こどもは、これからだんだん良くなるという気配だけで、元気づくもののようです。親もですね。
 ちょうど今、わたしは新しい気持ちです。

27 Jan 連載の途中に その2 
 子育てのことは、恋愛とおなじで書くよりもやはりすることという気がします。子どもによって性格も違えば、親の性分も違う。一概には言えないですね。
 「栄養があるよ」という言葉にしたって、それが、こどもを元気づけることもあれば、萎縮させてしまうこともある。

[レシピ]

18 Jan 2006 豆料理ワークショップ
 千晶です。(前略)

〈イエロースプリットピーとひじきのサラダ〉はとても喜んでもらった。スプリットピーをゆでてやわらかくなってきたところで、もどしたひじきを入れて軽く茹で、さっと流水にさらす。オリーブ油大さじ5、ビネガー大さじ3、椰子の花蜜糖大さじ1、薄口醤油適量、塩胡椒、塩をふってしんなりさせた玉ねぎなどを入れて和えるだけです。(後略)

19 Jan 2006 鍋カバー、大根&大根葉
 千晶です。 (前略)

〈大根&大根葉〉は簡単でおいしいので、葉付き大根のあるときに試してみられる価値あり。大根の葉は1,2センチに切って、塩小さじ1をふっておきます。植物油大さじ2を熱したところに、クミンシード小さじ1を入れて、香りが出たら火から下ろして砂糖を小さじ半入れて煮溶かします。大根(20pぶん)を5ミリのいちょう切りにしたものを加えて炒め、2、3分したら、大根の葉をしぼって水切りして入れ、小さじ1の塩、コリアンダー、ターメリックを小さじ半ずつ入れ、それから一味唐辛子を小さじ4分の1入れてふたをし、弱火でしばらく蒸す。2,3分、まだ大根の歯ごたえがあるうちにふたをとって、強火で炒りつけてできあがり。
 これはレシピをそらで言えます。大根の季節、ひんぱんに作っております。オリジナルのインドレシピは一味唐辛子が小さじ半です。辛いのが好きな人は、それくらい入れて下さい。

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