100年計画  

2005年3月

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Re: 〈京都の安宿情報〉(2/6) こんにちは、まだ入会間もないおじかです。
 最近、町家のゲストハウスがあります。五条ゲストハウスはレンタル自転車もやっていますよ。ちょっとどちらも、楽天堂さんからは自転車で20-30分ですが。参考になれば。。
★ Gojyo cafe「五条カフェ」
http://www.gojo-guest-house.com/gojo-guest-house/gojo.html
 2003年オープン。元料理旅館だった町家を改装して、ゲストハウスにしている「Gojyo cafe」というところがあります。一回はセルフスタイルのカフェでリーズナブル(コーヒー¥280くらい)にお茶ができます。2Fはゲストハウスになっていて、外国人の方がよく利用されているようです。清水寺の近くで、レンタサイクルなども準備しています。
★ 京町家ゲストハウス 「京のen」
http://www.k2.dion.ne.jp/~pygmiho/frame-j.html
 2004年秋openしたばかりです。銀閣寺の近くに骨董屋さんがオーナーのゲストハウスがあります。骨董のあるゲストハウスで、人と人が出会う場所としてのカラーをだしています。
安宿の件(2/7) こんにちは、にいぜきです。
 青森の会員さんの宿、もう決まったでしょうか?京都は最近訪れていないのですが、私の知っている安宿はユースホステルです。会員でなくても空き室があれば泊めてくれます。
 宇多野ユースホステル
  京都市右京区太秦中山町29
  TEL: 075-462-2288
  http://web.kyoto-inet.or.jp/org/utano-yh/index_j.html
 東山ユースホステル
  京都市東山区三条通白川橋五軒町112
  TEL:075-761-8135
 京都の地理はわからないので、便利かどうかはわかりません。
 あとは宿坊はいかがでしょうか。素泊まりなら安いと思います。宿坊の情報は以下のホームページでご確認ください。http://syukubo.com/
編集者に個人的に寄せられたお便りから
@安宿の件ですが、丸太町智恵光院に『cheapest Inn』という、外人さんなんかがよく利用される宿があります。一泊いくらかはわかりませんが、たぶんかなり安いと思います。あと、場所で良いところでは八坂神社の上の方に『吉水』という、いい宿があります。八坂さんの上をずっと歩いていったらあります。一度利用しましたが、値段はたぶん素泊まりで¥3000くらいだったと思います。眺めが良く、情緒ある場所で、建物自体に味があります。
Aお宿の件、御前通仁和寺街道下るの「卯乃花」さんは訊いてみはりましたか?あと、いろいろゲストハウスはありますが、なんとも申し上げられないので…。ほんまにベッドだけ男女別なら、「京都っ子」もなくはないですが…。ちなみに、知り合いのところ(「布屋」さん)は、5/7まで予約が入っているそうです。
B春になれば、うち「下鴨サプライズ!」も安宿というか、屋根つき野宿くらいの感覚でいつでもどうぞ。¥1500円/泊 築90年のおんぼろ屋敷です。住人も多いので、それでもよいかた。詳しくは、直で連絡ください。はるか

ついの栖(すみか)―世界に恋すること〉(2/12) 楽天堂の高島無々々です。
 2/11の豆ランチパーティーの参加者の皆さま、ありがとうございました。
 平賀さんご夫妻の醸し出す人柄ゆえか、おちついてしっとりとなごやかに、でも本質的な語らいの場が持てたように思います。
 信州・伊那谷の平賀さんの田んぼの援農ツアー(5月の田植え時期に温泉旅行を兼ねて)というお土産付き!泥遊びっ子、集まれ。後日、お知らせいたします。
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 さて、私がしゃべりたかったことは当日、平賀さんのお話しの結論で共有されたのではと思いますが、一言この場で付け加えさせていただければ・・・。
 詩人の山尾三省が1999年に琉球大学で行った集中講義をまとめた『アニミズムという希望』(野草社)という本があります(以下、私の話は殆どこの本の焼き直しです)。
 この講義の第10話で三省は「ついの栖」というタイトルで俳人の小林一茶の生涯をとりあげています。
 信州・柏原村で生まれた一茶は15歳で江戸に奉公に出されその後、二十過ぎから職業的な俳諧師としての生活を送りますが49歳にして
 月花や四十九年のむだ歩き
 という句を詠んで、江戸を去り故郷の柏原村に帰ってしまいます。月よ花よ、という俳句を詠んでいた今までの人生を否定し、新たに生き直そうとしたのですね。
 一茶が故郷(ふるさと)に帰って最初に詠んだ句――
 是(これ)がまあつひの栖(すみか)か雪五尺
 この後、人間の真実をうたった一茶の俳諧世界が花開いた、と三省は述べています。人がその人自身を生きられる場=故郷と一つに重なって、いわば「故郷性」とでも呼ぶべき属性を獲得した、と。
 東京の神田に生まれ育った山尾三省、彼自身は39歳の時に屋久島に移り、そこで故郷性を獲得したのですね。故郷とは、必ずしも生まれた場所とは限らない、そこでなら安らかに死ねるという一人の人間の死に場所(=翻って、生き場所)です。
 一茶を読みこなしていない私には何とも判断がつきかねますが、それでも人生とは、死に場所を求める旅だ、と常々感じていたのでうなずけるものがあります。
 一茶が生きた時代は「人生五十年」でした(実生活においては一茶はその後、最初の妻が産んだ4人の子どもに死なれ、二番目の妻は子どもができないので離縁し、三番目の妻が子を産んだときに一茶自身も六十六歳で死んでしまうという不幸な余生を送っています)。
 三省は、人間が故郷性を獲得して初めて本当の人生が始まる、それは五十歳からでも遅くない、と読者を励ましています。奇しくも、私も今年の夏、五十になります・・・。
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 このところ、「世界を恋する男」になっている私は、人が人に出会い、触れ、向かい合うことを通して、自分が本当には何も知らなかった、充分に生きてこなかったという事実を教えられて、愕然としています。
 例えば、語ること、聞くこと、分かち合うこと、あるいはセクシュアリティ(狭義のセックスよりも広い意味における性)に於いて。
 他者の感覚を(善意からであれ悪意によるものであれ)操作しようとせずに、ひたすら自己の身体内感覚を追求し深めること(例えば心地よい感覚や、違うなという違和感)。その一見エゴイスティックな実践の中からしか他者と自己の“皮膚の壁”を越えて、二者の間に「名づけえぬもの」が出現する特権的な瞬間(とき)は訪れないのだ――という整体の根本テーゼは踏まえつつ、であるからこそ、自己の“感覚”を常に疑うという、倫理でもあり美学を、改めて原点に戻って再確認したいという欲動に突き動かされています。
 生を汲みつくす、ということは、形式(スタイル)に於いては一様な様々な事象を数多く積み上げること(=積分の思想)では決してなく、どこまで一つの身振りを、コトバを、一人の人間との全体的な関係性を深めうるか、という微分の思想を生きうるか否かではないか、と自問の日々が続いています・・・。
 PS:送信しようとして、バンコクからりんごさんのメールを受信していることに気づきました。
 「若者よ、恋せよ。人生は、短い」
 W・H・オーデンの詩句を贈ります。

『感じない男』―世界に恋すること〉 (2/14) 楽天堂の高島無々々です。
 今日は本のご紹介です。
 その前に、私の体験談を一つ。
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 教師を辞めるか辞めないかの頃、私が貪るように本を読み、ワークショップにも参加した人に演出家の竹内敏晴さんがいます(人となりについては省略)。
 竹内さんの『子どものからだとことば』(晶文社)という本の中で、こんなエピソードが紹介されています。
 あるワークショップ(いわゆる有名大学を出て一流企業に就職した人たちを対象にした)で、参加者を床に寝かせ、私(=竹内さん)が一人ずつ手をとっていきますからね、と言って始めたところ、ある青年が、竹内さんが近づいただけで無意識に手を上げてしまう。いや、私がとるまでは床に置いといて構わないのですよ、と何度言っても自動人形のように繰り返してしまう。
 それを見て、竹内さんは考え込んでしまったそうです。
 小さい時から受験戦争を勝ち抜いてきた人間は、このような体になってしまうのだろうか、と。入試問題が典型的な例です。出題者の意図を読みとって、それに添う答を書かなければならない。私はこう思う、それはちょっと違うんじゃないか、と感じても、そんなことを答案用紙に記入したら試験に受からない。
 期待(親であれ教師であれ社会であれ)に応える生き方をしていると体そのものがパブロフの犬のように刺激に対する反応しか表現できずに本当の自身の欲求が分からなくなってしまうのですね。
 何を隠そう、私がそうでした。エリート人間では決してありませんでしたが、竹内さんのワークショップで同じような体験をしています。
 二人一組になって1人が床に寝そべり、もう1人が1時間半近くかけて相手の体をほぐすというレッスンです。私の相手は中年のおばさんでした。まず私が寝そべり目をつぶり・・・自分ではリラックスしているつもりでしたが、二度ほど竹内さんが近くに寄ってきて「この人(=私のこと)はあなたに合わせようとするから」とおっしゃるのが耳に聞こえました。
 滂沱の涙が流れてきました。ああ、自分では好き勝手なことをしてきたと思っていたけれど、他者(ひと)に合わせて生きてきたんだなあ、と。
 言葉で「おまえはこれこれだ」と言われても、「何言ってんだ」と反論できますが、自分の体を通して如実に示されると、ぐうの音も出ませんでした。
 竹内さんは別の本で「体に目を向けることは、地獄に通じる釜の蓋を開けるようなものだ」と書かれています。いわゆる社会生活に適応できなくなるかもしれない、という意味で。
 案の定、その後、私は糸の切れた凧のように教師を辞め、長い旅をし、そして千晶と出会い、子どもを授かり、縁あって京都にいます。
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 セクシュアリティに関しても、同じようなことが言えるのではないか、と私は思っています。
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 森岡正博『感じない男』(ちくま新書)を読んで、私は、日本の男もとうとうここまで自らの性を語るところまできたか、という感慨を持ちました。こう書くと、いやあ今までも語ってきたじゃないか、と反論されそうですがそれは殆ど自らの性遍歴の手柄話か、男はかくかくしかじかであるべき、という道徳律に縛られたお説教だったと思うのです。
 ではこの本は?
 「女も知りたい男の『秘密』!ロリコン、制服、男の不感症――。自分を棚上げせず禁断のテーマに果敢に挑む、衝撃のセクシュアリティ論」という本の帯びからは、性犯罪に走るようなビョーキの男がビョーレキを披瀝した通俗もの、と誤解されそうですが、さにあらず。著者は生命倫理学を専攻する大阪府立大学教授で結婚し、子どもももうけている立派な社会人です。
 そんな人がどうして(大学教師という社会的な立場からは恐らく白眼視されるであろう&男失格の烙印を押されかねない)こんな本を書いたのでしょう。
 一言で言って、売買春やソープ、ファッションヘルスからポルノ、少女アニメに至るまで、いわゆる射精産業がこの日本でビックビジネスとなっているのは何故なのか、というのが著者の問題意識です。
 結論を言えば、それは男が「感じない」からである、と。著者の定義する感じない男とは、何も性犯罪者のような特別な人間ではなく「自分の体の内側に『感じるもの』を探すことができないから、どうしても自分の体の外側にある未知のものに、なにか『すごいもの』が隠されているのではないかと思ってしまう」(p171)人間、つまり社会生活を営むフツーの男達なのですから。
 自分の内に充たされるものがないと、常に外に刺激を求め――刺激はいつか色あせるでしょう。すると次々に新しく、より強い刺激を求め続ける、エンドレステープのようなセクシュアリティ・・・。
 私は、この日本では感じない男が、正確に言えば感じないことを感じない男がほとんどではないか、と思います。そして、同じ数だけの感じないことを感じない女が存在するのではないか、と。
 著者によれば、感じない男は、感じている(ように見える)女に対して加害的にふるまうか(マッチョ男)、感じている(ように見える)女から癒される自虐的な喜びにふけるやさ男の2タイプに分けられる、と述べています。(さらに私が付け足せば、感じない男に対する感じない女とは、男の刺激への反応=自らの快感、と内面化している女ではないか、と思われます)
 そして、射精=男のオーガズムである、というキンゼイに始まる射精神話を解体し、なぜ女の初潮は赤飯を炊いて祝われるのに、男の精通はそうでないのか、男が(第二次性徴期に)自分の体は汚れている、と思い込んでしまうことから「感じない男」は生まれるのではないか、と鋭い問題提起をしています。
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 それでは、「感じる男」とはどういう存在なのか、どうしたらそうなれるのか?著者は、まず徹底的に「感じない」自分を知りなさい、と述べます。それから感じない故に他者にやさしくなれる可能性を追求しなさい、と。
 恐らく感じられる世界を体験していないためか、著者からは何も処方箋は示されていません。その困難さは、紙一重の向こうにひろがる豊饒の世界に遅ればせながら目を開かれた私にも、痛いほど分かります。マニュアルなど存在せず、個々人が真摯に探求するしか途はないのですから・・・。
 整体では、感応は二人の人間の“間”で成立するものだ、という根本的な考えがあります。それとの対比で考えれば、感じられる、というのは関係性の問題であって、感じる男×感じない女でも、感じない男×感じる女、でもダメであり感じる男×感じる女の間にしか、奇跡的に成り立たないのではないか、それは男も女も自己のうちなる快感を追求するという(一見)エゴイスティックな共同作業を通して逆説的にしか、華開かないのでは、と思われます。
 セクシュアリティーの探求とは、広大な海に手漕ぎ船で乗り出すようなものでしょう。平穏な日常に裂け目が入り、もしかしたら(竹内敏晴さんが言っているような)板子一枚下は地獄、の世界を開けてしまうかもしれません。でもそこは、喜びと悲しみと苦しさに充ちた極楽かもしれないのです。
 人生を即興で生きることを願う男と女に、すすめたい一冊です。

[レシピ]

豆ランチパーティーで(2/12) 宮下真理です。
 11日に「あすいろ」で開かれた豆ランチパーティーに初めて参加しました。みつろうキャンドルの灯るなか、親密な空気の流れる居心地のよい空間でした。
 ゲストの平賀さんは雰囲気がとてもやさしくて、言葉が的確で、明るくて、オープンで、でも強さもあり、しっかりとした品も漂う素敵な方でした。
 自然の中で子供たちと共にのびのびと暮らせたら、という憧れはあるものの、巷にあふれる田舎暮らし賛美の記事などはどうも胡散臭くて……と斜めに構えていた私も、平賀さんのお話を聴いていて、ほんとうに素晴らしそうだぞ田舎暮らし!と素直に思い直しました。
 個性的な会員の方々のお話もあちこちから飛び出して、3時間があっという間の、笑い声の絶えない豆ランチパーティーでした。ほんとうに楽しかったです。
 無々々さんが用意されていたという「脱田舎暮らし・山尾三省の問いかけた故郷性」というお話もお聞きしたかったなあ。
 さて、差し入れた〈銀手亡のフラン〉(焼き菓子)をおいしいといってくださった方があり、作り方のリクエストをいただきましたので、ちょっと簡単すぎて恥ずかしいのですがここでご紹介いたします。(ムース? プディング? スフレ? といろいろ聞かれましたが、まったくの自己流のお菓子なので、名前は特になく、ああいう形態のものをなんと呼べばよいのかわからずにおります。)

【材料】
  ・銀手亡 (やわらかめに茹でて) 3カップ
  ・牛乳 1と1/2カップ(300cc)
  ・きび砂糖 1カップ
  ・バター 1/2箱(100g)レンジに1分ほどかけて溶かしておく
  ・卵 2個
【作り方】
 材料すべてをミキサーにかけて液状に攪拌し、耐熱容器に移して170℃のオーブンで35分くらい焼く。焦げ目がつきそうだったら途中でアルミ箔をかぶせる。もしくはプディング(っていうかプリン)を焼くときの要領で、天板にお湯を張ってゆっくり45分くらい焼くとしっとり仕上がります。

《後略》

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