100年計画  

2005年2月

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ブックレビュー(12/27) 楽天堂の高島無々々です。
 今年も残すところわずかとなりました。この時期、新聞や雑誌は「今年の1冊(曲・本)」といった特集をよく組みます。
 そこでこの場でも書評はいかがでしょう?テーマは、豆―食―健康―身体―エコロジー―社会―文化―文明etc・・・要するに何でもあり。
 音楽や映像は私が疎いまででオススメがあれば、それもどうぞ。メーリングリストをこんなふうに使うのも面白いのでは。年末年始にホクッと時間の空いた方、ご参加お待ちしてます。
 まず手始めに私は・・・
 1)『ミセス』10月号の辰巳芳子さんと玄侑宗久さんの対談〈命をはぐくむもの〉中の辰巳さんの言葉。
 「(大豆100粒運動で大豆の生育経過を6年間観察することの重要性に触れた後で)きっちり意識に上らせるということは、つまり無意識の分量が増えるということなんです。(中略)無意識の分量が増えなければ感応力は育たないんです。人間のおもしろさというのは感応力にあると思いますね」
 あらゆる稽古の意義を的確に指摘し、次に
 「今、女のつちめ(大地質)が非常に荒廃しています。(中略)女が悔い改めて、永遠に女性なるものを奪回しなければならないと。では、男性なるもの、父性なるものは何でしょう。(中略)男の人って、創造ということの主導権と責務を負ってられるでしょう。それは抜き差しならないものなんですよね。だから、大きな同情を男の人に持たなければならないと思います」
 私は尊敬する辰巳さんや佐藤初女さんの料理の本を読むのが好きです。台所から、つまり日常生活からどこまで深い思想の言葉を紡ぎ出せるか、という良きお手本があるからです。お二人が男であったなら、もっと社会的な評価を受けていただろうに・・・という感、なきにしもあらずですが(それ自体本質的な問題ではないけれど)。
 2)『東洋武術で驚異のカラダ革命』(学習研究社)の武術家甲野善紀さんと同・光岡英稔さんの対談中の光岡さんの言葉。
 「人間の身体は細胞一つ一つまでが確実に働いて生きているわけですから、大切なのは、その事実をそのまま認識し、今ここに存在する自分というものを、何も足さず何も引かず、そのままを理解することができれば、それだけで良いのです」
 何も足さず、何も引かず・・・これ以上の贅言を要しない究極の表現。
 何も足さず何も引かずとつぶやいて一年は暮れにけり(無々々)

本年とても素敵な出会いありがとうございました。(12/31) 皆様こんにちは。銀手亡など無肥料栽培のお豆を楽天堂さんにお届けさせていただいております。サン・スマイル松浦智紀でございます。
 ずっと傍観者になってましたが、年の瀬に少し・・・発言させてくださいませ。
 今年の本当に大きな出会いとして、高島さんご一家との出会いがありました。
 お豆に情熱を燃やして、100年計画という名のもと、確実に歩まれている姿、そして、MLの皆様のメールを拝見させていただいてすばらしい!の一言です。
 私、無肥料栽培の農産物の普及を!と思い、仕事(私の生き方の大きな部分を占める一つ)とおもっておりますが。今年気が付いたことをいくつか書かせてくださいませ。
 無肥料栽培はその名の通り、肥料を一切与えない(勿論農薬、化学肥料も)栽培方法です。
 大自然のエネルギーを真に受けて、無から有を生じるそんな世界です。
 昨日近所の無肥料栽培家、関野さんと、脱サラして2月から就農する藤脇さんと話をしてました。「無肥料栽培を実践するには、まず土や、太陽のそして、植物の絶対的な力を信じること!」その想いが大自然に伝わる!っと話してました。
 私も同感です。
 人にたとえると、私の大好きな尊敬する医師もとマクロビオティック医学会会長の伊藤慶二先生が言われる、「人の体は常に正しく働く」という言葉に置き換えられるのではないかと思っています。
 下記の本がお勧めです!植物に嘘発見器をお遊びでつけた人がいて、植物に罵声を浴びせると激しく針が動き、感謝の言葉などをかけると、穏やかになるとか、植物にも心がしっかりと存在している!と証明する本です!とってもおもしろいです!
 『植物の神秘生活』 ピーター・トムプキンズ (著), クリストファー・バード (著), 新井 昭広 (翻訳)  工作舎
 植物は人の心に敏感です。販売する人の心にも敏感に反応していると思います!
 あと、無肥料栽培を説明する上では、簡単な実験もあります例えば、ナスを切っておいても茶色くならない!そのまま干からびて乾燥野菜になってしまうことを店頭でお客さんに見せたり。
 あとついでにもう一冊・・・『生物学的元素転換』 ルイ・ケルブラン(著) 高下一徹(翻訳) 朔明社です。ルイ・ケルブラン氏の元素転換です。翻訳した人は、個人のような形でしておりますが、ネットで調べたら送ってくれます。一般書店や、一般ネットショップでも販売してません。http://homepage2.nifty.com/cosmo-formalism/
 植物が人の心にとても敏感・・・でも、それは、植物に限らずに、無機物でも、人に対しても同じではないかと思っています。人間の想いや、想念はとっても大切だな〜と実際に感じることができた一年でもありました。(実践はなかなか・・・)
 (書き出すとまた止まらなくなるので・・・この辺で・・・)
 私にとってはいろいろありすぎた一年で、未消化の部分沢山ありますが、皆様に秋場さんの無肥料のお豆や、無肥料の他のお豆たち!大自然の心のこもったお豆たちをお届けできますように、自己向上にも努めます!
 銀手亡はじめ、レシピや、美味しいなどの声をいただくと、とっても励みになってます!
 本年も一年ありがとうございました!
 よいお年を!

あけましておめでとうございます。(1/2) 無々々さま、千晶さん、豆料理クラブの皆様 あけましておめでとうございます。 ひよこまめ@新美です。
 おだやかな年の初めをお迎えでしょうか。年初めのごあいさつをしたいと久しぶりの投稿です。昨年は黒豆ファンを増やしましたよ。それと、私同様ひよこまめぞっこんの人間も身近に。レンズ豆とはずいぶん親しくなりました。レンズ豆っておめでたい豆なんですね。
 さきほど、うっかり返信メールにしてしまいました。ごめんなさい。昨年のMLはほとんどロムだけですごしてしまいましたね。お便りしたいこと、横レスしたいこともたびたびありましたが、ゆっくり沈思黙考するゆとりもありませんでした。まもなくまたそういう時の流れに戻されますが、しばしペースを緩めて見るべきもの、聞くべきものを聞きたいなと思います。
 昨年末、地震による津波で10億をはるかに超える犠牲者が出ました。一方12月31日にはスーダンで21年に及ぶ内戦の終止符が打たれました。地球上それぞれの国々で、おびただしい人々が心や体に深い傷を負い、複雑な気持ちで新年を迎えていることでしょう。共感共苦が21世紀はじめを生きるものの歩み方かなと思います。大晦日31日ににわかに降り出した雪がすべてを清めるように窓の外一面真っ白な世界に変えました。何か天からのメッセージのように見えたのは私だけでしょうか。
 下記は今年最初に私が読んだ詩です。

 「百姓家」
                新美南吉

 お聞きよ、この百姓家からもれてくるハモニカの声を。だれかが風呂にはいりながら、ハモニカをふいているのだ。
 ほら、湯気にくもったガラス窓に小さいカンテラの灯が見えるだろう。あの灯の下で、ジャブジャブやりながら、ふいているのだ。
 なんというやつだろう、そいつは。風呂の中でハモニカをふくなんて。だが、ぼくにはわかった−この家には若い者がいるんだ。
 そいつは、やんちゃで、夕飯を茶わんで十ぱいも食べ、母親のことをバカといい、きのうおろしたばかりのシャツをもうきょうは、やぶいてしまうというやつなんだ。
 だが、父親にしかられでもすると、ひどくしょげてしまって、暗いくどばたにいる母親のところへ、ねだった金を、半分かえしにくるといったやつなんだ。
 そいつは、やんちゃで、バカなこともするが、夢が大きくて、犬なんか、かわいがっているんだ。こんな見すぼらしいかやぶきの百姓家だが、ここには明るい幸福があるのだ。
 お聞きよ、この家の背戸口に、夕やみの中ににおっている茗荷のほのかなかおりを。

豆のにおい、『日をつなぐ』など(1/8) 千晶です。
 《前略》
 ところで、嬉しいニュースが。会員の宮下さんの小説が年末に出版されたのです。角川書店の『コイノカオリ』。女性作家のアンソロジーになっていて、そのひとつが宮下さんの小説『日をつなぐ』。昨日、注文していたのが届いて読んでみたのですが、随所に豆を煮る匂いに満ちたこの小説、豆料理クラブ会員のためにあるかのよう!たとえば、こんな一節が。「台所で音を立てている鍋のおかげで、その湯気のおかげで、立っていることができる。どうして、ここで、何を、なんのために。あふれそうになる気持ちをどうにか押しとどめて、だいじょうぶ、ここにいていいのだと信じることができる。」
 それにしても、小説家というのはすごいなあ。以前もわたしが、医療について言葉にできなくて困っている問題を書いた時、宮下さんが私宛にくれたメールを読んでると、「そうそう、私もこのとおり思った!」と感じられて驚いたのです。注意深く自分が感じたことを見ていて、それを言葉にできるんですよね。今度も、宮下さんの小説を読んでいたら、「そうそう、お豆はこんな風にわたしの暮らしを支えている!」と思えて、ところどころは、まるで私みたいとさえ思いました。主人公の真名さんほど、わたしは若くないし、旦那さんに優しくもないけど、なじんだ台所仕事がないときの不安定さは、私のものだ。いっぱいお豆が出てきます。お豆のスープも。なんだか笑い出してしまうほど、お豆に脚光が当たっています。
《後略》

Re: 新年に。(1/12) 千晶です。
《前略》
 私はこのところ、エンデの『モモ』のことを考えています。お読みになったことはありますか。深く共感するところ、読み終えてもなお謎をかけられたままでいるところ、さまざまです。こんな豊かな本を20年前に読んでいたのか、と驚かされました。
 時間どろぼうの灰色の男たちが支配した世界では、人々は喜びをなくして追い立てられるように仕事をしています。人と人とが友だちになることさえ難しい。私たちが住む世界と似ています。『モモ』には最後に救いがあるのだけど、現実の方には、目に見える形ではモモもマイスターホラもいない。小3の娘も読んだのだけど、どう思っただろうかと少し不安になりました。(聞いてみると、モモの強さに心惹かれたようでしたが。)私たち一人一人が、モモであり、何によって灰色の男たちから解放されるか、試しているんですよね。例えばお豆を煮たりして。(お豆を煮ることは、まさしく時間どろぼうを追いだす仕事!)『モモ』の中には、たくさんのヒントがあります。
 時間どろぼうがやってくる前のところに、まるで豆ランチパーティーを思わせる一節がありました。「そのあとこんどは、みんなの子どもたちが食べもののおすそわけをもってやって来ました。ある子はチーズをひとかけら、ある子はパンをひとかたまり、ある子はくだものをすこし、というぐあいです。子どもの数がとてもおおいだけに食べものも山ほどあつまって、その晩はみんなでモモの引っ越しいわいにちょっとした宴会をやれたほどです。その宴会は、まずしい人たちだけがやり方を知っている、心のこもったたのしいお祝いになりました。こうして、小さなモモと近所の人たちとの友情がはじまったのです。」
 謎がかけられたのは、たとえば下の会話のような所です。「死」を「病気」とか「苦労」と読みかえたりして考えています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「もし人間が死とは何かを知っていたら、こわいとは思わなくなるだろうにね。そして死をおそれないようになれば、生きる時間を人間からぬすむようなことは、だれにもできなくなるはずだ。」「そう人間におしえてあげればいいのに。」「そうかね?わたしは時間をくばるたびにそう言ってるのだがね。でも、人間はいっこうに耳をかたむける気にならないらしい。死をこわがらせるような話のほうを信じたがるようだね。これもわからないなぞのひとつだ。」「あたしはこわくないわ。」と、モモは言いました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 そんなわけで、先日紹介した『日をつなぐ』も、灰色の男たちが支配的な世界で、若いお母さんが、お豆という「時間の花」を手に生きた時間をとりもどそうと奮闘している話に読めました。
 『モモ』の後半ではこどもたちも遊べなくなってしまいます。子どもたちから、生きた時間をうばうのが一番難しいのですが、大人たちが、時間どろぼうのいうなりになり、高価なおもちゃを与え、「役に立つ」遊びをさせるようになるんですね。そして、たのしいと思うこと、夢中になること、夢見ることを忘れてゆくんです。
 これからは度々『モモ』をひもといてみようと思います。(なんどかお客さんにちょっと聞いてと思わず朗読してしまいました。)たのしいこと、夢中になること、夢見ること。心して大事にしよう。
《後略》

『愛の旅人』、かきのオイル漬け(1/12) またまた千晶です。
 お正月にもう一つファンタジーを読みました。会員のサマービル大屋幸子さんが訳された本で、『愛の旅人・詩人ルーミーに魅せられて』(ロジャー・フーズデン、地湧社)、一昨年末に出版された素敵な物語です。これは1950年代の物語で、時間どろぼう灰色の男たちはどこにも出てこない。それどころか、フィレンツェからイスタンブールまで、人々の間に時間はたっぷりある。そして「注意深く聴く」ことだけを頼りに、主人公ジョルジョは旅をする。これは、まるでモモみたい。
 ジョルジョにおいても、モモにおいても、「注意深く聴く」ということ以外の手段はないんですね。でも、その唯一の手段が、すべての扉を開く。異国を旅できない私にとっても、この手段だけで開けることができる扉は、ありそうな気にさせられました、あらためて。
 ちょうど今、人生の転機にある会員が何人かいるのですが、みんな、やっぱり自分の中から聞こえてくる声を注意深く聴こうとしているよう。結果はどこへいこうが素晴らしい。勇気に拍手を送りたいです。
 ブラジルのひろから先日手紙が届きました。とても楽しい手紙。彼女の旅も続きます。近いうちにMLで紹介しますね。
《後略》
 
手亡(白いんげん)豆のドラマ〉(1/19) 高島様豆料理クラブの皆様
 無肥料栽培のお豆をお届けさせていただいております埼玉サン・スマイルの松浦智紀と申します。

 遅ればせながら本年もどうぞよろしくお願いいたします!
 皆様にご報告いたしたいことがありメールさせていただきます!
 今年大豊作(昨年の2倍以上!)の銀手亡の営業周りで年明け早々の金曜日、夜行バス(13時間かかりましたが安いです!)で島根(益田)入りしてから毎日が劇的なことばかりでした!
 沢山の出会いがいただけ、北海道で55町歩の畑で無肥料栽培を始めるという農家さん、(秋場さんは25町分で今年の銀手亡は5町分)など・・・
 特に一番驚いた出会いは・・・少し長くなりますが・・・ご紹介させてくださいませ〜
 今回の出張は、無肥料栽培農家秋場さん、伊藤秀幸さん、秋場さん息子、折笠さんに同行させていただくと言うことから始まりました。25町分(75,000坪)の畑をしていると言う、折笠さんと、そのとき現地ではじめてお会いしました。
 月曜日(1月10日)にその折笠さんの知り合いと言う浄土真宗の住職さんが山口の萩の隣にいると言うことで、会いに行くという話になっていました。私とは全然縁が無いのですが・・・
 会いに行く前日、みんなで夕食をとっていたときに、イノシシの話になりまして、昔はよく地元(島根)でもイノシシを食べていた。部落でよく分けたりしていたな〜と話が出て、北海道ではくまを食べたとか、キジ、鹿などの話になりました。
 そして北海道ではイノシシがいないらしくイノシシ食べてみたいな〜などとみんな言っていました。
 そして、夕食後、その住職さん(実は浄土真宗の元総長だったと!Xジャパンのトシの葬儀もしたとか)から折笠さんに電話があり、「近所の人がイノシシを撃ってきたから、明日(月曜日)の夜はイノシシなべをしよう!」と持ちかけてきました。
 みんななんと言うタイミング!っとビックリ! そしてもちろん予定を変更してみんなでイノシシなべを食べに行きました〜
 そのイノシシなべを食べさせてくれたのは私たちとは縁もゆかりも無い言ってしまえば赤の他人ですが、地元の土木会社の社長(70歳くらい?)さんで、お名前は島田さんといまして、そのお宅に伺い、シシなべを囲んで宴会が始まりました。
 自己紹介も済みまして、雑談をはじめその中で、銀手亡の話をしましたら、島田さんが「それは手亡のことか?」「それは豆のことか?」「それは此れ位の大きさの豆か?」「それは白い豆か?」と質問されて全部正解なので私は「そうです」と答えました。
 何で土木会社の社長さんが「手亡」類のことを知っているのか不可思議でしたが・・・此れからが驚きなのです!
 島田さん「その手亡豆は私の曾爺さんの兄弟で、島田是一(これいち)という人が日露戦争で負傷して片腕をなくし、引き上げてくるときに持ってきた豆で、片腕が無いということでみんなが手亡豆と呼んだんじゃ。確か、大手亡と小手亡と聞いておる」と・・・「そしてわしゃ(島田家は)もともと土佐じゃけん、その島田是一が坂本竜馬のゆかりの人と北海道に屯田兵として入植してその豆を植えてみたところが、北海道の地にとても合うのでその豆を広めたと爺さんから聞いている」と・・・・
 喜びと言いますか・・・
 驚きといか、驚愕と言うか、信じられないと言うか・・・でもどう見てもこの人うそを言っているようには思えない・・・(手亡が日本に入ってきたのは数年前十勝農業試験場に問い合わせたときも、明治と聞いていましたし、手亡の意味も「手」は支柱 「亡」は無いで支柱が要らないで手がなく栽培できるから手亡というようになったのでは(推測)という返事しかもらっていませんでしたので)
 そこに居合せたみんなが、沈黙・・・でした。。。
 銀手亡はじめ白いんげんの「手亡」豆は元をたどれば島田是一さんによって、日本に広がり、品種改良されて「銀手亡」生まれ、秋場さんが農業経営の窮地を救われて、私も高島さんはじめ沢山の方と出会いをいただけたことにそしていま自分があることに心が熱くなりました。
  私の今迄の人生の中で今回の出会いは最も衝撃的でした。喜びと言うより衝撃でした。(偶然は無いと言いますが、偶然という意味で)
  仁義を尽すことが人の道と改めて感じています。大自然に生かされている自身、このような出会いがいただける自分であることに心から感謝してます。
 今回ばかりは自分の怠心に喝をいれていきたいと思っております。(このようなことを書くのは今、新渡戸さんの武士道を読んでいる影響もあるのかもしれません・・・)
 今でも信じられない、夢ではなかったのか・・・と思うほどです。
 秋場さんの生活、銀手亡のよさを認めて下さり、喜んでいただけております高島さん、そして豆料理クラブ会員の皆様支援いただいている皆様がいらしてのこそ!その上で銀手亡のルーツもわかりました!本当にありがたいです!嬉しいです!ありがとうございます!
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
Re: 手亡(白いんげん)豆のドラマ〜(1/19) 川内たみです。
 すごいですねえ。感動して涙がでてきちゃった。
 松浦さん ありがとうございました。島田是一さんにも 感謝。うれしいし、なんだか勇気もわいてきます。
 川内 たみ--
Re: 手亡(白いんげん)豆のドラマ〜(1/19) 楽天堂の高島無々々です。
 私も、沈黙・・・です。
 が、いろいろな想いが渦巻いてきました。今年は(日本の近代の命運を決めたと言われる)日露戦争から100年。そして、千晶が昨年から「豆料理普及100年計画」を唱えている・・・。
 いんげん豆は、アメリカ大陸が侵略されたためにヨーロッパにもたらされた。
 そして、日本へも戦争の結果とは・・・。
 血が流された、白い豆。〈手亡〉という名は、まさにふさわしい、称号かもしれません。
 新しい世紀、分かち合う文化、平和な世界を創っていく、という意味に於いて・・・
Re: 手亡(白いんげん)豆のドラマ〜(1/19) 千晶です。
 松浦さん、すばらしいお仕事ですね。無々々と感激してあれこれ話しました。
 豆料理クラブ1月号「アメリカ先住民の食卓から」を2年前に準備したとき、アメリカ大陸からの恩恵をひしひしと感じました。いんげん豆、かぼちゃ、とうもろこし、トマト、じゃがいも、唐辛子、、、、ヨーロッパもインドも東南アジアも、アメリカ先住民の食文化を受け継がなければ、今日の食事はないのですよね。
 アメリカ大陸の先住民は虐殺され、文化もことごとく滅び、一方で、コロンブスらが持ち帰ったアメリカの食物の豊かさをわたしたちは享受している。せめてその出自を記憶しつづけたいと思いました。(2ページにアメリカ先住民の民話をもとにした絵本を紹介したのも、そんな気持ちからでした。)
 手亡もまた負傷兵によってもたらされたものとは。これも、記憶にとどめておきたい。松浦さんが忘れられた歴史をこうしこのMLに書いてくださったことに、感謝します。
 それにしてもなんていうコインシデンス!
Re: 手亡(白いんげん)豆のドラマ〜(1/19) 小橋です。
 こうやって参加させていただくのは初めていつもみなさんのお話にすごいなぁとうなずくだけで私ももっと考えて生活しなきゃぁと…反省やら考えるばかり
 ちょうど銀手亡(お気に入り)のスープを作っていました鍋に全ての材料入れて後は出来上がりを待つだけとメールを開いたらなんと銀手亡のお話(こんな偶然はたいした事ないかもしれないけど)感動が感動が何倍になったでしょう!!!手亡のドラマ、松浦さん達の出会いは偶然必然いずれにしてもつながっていたんですよね
 私事ですが今まであれもしたいこれもしたいといろんな事を思っていましたがもちろん今も少なからず思っていますが自分のおかれている環境と言うか現実としっかり向き合ってその中で何が自分にできるのか何を自分はしなくてはならないのかきっとそんな中でいろんな出来事がありいろんな人に出会うのではないかと思うようになってきました楽天堂さんとの出会いにもとても感謝していますつながりを大切にしたい私のテーマです

〈こんなカフェ、あったらいいなぁ〜。〉(1/20) 岩井尚美です。
 ML、盛り上がっていますねぇ。松浦さんのML、とっても感動しました。松浦さんの銀手亡に対する思いと、島田さんをはじめとする出会った方々とは、どこかでつながっていたんでしょうねぇ。きっと豆料理クラブの会員の方たちとも・・・。
  さて、話は変わりますが、仕事でいやなことがあったときに(現実からの逃避)、もし、豆料理カフェをするとしたら・・・なーんて、考えてみたりしていました。以前、高島さん夫妻にも話したことがあって、是非MLに、とのことだったんですが、なかなか出来なくて・・・。
 豆料理カフェのイメージを皆で作ってみると楽しいのでは?と思い、まずは私の「こんなカフェ、あったらいいなぁ〜」を思いつくままに書いてみます。
 以前、旅行で行ったトルコの大衆食堂での経験。いろんなメニューが大皿に盛ってあり、食べたい料理だけ「これとこれ、一盛りずつ・・・」とか言ってお皿に乗せてもらうのです。レジで料理の代金を払います。パンはテーブルのバスケットに置いてあって、好きなだけ食べられるのです(無料)。とっても気軽で、目で見て選べるので選ぶのも楽しかったのを覚えています。
 メニューは、楽天堂さんの豆料理キットやベーシックコース、和風惣菜コースなどで紹介されているもの。
 トルコの大衆食堂のように、大皿に豆料理が並んでいる。
 近所の方もふらっとお茶やランチに来てくださるようなカフェ。
 1回/月位、豆料理教室をやっていて、時には近所のおばぁちゃんが料理教室の先生っていうのもいいなぁ。
 時々、アコースティックなライブなんかもあったりして・・・。
 豆ランチパーティをしたりして、会員の交流の場にもなり・・・。
 楽天堂さんにこられたお客さんが「豆料理はどこで食べられるか」と聞かれたら、豆料理カフェに行くと食べられる」と教えてあげる。カフェに来たお客さんが、豆はどこで買えますかと聞かれたら、「楽天堂さんに行くと、おいしい豆が手に入りますよ」と教えてあげる。
 豆料理クラブの会員には、何か特典があるといいなぁ。ドリンクサービスとか、何かポイントをためると豆料理1品無料、とか・・・。
 フェアトレードの商品も扱っていて・・・。
 場所はどこがいいかなぁ、楽天堂さんからそう遠くないところがいいとは思うんだけど・・・。京都は観光地なので、豆料理を普及するためにも観光客の方にも来てほしいなぁ。又、外国人観光客の方も来てくださったら、各国の豆料理のレパートリーを増やせるチャンス!になるかも。
 などなど、思いつくままに書いてみましたが、皆さまはどんな豆料理カフェがいいですか?

井上裕子さんからのメール(転送)(1/21) 会員・井上裕子さんのメールマガジンに書かれた文章が面白かったので、ご本人の了解を得て、転送させてもらいます。(千晶)
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 内田洋子&シルヴィオ・ピエールサンティ著光文社新書『イタリア人の働き方―国民全体が社長の国』を読みました。起業家15例を挙げて、それぞれについて取材をもとに細やかな記述がなされています。もちろん内容はバラエティに富んでいてとても面白く、ただ読み流すだけでもかなり楽しめます。オススメ◎です。それはそれとして、今回注目したいのはイタリアという国についてです。経済という視点でみてみると、イタリアは決して優等生ではありません。むしろその逆に近い存在であると言ってもいいでしょう。しかし、ここでちょっと考えてみていただきたいのですが、イタリアは、人口5700万人の国で法人登録が2000万社とか。単純に頭割りしても3人弱に1つの企業が存在することになります。この5700万人の中には子どもも病人も含まれているわけですから、純粋に労働人口ということで考えれば、1人あたり会社1つ。この数字は世界一です。また、法人登録していない、個人事業主の例えば職人さんなどを勘定に入れると、数字的にはサラリーマンや役人が存在しない国となってしまいます(それはそれで楽しいと思うのですが…)! もちろんイタリアにもフェラーリとかベネトンとか有名企業はたくさんありますので、サラリーマンがいないわけはないのですが…。でも他の国に比べて、サラリーマン率が圧倒的に低いのは疑う余地がありません。
 著者はあとがきの中で次のように述べています。侵略される歴史を繰り返してきたイタリア半島に住む彼らは、「守るべきものは、領土ではない。そこで生きる自分たちの暮らしの質だ」と冷静に判断し、現実主義へと進んだ。「自分の幸せは自らの力で、手で守り抜くしかない」という確信を持っている。結果、国家としてまとまって行うようなことはには、イタリアはからきし「後進国」のままだが、個人がその独創性を発揮するような分野では、後続を大きく引き離す、抜群の能力と自由なフットワークを誇るようになっている。
 これは何故だと思われますか? 著者が述べているように「自分の幸せは自らの力で、手で守り抜くしかない」ということに補足してイタリアの都市は自治の町であるということにも注目していただきたいと思います。お上(かみ)の庇護をあてにせず、自分らのことは自分らで。一番大切な守るべきものは自分の家族であり弟子である…。
 まるで、どこかの町の住人と同じではありませんか?――そう、我等が京都洛中です。京都は侵略された歴史はありませんが、度々戦場となりました。その度に権力者が代わり、住民は自分の屋台を守るためにかなりの努力が必要でした。自分の暮らしは自分で守る…これは京都人のDNAに刻み込まれた生きていく上での人生の鉄則でもあります。京都洛中は個人事業者で成り立っている町でした。現在もベンチャー企業が元気のよい町です。イタリアではどうなのか不勉強でちょっとわからないのですが、京都洛中では職住一致生活を営んでいるのが普通でした。
 京都の室町でいわゆる糸へん業界(繊維業界)が衰退した根本的な原因は、職住一致をやめたからだとわたしは考えています。その結果、京都商法の堅実経営の精神が受け継がれず、本業以外の投資や不動産、飲食業などに手を出したことによって室町の崩壊が始まったといえるのではないでしょうか。職住一致って、やっぱり何よりも京都を象徴するキーワードなんだと思います。

みつろうキャンドルを灯して(1/28) 千晶です。
 《前略》
 さて、昨日は若い会員の家に招かれ、4人で深夜までいろんな話になりました。(偶然?みんな会員だった。)彼女らはいくつだったっけ、たぶん24とか30とか。料理がおいしくて朗らかで楽しい夜でした。
 昨日、何度か立ち止まったテーマは、〈変わっていくということ、選べないということ〉、でした。
 まず、わたしがこんな話をしました。豆屋の仕事を始めて経済的に安定しないときに現金収入を得たくてどこかで雇ってもらおうといくつか応募してもだめだった。面接で望まれるような従業員らしい受け答えができず、豆屋に立つ自分と変わりないいつもの調子で話してしまって採用されない。そのとき、がっかりしてはいたけど、すがすがしかった。そして、こう思った。人は成長するにつれ、いろんな能力や知恵を獲得し蓄積していくとそれまでは思っていたけど、獲得するだけでなくて、同時に喪っていくと。というのも、以前の私は組織で採用されるために面接試験をくぐりぬける能力・知恵があったし、わたしは今でもそれがまだ自分にあって、いつでもそれを取り出して使えるような気持ちでいたけど、そんな能力はどこを探しても、もう私にはない。今は自営業しかできないんだ。自分を生きるということは、獲得すると同時に捨てていくということだなあと感じた。
 それに対して、聞いていた一人が不安になって、何度かわたしは問いただされたのだけど、うまく説明できなかった。破壊しないと創造できない、とか何とか言って説明しようとしたのだけど。
 今朝、子どもと幼稚園に行く道すがら、あ!というかんじで思い浮かんだのは、こんなこと。整体の稽古などで人のからだに触れるとき、本当に集注し、相手に感応していると、自由に手は動かせない。自由に手が動くうちはだめで、こうしか手が出せないというところまで、集注してはじめて人に感応できる。即興的な動き、ダンスであっても、集注し自分の中の深い動きをひろうときには、自由に動けない。このようにしか手が出せない、このようにしか一歩を踏み出せないという仕方で動くときこそ、一番、自由。あるいは不自由なのだけど、本質的。習慣的な体の使い方や観念から自由である、そのとき、全く新しい一歩、創造的な動きが出てくる。それはまた選べないもの。他に選択の余地がない。
 インドの古代遺跡エローラを歩いたときも、次の一歩が選べなかった。次はこういくしかないというようにして足が動いた。
 昨日、ものをつくること、表現するということも話題になった。おそらく、集中し何かできていくときも、これ以外に作れないという確信、ある種の不自由さがあるんじゃないだろうか。自分を生きていくと、小器用に期待されるものを作れなくなるんじゃないかという話になったりもしました。
 そのあたりが、自分を生きるということにもつ私のイメージです。不思議ですよね。選んでいるとき、同時に選べなくなる。一番自由なとき、一番不自由になる。
 昨日は、平賀さんのワイルドツリーのみつろうキャンドルを灯して、食事をし話をしていました。平賀さんのみつろうキャンドルは本当に純粋で赤ちゃんが息するように、静かに柔らかく燃えます。とてもいいものです。お風呂にはいるとき(宮島さんのお便りに影響されて)、おやつを食べるとき、眠る前、けんかをしたりいらいらしたりしているこどもが、静かになる。ろうそくはほうっておけない、火がついていることをどこかで気にし、世話しなくちゃならないところも、赤ちゃんに似ていますね。
 来月11日のワークショップも楽しみです。

[レシピ]

里芋&にんじん料理、里山、エコネコ塾(1/12) 千晶です。
 おはようございます。寒くって、すがすがしい朝ですね。
 @今日、お弁当を作っていて、里芋とにんじんの組み合わせでおいしくできた一品を紹介します。子どもの喜ぶようなものが何にもなくて、どうしようかなあと思ったのですが、にんじんをグラッセを作る時の要領で適当に切って水で煮始め、一方フライパンで、7〜8ミリの薄切りした里芋をバターと塩少々で炒め、半分、火が通ったところで、にんじんを煮汁ごとフライパンに入れ、ふたをして蒸し煮。最後は水分を飛ばしてできあがり。こくがあって、おいしかった。いろどりもきれい。これに卵焼きか何かがあれば、お弁当完成!
《後略》

『愛の旅人』、〈かきのオイル漬け〉(1/12) またまた千晶です。 
《前略》
 あと、書こう書こうと思っていたのですが、この時期の楽しみ、かきの料理法について。年末に宮下さんから教わった〈かきのオイル漬け〉がとてもおいしい。かきをよく洗い、鍋でよくから煎りし、オイスターソースを少量かけて出てきた水分を全てとばし、それを保存用のびんに入れ、上からオリーブオイルを注ぐ。たかのつめとローリエも加える。数日で食べられる。数週間保存できるそう。私はオイスターソースがなかったから、お醤油をつかいました。これは、保存がきくのでおせち料理むきでもあります。(重箱には合わないけど)はちはちのパンと一緒に食べたらおいしかった。

カリカリコーンつづき(1/18) 千晶です。
 カリカリコーンの謎をとくため、アメリカにいるゆらに相談しました。
 〈ポレンタのこつ〉コーンミールでつくるおかゆをポレンタというのですが、ポレンタはつくった翌日、かたまったのを焼くというのが常道のよう。だから、カリカリコーンをつくるために固まらすのも、ポレンタをつくる時の要領にしたがえばよいはず。(ポレンタはたいがいコーンミール1対水3の割でつくります。塩少々)
 こつを列記すると、、、・常にかきまぜる。・まとまるまで火を通す。・沸点を保つ(強すぎるとこげつく)・泡立て器を使う・鍋から完全にはがれるようになったら火を止める。・木のしゃもじがかたまりの真ん中で15秒以上立ってられるまで、火を通す。
 なんだか、こうやってつくれば、コーンミールのおかゆもおいしそうですね。今日の昼ご飯にしよう。それで、そのあとポレンタが5ミリくらいの厚さに切れるくらいに固まるかみてみます。

《後略》

島田是一さんに捧げる料理その1(1/19) 再び、千晶です。
 小橋さん、嬉しいですよね。わたしも今日、銀手亡を煮ていたので同じ風に嬉しかったです。
 今日は、京都新聞が取材に来まして、4種類のお豆を紹介してくれといっていたので、まずは、銀手亡について紹介しようと土鍋で銀手亡を煮て待っていたのでした。
 味見を含めて取材が終わり、前々から好物の酒かすと銀手亡を組み合わせて、何か料理しようと考えていたのですが、先程の松浦さんのメールを読んで、アメリカの先住民のことも頭に浮かび、手亡とかぼちゃとコーンを組み合わせようと思いました。
 そうしてできた料理〈銀手亡の酒粕ソース焼き〉を、島田是一さんに捧げたいと思います。
@しめじ1パックとコーン半カップと軽く蒸したかぼちゃ適量を炒め、そこにゆでた手亡2カップを加える。塩・しょうゆで味つけ。
A酒粕ソースは、牛乳1カップ、チーズ100グラム、酒粕50グラム、塩ひとつまみをフードプロセッサーで混ぜて、小鍋で煮たものです。
B@を器に盛ってAをかけパン粉をふり、200度のオーブンで20分焼いてできあがり。
 すばらしい酒粕の香り。体が温まります。

 皆さまも島田是一さんに捧げる料理、つくられたらぜひ紹介してください。

Re: [ クミンシード料理募集(転送)(1/22) 会員の郡佳世さんからのメールです。おいしそう!(千晶)
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 松浦さんのメール、とてもジーンとしてしまいました。戦争なんて本当に嫌ですが、そういう方によって私達が恩恵を受けているんですね。松浦さんの言葉じゃないですけど、偶然なんてないんだと思いました。本当にいろんなことに感謝しなきゃ、と思います。
 ところで、クミンシード料理ですが、クミンシードは大好きです。カレーが大好きなので、パウダーにしろホールにしろ、よく使っています。
 〈私の好きなクミンシードを使った料理〉(というものではないですが)マンステールという、ウォッシュタイプのチーズがあるのですが、これをいただく時に、まぶして食べます。あと、ゆでジャガイモの上にこのチーズをスライスしたのをのせ、レンジでチンした上にクミンシードをまぶして食べるのもおいしいです。これは白ワインといただくのがおいしいです。
 みんな似たようなレシピですが、ロシュティ風のポテトです。材料・ジャガイモ3個・塩 小さじ 1・とろけるチーズ(ピザ風)50g ・溶かしバター ・タマネギ 1個・クミンシード適宜
 ジャガイモの皮をむき短冊に切って下ごしらえをして置く(3個のうち2個)。残りの1個はすり下ろす。短冊に切ったジャガイモは電子レンジで3〜4分チンする。チンしたジャガイモのあら熱が取れたらおろしたジャガイモと混ぜる。(小麦粉を適宜つなぎで使うこともある)
 みじん切りにした玉ねぎをバターと一緒に焦げないように透き通るまで炒める。
 下ごしらえしたジャガイモと塩を炒めた玉ねぎに加える。強めの火できつね色に焦げ目がつくまで焼きつける。レシュティの出来上がる寸前にチーズを加える。チーズが溶け出したらクミンシードをまぶす。 できあがり♪
 子どもが好きそうなメニューだと思います。それでは・・・。


完全粉とクミンのこと(1/28) 川内たみです。
 今朝 豆料理セットが届きました。完全粉が入っていますね。うれしいな。
 「たべものや」では チャパティは勿論、パンに、ケーキに、スコーンにと完全粉はなくてはならないものでした。
 なかでも私のお気に入りは、〈リンゴの簡単ケーキ〉。完全粉なしでは おいしさが半減してしまいます。
 分量も何となく3の倍数という感じだし、作り方も簡単なので、だれにでもおいしくできるのでご紹介します。

【材料】
薄力粉 100g完全粉  50g (粉あわせて150g)たまご  3個バター 150g三温糖  50g(椰子の花密糖でも)リンゴ  1個好みでレーズンなど。クルミなんかもいい。ベーキングパウダー 小さじ2くらいかな?(忘れてる。入れすぎないように。)
【作り方】
@ふるった粉とベーキングパウダー、砂糖をボールに入れてまぜあわせ、
Aそこへ卵を1個づつ混ぜながら入れ、溶かしバターを加えかき混ぜる。
B好きな大きさに切ったリンゴと好みでレーズンも加える。
Cバターを塗ったケーキ型に粉をふるって、中身を流し入れ、
D180度から200度のオーブンで40分くらい焼く。香ばしい匂いがしてきたら できあがり。


〈クミンサラダ〉それから、クミン。わたしはよくサラダに入れています。キャベツとか、大根サラダ、ニンジンサラダなどによく合うようです。クミンを、から煎りするか、オリーブオイルで炒めて、上からかけます。
 私がつくるドレッシングは、オイル、酢(私は穀物酢)ニンニク少々、塩(わ りと多め)のごく当たり前のものですが、なぜか、昭島一(!)というほど好評なのです。昭島(東京のはずれの小都市)というところが、信憑性があるでしょ?何の変哲もないのにと思いますが、カンホアの塩のせい?それもわりとしょっぱめに作るせいかな、と思っています。

 クミンをいれるとまたひと味違い、いくらでも食べられます。
 今夜は早速、レンズ豆のカレーとチャパティです。台所で連れ合いの10Bがつくっています。わたしも、これからいってサラダを作ります。では。

三輪さんの全粒粉など(1/31) 千晶です。
 たみさん、りえさん、ありがとうございます。たみさんの教えて下さったりんごケーキ、近々つくってみますね。三輪さんの全粒粉はとりわけおいしいのです。一般に市販されている全粒粉は、ふすまを少し減らしているそうですが、三輪さんのは、小麦そのままの割合で入っているし、小麦粉のうまさがよくわかります。チャパティにすると特に。
 たみさんが昭島一のドレッシングをつくるとき、そばで見てみたいです。先日、瀬戸さんが泊まりに来られたとき、二人で台所仕事して、愉快だった。〈大根と里芋のエコクッキング〉たくさんおでんをつくるときに、できた大根の皮で、瀬戸さんがきんぴらをつくってくれたのがおいしかったし、粕汁用に、里芋を切ってもらったのがおいしそうだったから、すこしとりわけて、フライパンで焼いてチーズをのせたり。料理の即興って楽しい。瀬戸さんが「わたしって天才!」と思うことがあると言ってました。気持ち分かります。たみさんも昭島一!ってきっと思う時があるんですね。
《後略》

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