タテ糸とヨコ糸の織りなすもの
[2013・08・31]



 以下の文章は、アルスシムラの2013年度第一期予科(水曜日クラス)の同期会で発行した小冊子、『水桜会』に寄稿したものです。

 私は長い間、タテ糸とヨコ糸を表すのに、どうして「縦」「横」の漢字ではなく「経」「緯」を用いるのか、不思議でならなかった。この間、アルスシムラで実際に機織りを体験したのを機に、改めて辞典を引いてみた。白川静『字訓』には、次のように記載されている。

 「たて(経・縦):上下や前後の方向で、直線的なものをいう。「立つ」と同根の語。方角では南北を経(たて)とし、東西を緯(よこ)とする。経(けい)は織機にたて糸をかけ、その下端に工字形の横木をまきつけた形。縦(じゅう)は二人相従う形で、縦列をなすこと。すなわち人の立ち従う意である。これを糸に及ぼして縦という。

 よこ(横・緯):縦と水平に交差する線。縦(たて―立つ)に対して「避(よ)く」の関係であるから、中心点の左右に外れてゆくことをいう。「横山」「横切る」のように接頭語的に用い、また外れる意から「横さま」「邪(よこしま)」の意となる。横(おう)は門のかんの木、しきりとする横木をいう。緯(い)は経(たていと)に対して、織機のよこいとをいう。」

 字書というのも、こうして読んでみると楽しい。本来タテ糸とヨコ糸には、それこそ経緯(けいい)の字を当てるのが正しいことがよく分かる。さらに、「立つ」の項を見ると、「立つ」を語根にして「縦(たて)」の関係→「正(ただ)し」:正常な状態、の語が派生したことが示唆されている。また、「避(よ)く)」→横縞(よこしま)→邪の派生と、まさに正邪、対になっていることが解説されている。

 私は整体を学んでいるが、経は腰の身体感覚、緯は肚(はら)のそれではないかとにらんでいる。四つ足動物であった人類が、立った、そこから人間の文化が生まれた、すなわち腰の垂直感覚と手――と、あえて言えば脳――の為せる技である。この〈腰〉こそが人間を人間たらしめていると言えるだろう。整経された経糸が張力をもって巻かれた織機に向かっていると、それこそ“腰が入る”感じがする。父性的なからだの感覚である。

 それに対して〈肚〉は、大地の、どこまでも続く海原(うなばら)の、水平感覚である。母なる地球・・・緯糸を通した杼(ひ)を手に持って経糸の間を滑らせていくと、肚がおおきくふくらんで、何だか鼻歌をうたいたくなる。リズムが生まれて、踊りだしそうだ。あまりに母がノリノリになると、時に厳格な父が“切れて”繋ぐのに往生するのだが。

 私は、同期13人の中で黒一点、孤軍奮闘していたのだから、ここで男性優位的なことを多少述べても許されるだろう。すなわち、男は立ってなんぼ、女は邪――逸脱にこそ、価値がある、と。 


 

 七月、七夕の日に父が亡くなった。葬儀の後、父の遺品を整理していると、祖父の着物と母が父のために縫った浴衣がでてきた。菓子商を営んでいた祖父は(母が言うには)趣味人で、踊りを習っていたらしい。私はおぼろげな記憶で、子どもの時に二度だけ会っている。残念ながら、祖父の形見は私には小さすぎた。

 私は父の着物姿を見たことがない(母は私が小学校三、四年生ころまで、普段着に着物を着て、洗い張りも家でしていた)。戦前、長野から単身で横須賀海軍工廠(こうしょう)に働きに来、予科練で終戦を迎え、戦後はアメリカ軍横須賀基地に勤めていた工員の父。戦争をはさんだ混乱の時代を生き抜き、子どもを育て上げた実直な人生だったといえよう。本は全く読まなかったが、なぜか朝日新聞を隅から隅まで目を通し、ラジオの英会話も聴いていた。そんな父にとって、“着物”はどんな意味を持っていたのだろう、と今になって思う。

 この夏、父の浴衣を持ち帰って着ていた。人は、目に見える――形に残された人生とは別に、目に見えない欲求、願望、祈りといったようなものを抱えて生きているのではないか。むしろ、その方が、客観的なものよりも当人にとっては大事というか、切実ではないだろうか。着物になぞらえて、経糸を残された足跡、緯糸をうつろいやがては消えてゆく、こころや感覚的なものに譬えてみるのも、面白いかもしれない。

 寡黙な父であった。息子にとって父は、永遠の“謎”かもしれない。親父は、どう生きたかったんだろう、どう生きられて、どう生きられなかったんだろう――そんな対話を、浴衣に袖をとおしながら繰り返している。



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