2016/09/01  by 高柳無々々
 


(1)もやしに、生命の樹を想う (2)「め!」と、母は子を叱る (3)青い地球、青い身体
(4)ゲゲゲの鬼太郎と、『古事記』 (5)こころは、何処(いづこ)に? (6)感覚の理(ことわり=事割り)


(1)もやしに、生命の樹を想う

 人間の嗜好、特に食べものの好みは、ひょんなことから変わるのかもしれない。
 去年の春、胸をわずらって一月半入院して手術をしたあと、それまで特に好きでもなかった生野菜を、食べたくなった。はじめはスーパーで買ったレタスや豆苗(とうみょう=えんどうの苗)を食べていたが、どうにもものたりない。そこで、以前チャレンジして三日坊主に終わっていたスプラウトキットをとりだして、もやし作りに再挑戦してみた。

 アルファルファやマスタードなど、ひととおり試してみると、それなりにできるのだが、やはり小さいせいかどうも食べごたえがない。ウチは豆屋じゃないか!と思い出して、豆もやしを試みてみた。国産の豆、外国の豆、何種類かもやしにしてみて、ムング豆が比較的短期間にでき、カビなどの失敗も少なく、食べてもおいしいことが分かった。スーパーで普通に売っている緑豆もやしである。

 シャキシャキっとしたもやしに亜麻仁油をかけたり、マヨネーズで和えたり、ラーメンに入れたりというのが日課になった。そんなある日、ふと、このもやしは豆が生長しておおきくなり、実をむすんでまた種を産んでいく、そのサイクルを、自分が食べてしまうことによって「たって」しまうんだな、という想いがよぎった。

 そんなことは知識としてはもっていたが、何も気にとめることなく、食べていた。不思議な感慨というか感覚だった――。

 「たつ」という言葉(単語)を聞いて、何を思い浮かべるだろう。私たちは、どうしても漢字を通してしか、イメージできないのではないだろうか。しかし、漢字を知る以前の(つまり、中国文化の博物学的な命名法で細分化される以前の)断つ、絶つ、裁つ、そして立つで表される語群には、共通した身体感覚が通奏低音として聞きとれるように思う。

 飛躍するようだが、私にはそれは、人間(人類)が二本足で立ったことの哀しみのような気がしてならないのだ。もちろんそこには、赤ちゃんが初めてつかまりだちして独りで立った時の“どや顔”に象徴される喜びもまた、存在するのだが。他の生き物は、つなぐことだけを使命にして、本能で生きてゆく。なぜ人間だけが、「たって」しまったのだろう・・・。

   ※

 立つことによって「こし」の感覚が生まれ、同時に「はら」の感覚も誕生したのでは、と思う。動物にも腰椎と腹部は存在するが、はらこしは人間特有の感覚といえないだろうか。こしは「立つ」→タテ、はらは「寝る」→ヨコ、そして股関節と肩胛骨を筋交いの×でつなぐ「ナナメ」が、基本的な三つの身体感覚に位置づけられる。

 ・[感覚の理] こし・はら

 あえていえば、こしは父性的・男性的であり、はらは母性的・女性的である。感覚としての両性具有が、日本文化(言葉や衣食住などのありよう)の特色の一つに数えられるのではないだろうか。たとえば着物には、洋服にみられるような――男はズボン、女はスカート――男女の別はない。ということは、洋風化した現代日本人にとって、男は自らの女性性(はらの感覚)を、女は男性性(こしの感覚)を育むことが、それぞれの課題ではないかと私は思う。

 また、もう一つの課題に、ななめの感覚への目配りがあげられる。私は着物をきるときに「貝の口」という帯の締め方をしているが、帯を横に巻く→垂れ(帯の元の方)と手(先の方)を上下に締める→最後に斜めに一重むすびをする。このななめが生きるかどうかで、手とこしがつながるか、それとも“小手先”で終わるかの分かれ道になる。

 たすきがけもななめそのものだし、江戸時代までのいわゆる「なんば歩き」(同側の手足が前に出ると言われている)も同じ原理で説明できると思う。

 私は人間の身体を、バイオリンのような弦楽器に喩えて説明することがよくある。器そのものは肉体、そこに張られた弦がこし、紡ぎ出される音がはら、ななめはこしと手をつなぐ弓である。そして奏者は、私たちの生きる意欲にほかならない。


(2)「め!」と、母は子を叱る

 「稽古の眼目(がんもく)は、真面目に生きるためです。真(真理・真実)に面する目を持つこと」。

 ある日の稽古でそう語ったあと、休憩時間に一人の参加者から、「真面目には目が三つありますね」と黒板を指さして言われた。う〜〜ん、なるほど。第一の目は、肉眼。それでは、第二の目は?

 水棲昆虫のみずすましには、目が四つあるという。実際には二つの目が上下で仕切られていて、上の目で水面からうえの、下の目で水中の、それぞれ外敵から身を守り、餌を物色するのだそうな。人間にはそんな芸当はできないので、意識的に目をつくる(鍛える)しかない。

 心眼である。

 ・[感覚の論] 『五輪書(ごりんのしょ)』(宮本武蔵)・『人生について』&『学生との対話』(小林秀雄)
 ・[感覚の技] 心眼

 稽古では目(肉眼)を閉じて、からだの内を観る(この作業を内観という)。心眼を育む集注の鍛錬である。このような稽古を続けていれば、日常的に開眼している時でも、肉眼ではもの(者/物/霊)を物質的・部分的にとらえつつ、心眼で感覚的・全体的にとらえる、すなわちものを真に(総合的に)把握できるようになるのではないか、と期している。

 目は心の窓、いいかえればその人の全人格を表す集注の表現といってよい。視覚が絶対的な感覚になってしまった現代人にあって、ガラスのような無機質の目ではなく、深い湖の底のような澄んだ目――心眼に裏打ちされた肉眼をもつのは難しい。からだを僕(しもべ)あつかいしている唯脳が、第一の臣下である目を手放そうとしないからである。

 肉眼から心眼を引き離すためには、呼吸とはらを用いる。下腹でおおきく息を吸い→ゆっくりと吐く腹式呼吸を意識的に行いつつ、はらの回転(間和(まわ)る)力とリンクさせれば、息の流れにのって、内なる目がからだの中を上下する。基本的に、息を吸う時は呼吸に集注し、息を吐きながら内観(&肉体の動作)を行う。吸気を意識的に行えば、呼気の時に心眼が他に向いていても、はらは慣性でまわってゆく。

 目と息と間和(まわ)るはらは、内観の時だけでなく、およそ表現に際して――意識的であるかどうかはべつにして――三位一体の役割をもつといえよう。

 ・[感覚の論] 『整体入門』(野口晴哉
 ・[感覚の技] 呼吸

  ※

 私の家の前は、一方通行と一方通行の小路が少しずれてまじわる変則的な十字路になっている。十三年前に越してきた当時は、車と自転車がぶつかって救急車をよぶ事故に何度か遭遇した。そこで警察と市の土木事務所にかけあって、カーブミラーを二カ所にとりつけてもらった。それ以来、肝を冷やすような事故は起きていない。

 私は心眼とは、このカーブミラーのようなものではないかと思っている。つまり、なければないでそれにこしたことはない(誰もが気をつけていれば、事故など起きない)。ただ、現状では、私たちの心の眼がくもってしまったために――それは何故か?というのも一つの課題――便宜的にミラーの助けを借りる=意識的に心眼を作る必要に迫られている。稽古の場で意識して、意識して、やがて常の場でも意識せずともそのように見えるようになるために。

 身が覚える(=意識による無意識化)というのは、およそ稽古の常道であろう。

 最後に、それでは失明した人はどのように〈世界〉とつながるのか?という疑問がうかぶ。そのような問いには、視覚のみならず聴覚も失った福島智(ふくしま・さとし) 東京大学教授が、『ぼくの命は言葉とともにある』(致知出版社)で自身の体験を語っている。私はこの本を読んで、安易に不立文字(ふりゅうもんじ)などとは語るまい、と肝に銘じた。


(3)青い地球、青い身体


 腰で立つことによって手が自由になり脳が発達して、人間(人類)は前へ(科学による進歩)と、上へ(母なる地球の束縛=重力からの逸脱)という欲望を抱いた。抱いてしまった、原罪のように・・・。

 「地球は青かった」とは、初めて地球を客体視した宇宙飛行士・ガガーリンの言葉であるが、青いのは海であろうか?常識的にはそうだろうが、私は――感覚的には――今を生きる人間たちの生命の炎ではないか、と思う。

 「青い」という形容詞を詩(心象風景のスケッチ)で多用した宮沢賢治に限らず、数多くの色の中で、青ほど人間の心情を表す言葉もないのではないだろうか。例えば、漂泊の歌人は詠う。

  「白鳥(しらとり)はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ」(若山牧水『海の声』)

 漢字学者・白川静(しらかわ・しずか)によれば、「(青は)古くは黒から白までの中間の暗をいい」(『字訓』普及版p.55 平凡社)とある。確かに、目を閉じて心眼でからだを内観すると、白い(明るい)〈表〉と、黒い(暗い)〈裏〉、さらにどちらともいえない灰色の間(あわい)に見分けられる(注 いずれもカラーとしての色彩ではなく、また三者は常に揺れ動いていることに留意)。

 他者との関係でいえば、この白く見える〈表〉という感覚世界は、“こ”(個)という言葉で言い表される関係性の原因でもあれば結果でもあり、黒く見える〈裏〉は“わ”(和)という言葉の原因 and 結果である。さらに抽象化すれば、前者は生、後者は死(ただし個体の死を意味するのではなく、生と死をともに育む母胎としての“大いなる生”)と置きかえられるだろう。すると、生と死の狭間(はざま)を表徴する青の領域とは、「風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける」と宮沢賢治が書いた、私たちの日々の営みそのものと重なる。

 ・[感覚の理] 〈裏〉・〈表〉

 この青い〈世界〉こそ、生物(いきもの)としての人間の生(なま)が“現れる”間(ま)=場に他ならない。ひっきょう人間の人生とは、間に“現れる”を“表わす”活動であり、それが使命(つとめ)ともいえるだろう。

 ・[感覚の技] 現れる・表わす

 ただし、生魚(なまざかな)が嫌われるように、生に対する批判もとうぜん存在する。テレビドラマ演出家・佐々木昭一郎氏は次のように書いている。
 
 「まず、自分がいる。その自分の一種時相的な記憶から、心的原風景と言われるようなものを引っぱり出してくる。しかし、その段階ではまだナマなんです。そのままでは“表現”にならない。それを自分の中から一度取り出して、眺める。真実になるかどうか。」(『創るということ』p.21 宝島社)

 いわゆる創作(=作品を創造する)を企図しているのならば、佐々木氏が述べているとおりかもしれない。しかし敢えていえば私は、腐りもしない造花をアレンジしただけの「芸術」作品よりも、私の身の間和(まわ)りで――たとえ〈世界〉の片隅の、一瞬の出来事で終わるにしても――生(ナマ)が現れることに感動と価値を見出している。

 とはいっても、生腐れは避けたい。そのためには、日々新た、一日わずかな時間でも、鍛錬にはげむしかない。からだとことばを育む会で行っているタテ・ヨコ・ナナメの鍛錬法を、以下にご紹介します。

 ・[感覚の技] しまるゆるむ、達磨さん

 
(4)ゲゲゲの鬼太郎と、『古事記』

 漫画家・水木しげる(みずき・しげる)が戦争体験を記した『水木しげるの娘に語るお父さんの戦記』 (河出文庫) を読むと、ニューギニアの戦地で九死に一生をえたのがたぐいまれなからだの感覚のたまものであったことがうかがえる(左腕は失ってしまったが)。妖怪=霊(もの)の世界を漫画に描くことができたのは、彼の想像力&創造力が豊かであっただけでなく、この“身体力”が下地にあったのでは、と思われる。

 私は水木の代表作『ゲゲゲの鬼太郎』に親しんだ世代の一人であるが、からだの感覚と心眼について考えるようになってから、主人公の妖怪・鬼太郎小年の“目”が気になってきた。というのは、彼の片目は目玉おやじと呼ばれている父親なのである。なぜ、目玉おやじは左目なのか?

 ・[感覚の論] 『水木しげるの鬼太郎大百科』(水木しげる)・『古事記』(倉野憲司校注)・『アイヌの結婚式』(民族文化映像研究所)

 肉体とからだの感覚の関係において、右と左というキー概念がある。これは、利き手の右・左に関係なく、頭部をのぞく右半身が〈表出〉を、左半身が〈受容〉を表すと捉えるものである。例えば、右手で握手し、左手で胸をなで下ろす。「さようなら」を、なぜ「左様なら」という漢字を当てたか、というように。原則として、右半身では感覚のベクトルが自己(内)から他者(外)に向かい、左半身では逆に他者(外)から自己(内)に向かう。〈表〉と〈裏〉でいえば、右=〈表〉、左=〈裏〉の図式がなりたつ。

 目の場合は、左右が逆になる。左脳:論理的/右脳:感覚的といわれるように、左目が太陽に象徴される〈表〉/右目が月の〈裏〉になって首でクロスし、肩から下の半身とむすばれている。目玉おやじは普段は鬼太郎の左の眼窩(がんか)でやすらいでいるが、いったん火急の事態になれば“外に出て”鬼太郎に打開の知恵を授ける、メンター的な存在となる。究極の自己相対化といえよう。右目では、こうはなるまい。

 突拍子もないようだが、私は「真面目」の第三の目とは、目玉おやじを左目にもつことではないか、と思うようになった。能の大成者・世阿弥(ぜあみ)が称した「離見(りけん)の見」、すなわち離眼(りがん)である。

 ・[感覚の論] 『花鏡(かきょう)』(世阿弥)・『眼が人を変える』(田村知則+小林信也)
 ・[感覚の技] 離眼

 肉眼という生物的な条件を課せられつつ(ながらも)、心眼、さらには離眼を身につけるのが――容易な道ではないが――人間の成熟=自己客体化ということではないか、と今は考えている。


(5)こころは、何処(いづこ)に?

 私は整体の講習会に通っていた頃、ひとつの疑問を感じていた。それは、“こころ”についてである。心はどこに在るのか?心をどのように扱ったらよいのか?

 整体にかぎらず、武道や芸道、座禅などでは、無心や天心ということがよくいわれる。だが、悲しいかな、凡夫にとっては、その入り口がかぎりなく遠い。一瞬おとずれる“それらしいもの”を、持続させることが、肝要なのだろうか?どうも違うのではないか、と私は思うようになった。

 仏教で釈迦が説いたという八正道(はっしょうどう)の第一にあげられている正見(しょうけん)ではないが、字義どおり正しく“見る”ことが大切なのではないだろうか。心を無くそうと努めるのではなく、いま・ここを生きる己(おのれ)の心を、内なる目で観察すること。それが自己を知り、人間を知り、〈世界〉を知る自覚(自ずからなる覚り)への、第一歩ではないだろうか、と。

  ※

 大仰(おおぎょう)なようだが、一元二相三心論というものを考えてみた。

 はじめに、一(いち)ありき。何かよくわからないが、「お元気ですか」というときの、元(もと)である。雀鬼・桜井章一(さくらい・しょういち)氏は、からだの感覚は元まで遡(さかのぼ)れることを示唆している。

 ・[感覚の論] 『みっともない男にならない生き方』(桜井章一)

 一元が、何故か分からないが、二つに分かれて〈表〉と〈裏〉になった。この二相論は、それはそれで人間や〈世界〉を理解するうえで役に立つハサミ(陰陽的な二元論)になるだろうが、何とも割り切れないのが、この世の実相だろう。白黒つけられない代表が、私たちの“こころ”である。

 整体には、はらを三分割して捉えた、虚(きょ)・冲(ちゅう)・実(じつ)という概念がある。上から順に、はらのその一)気、その二)息、その三)力の感覚世界を、抽象化した表現である。虚とはなにか、冲とは、実とは?――は、実際に体験してみるしかないが、私は、この虚・冲・実を、頭部の上心(じょうしん)・胸部の中心(ちゅうしん)・腹部の下心(かしん)という三つの芯と相似形で捉えてみたらどうか、と思うようになった。そうすれば、二元論では行き場にこまるこころを可視化して(心眼で観ることができるようになって)、自己理解・人間理解に一歩近づけるのではないか、と。 

 ・[感覚の理] 三つの心

 ただ、上心の意(いしき)の世界は目に見えず――「眼、まなこを見ぬ所を覚えて」(世阿弥『花鏡』)――、また下心の∞(フシギ)の世界も――生(ナマ)という、形象を超えているがゆえに――目ではとらえきれない。どちらのこころも、中心の底面にある水鏡(漢字の「冲」は、湖や海の沖合をさす)に映る“かげ”を、とらえられるばかりである。

 ・[感覚の論] 『兵法家伝書(へいほうかでんしょ)』(柳生宗矩)
 
 こころの水は、とどまるところを知らない。この流れを、どう律したらよいのか?江戸時代の二宮尊徳(にのみや・そんとく)は、水車になぞらえての道を説いた。曰(いわ)く、流れのままに下ってゆく=自然にそった暮らしを願うのも人間の真実なら、流れに反して=自然を超克して立ち上がろうと欲するのも人間の真実であろう。ならば、間(あいだ)をとって、「中庸」(ちゅうよう)を生きよ、と。

 ・[感覚の論] 『二宮翁夜話(にのみやおうやわ) 』(福住正兄筆記)

 人の間(ま)と書いて、人間(にんげん)と読ませる。では、間はどこに在るのか?新聞の投書欄によく見られるように――「人は一人では生きてゆけないのだからウンヌン」――自己と他者のあいだに存在するだけでなく、何よりもこの身内(しんない)に、こころ(中心)の水として、在るのではないだろうか。

  ※

 「ゆく河のながれはたえずして・・・」と鴨長明(かもの・ちょうめい)が『方丈記』(ほうじょうき)に記した鴨川べりにしゃがみこむ。淵に目をやれば、うたかたが生まれて消えてゆく。人生を思う。生と死に、想いをはせる。

 宇宙の生>地球の生>生命の生>人類の生>私の生>間<私の死<人類の死<生命の死<地球の死<宇宙の死

 束の間、〈裏〉と〈表〉の狭間(はざま)でゆれうごきながら、私は日々、生きてゆく。私の心は、さだまるところがない。夫婦げんかをしてはイライラと波が立ち、自我が落ち込むと渦のように穴があく。時折、おだやかな水面(みなも)がおとずれる瞬間もあるが・・・。

 心とは?――たとえ感覚として捉えられたとしても、果てしない問いは残る。


(6)感覚の理(ことわり=事割り)

南方曼陀羅(みなかたまんだら)

博物学者・南方熊楠(みなかた・くまぐす)が真言宗僧侶・土宜法龍(どき・ほうりゅう)に宛てた書簡に描かれていた絵


 【1】〈裏〉と〈表〉の調和(わをととのえる)が美を生む

  ・[感覚の論] 『風姿花伝(ふうしかでん)』(世阿弥)

 肉体とからだの感覚の関係は、基本的に前者が〈表〉・後者が〈裏〉にあたる。そのため、行動する(体を動かす)際には、原則として心眼+〈裏〉の息づかい&はらの間和りで臨む。肉眼=〈表〉は前を向いているので、心眼のスタンダードな位置は胸において後を見るようにする。

 また、肉体が〈裏〉のベクトル(下へ、後へ、内へ閉じる)で動く時は、感覚を〈表〉にきりかえて調和をはかる。

 ただし、肉体を唯脳が操作できるものと疑わない現代人には、いきなりの表裏調和は難しい。そこで稽古では、ワンステップおいて、肉体〈表〉と感覚〈表〉の同調を間にはさむとよい。例えば、能のすり足で前に進む場合、@肉体の形に留意・〈表〉 only →A肉体〈表〉と感覚〈表〉の同調(誇張された美:例えば、歌舞伎)→B肉体〈表〉と感覚〈裏〉の反調(抑制された美:例えば、能)、というふうに段階を踏んでいく。

  私たちが社会生活を営むうえでも、〈裏〉(=即自、自分自身であろうとする欲求)と〈表〉(=対他、他者に応えようとする欲求)の平衡感覚は欠かせない。念のために、あくまでも「裏打ち」された表、「裏付け」られた表現が肝腎(キモ)であるが。


 【2】序(じょ)・破(は)・急(きゅう)の三段階をふむ(とよい)

 他者に手を当てる時――ただ触れるだけでなく、他者を心身ともに賦活(ふかつ)しようと願う時、序・破・急の三段階を踏む必要がある。

 序とは、受容である。己に他者を受け容れなければ、何事も始まらない。ただ、この段階にとどまってしまえば、“癒し”で終わってしまう(癒しには“賤しい”半面がともなうので、要注意)。他者の心身を揺り動かすには、座禅ではないが、「喝!」(かつ)を与える必要がある。それが、破:受容→表出への一瞬の転換=からだの感覚の〈裏〉→〈表〉への瞬時の切替である。最後に、急:表出となって、他者は――理想的にゆけば――独り立つ。

 整体の創始者・野口晴哉(のぐち・はるちか)は、操法(そうほう=手を当てること)について、「焦点をずらす」という表現を用いて次のように述べている。(注 「焦点」とは、他者との間に感応が生じた時に、自己の身内に現れる感覚の集注点のこと。この集注点は、〈序〉の段階が十分にクリアーされていれば、他者の“存在の根拠・元点”とでも呼ぶべき一点となる)
 
 ・[感覚の論] 『操法の技術』(野口晴哉

 序・破・急の三段階は、私たちの日常の表現活動でも意義をもつだろう。まず“現れる”を受容し、“表わす”に転換して表出すること。なぜなら、私たちは常に、もの(者/物/霊)がおりなす〈世界〉に触れて―〈世界〉と振れているのだから。

 ・[感覚の技] 序・破・急

 この三つの段階では、実は序が最も難しいかもしれない。というのも、このステップを踏み外すと(=自己相対化が不十分だと)、間(ま)が魔を産んで、疎外された唯脳(自我)がモンスターになって狂うおそれ、なきにしもあらず、だからである。

 ・[感覚の理] 序の三段階 


 【3】三点をむずぶ三角形が、間=真(ま)を生む

 京都には、“一見(いちげん)さんお断り”の慣習(?)がある。私も何度か初対面の人に頼み事をしてやんわりと断られた経験がある。紹介者を間に立てれば、なんのことはない、スムーズにすすむのだが。越してきて間もない頃はブツブツ文句を言っていた私であるが、住みつづけるうちに、「千年の都」の人間観察の知恵が宿っているのでは、と思い直した。京都人らしい、程良い距離のとりかたである。

 すなわち、A・B二点をむすぶだけでは直線しか描けず、ぬきさしならない関係になってしまう。そこに第三者のCが介在することによって三点に平面(三角形)の関係性が生まれて、間(ま)が保たれる。間は真につうじる。

 私はこの人間関係の持ち方は、身体感覚からきているのではないかという仮説を立てている。肉眼で見ただけではもの(者/物/霊)との間に直線的関係しかもてないが、心眼を用いることによって、対象との間に三角形が生まれ、そこに真なるものが現れるのではないか、と。

 例えば、松尾芭蕉『おくのほそ道』の「閑(しづか)さや・・・」の句。常識的には、蝉の声は――目(肉眼)では――岩にしみ入るのが見えない。また、「こころにしみ入る」と詠うのでは、面白みがない。そこで岩に心眼を向けることによって真の三角形が現れ、うつせみ(の声)とわたくし(の心)の間に感応が生じて、余韻が味わえる。

 ・[感覚の理] 三角の真
 
 この三角の理を応用し、身内の中心・下心ともの(対象)との間に三角形を描けば、二つのことが可能になる(私は常にこころがけている)。一つは――例えば絵画鑑賞などの際に――からだにどのような感覚が生まれるか、楽しめるようになること。もう一つは――特に他者に手を当てる際に――感覚の集注点を転換できるようになることである。

 ・[感覚の技] 三角の真

  ※

 それにしてもからだの感覚には、“三”のつくものが、何とおおいことだろう。三目、三心、三段階・・・。まことに、イギリスの詩人・オーデンが「謎」という詩で詠ったとおりである。

   「われわれの認識の最後はこういうことだ――
   存在のみで充分だ、
   動物の孤独であれ、愛の戯れであれ、
   生きとし生けるすべてのものは
   おんなと男と赤ん坊です。」(深瀬基寛訳『オーデン詩集』せりか書房 pp.104-105)


 【4】感覚が母胎となって文化(言葉や、衣食住のありよう)を創る。感覚を言語化することによって、文化は豊かになる

 私たちは、この風土の制約の下に、可能性をきりひらいて共同体(文化)を築きあげてきた。私は、下流から源流に遡ることを通して、日本文化を再興したい。そのための手懸かりは、ひとつひとつの言葉の“感覚の根拠”を――からだで――探求することと、衣食住の第一にあげられている衣を実践すること、すなわち日常着として着物をきることにあるのではないか、とふんでいる。

  ※

 江戸時代には、灰色(鼠色)が、百種類もあったという。今私たちは、パソコンで容易に数多くの色を合成できるが、それらは“からだで感じた色”であろうか。

 言葉は、言の葉(端)と解されているが、私は――何の根拠もなく――「事場」ではないか、と思っている。もの(者/物/霊)とものがふれあいまじるときにおこる事、その現場が間(ま)であるとする。間は、私の外だけでなく内にもあり、事に触発されて下心(かしん)に生まれた音声/感覚と、上心(じょうしん)が産んだ文字/記号が、中心の場で一つになって、言葉が誕生する・・・。

 記号を連ねた言葉には情感が欠け、感覚が噴き上げる言葉には理性が耳ふさぐ。大切なのは、ここでも〈裏〉と〈表〉の拮抗である。そのような力ある言葉の(再)創造こそ、社会に対する訴求力をもつものと私は信じて疑わない。
 

 【5】感覚の共有は、民主主義の礎(いしずえ)である

 昨年(2015年)秋、SEALD's 関西の若者をゲストに、〈対話カフェ i-think〉を催したことがある。「戦争法案に対して賛成の人と、対話が成立するかどうか、疑問なのですが」という投げかけに対して、あるメンバーが「私なら、自説を主張するのではなく、『あなたはなぜそう思うの』と、聞き返すようにしている」と答えていた。

 思考の問いかけ、それも対話の重要なメソッドだろう。ただ、「思う」には――それこそ身体性を全く欠いた――「観念」が主体をむしばみ食い破ってしまうケースもままあるので、要注意である。私自身は――できているかどうか全くこころもとないが――「どう感じているのか」という感覚の問いかけも大切ではないか、と考えている。

 というのも、からだの感覚が深まると、生命感覚にゆきつくからである。すなわち、私の中に、他者がいる、この私の右腕は、彼・彼女の腕かもしれない、という感覚・・・。私たちの肉体も、知能も、不平等であるが、生(と死)は誰にも公平に与えられている(誰もが生きられない現実がこの世にあるという事を認めたうえで)。生命感覚こそ、民主主義と平和の礎(いしずえ)であると、私は心底、思う。


【6】人間の究極の(根元的な)表現活動は、祈りである。

 最近、乳酸菌のサプリメントの広告で、「腸内フローラ」という言葉をよく見かけるようになった。いわく、人間の腸内にお花畑のように群生している細菌たちが、健康に大きな役割を果たしているそうな。確かに、私も昨年、三ヶ月近く抗生剤を飲み続けて下痢しやすくなり、このままでは腹に力がなくなってアウトになるのでは、と感じたことがある。

 分子生物学者の福岡伸一氏は、その著『動的平衡』(木楽舎)の中で、「人間は考える管である」と題して、次のように述べている。

 「消化管神経回路網をリトル・ブレインと呼ぶ学者もいる。しかし、それは脳と比べても全然リトルではないほど大がかりなシステムなのだ。私たちはひょっとすると、この菅で考えているかもしれないのである。」(p.74)

 私はさらにすすめて、はらは内なる宇宙(「私」を超えた大いなる世界)ではないかと感じている。古(いにしえ)は人類の共通感覚であったろうものが、今では精神分析の無意識とか元型意識という名の“お蔵入り”してしまっているが。

 ・[感覚の論] 『琉球秘伝・女踊りと武の神髄』(宮城隼夫)・『日本語の深層』(木村紀子)

 長崎の平和祈念像は、右手を垂直に、左手を水平に保って座している。祈りにおいて、人の現れる・表わすは、一つのものになる。

長崎・平和祈念像




[からだとことばを育む会・INDEX]