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2026/09/05 [土] なぜ、石原吉郎なのか
奈良の電車の中で、読み返している。彼との共通点、一)言葉を失ったこと、二)沈黙の時期に「日記」を全て焼却したこと、三)回復期に詩を書き始めたこと。
石原は、なぜ「告発」と「被害者意識」を否定したのか? また、「加害者意識」に触れた文章がないが、どう考えていたのか?
今日の菜芭は、痰で苦しい、というのではなく、くやしい+かなしいが入り混じった表情をした。思い出すたびに、せつなくなるが、これもからだが思うように動かないのを―回復してきた―意識で捉えられるようになった、一つの過程だろうか。
2026/09/04 [金] 初秋
こおろぎの鳴き声が、こころに響く。今日は私が午前中に病院の「入退院センター」に話に行き、千晶が午後、面会に行った。初めて言語聴覚士のリハビリがあり、立ち会わせてもらったら、菜芭は咳払いができたという。
2026/09/03 [木] 菜芭、転院後日
昨夜、千晶から聞いていたとおり、菜芭は元気だった。もし体調が少しでも悪化していたら、「この落とし前、どうつけてもらいまひょか」と啖呵を(たんか)を切って怒鳴り込んでいたかもしれないが。
ただ、感情表現が弱かったのが気にかかった。
2026/09/02 [水] 菜芭、転院当日
漫画チックな展開。朝八時に医大病院へ。民間救急車で大原病院へ移送。入院手続きを終えて、しばらく待っていたら、医師から「受け入れ不可」と宣告される。
理由は、多動による拘束と意志疎通の困難。二病院間で認識の齟齬があったのか?とりあえず一泊も認められずに、病院の手配した介護タクシーで再び医大病院に向かう(千晶が付添)。
菜芭は一日、飲まず食わずでこの大旅行に耐えたという。
2026/09/01 [火] 菜芭、転院前日
特にかわった様子もなく、三人で過ごす。
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