[高柳無々々.com・TOP]


  
  2025/07/15 [火]   西田昌司の落選祈願


 ご近所の農家&八百屋の佐伯さんで、トマトを買う。参議院議員選挙の話題になって、ご夫婦と共通認識は――「西田落選、京都選挙区は維新と共産党の倉林氏で」だった(れいわ新撰組のサポーターとしては西郷南海子氏の当選を期したいが、現実的には可能性がないので、「西田&維新」のワーストを避けるために、倉林氏を選択)。

 北陸新幹線の京都延長プロジェクトで自民党の座長を務め、沖縄の「ひめゆり」問題で歴史改竄主義の発言を行ったあの国家主義者を、再び永田町に送るな!


  2025/07/14 [月]   左手の使い方


 MLBの解説で、武田一浩氏が大谷翔平投手を評した際に、「(グローブをはめた)左手の使い方が上手になれば、コントロールが更によくなる」と――右投手の場合の一般論として――述べていた。なるほどネ。

 整体の先生が、「役者の上手下手は、左手の使い方で分かる」と言っていたことを思い出した。〈からだとことばを育む会〉の稽古でも、他者に手をあてる時に、漫然と右手でふれるのではなく(この時、左手は遊んでしまう)、左手に右手を重ねて or 右手に左手を重ねてあてるかで、気の質(結果的に感応力)が異なってくるのではないだろうか。検証の要あり。
 
 ※
 
 来週、千晶が大腸内視鏡検査を受けることになった。ポリープが見つかれば、その場で切除するという。何事もなければよいが。


  2025/07/13 [日]   今日の一日


 朝、薄曇りで日射しがきつくなく、胸もしんどくなかったので――夜、眠っていた間にたまった痰が多いと、重苦しくなる――北野天満宮までウオーキング。七夕飾りの短冊に目を向ける。参道の何カ所かで、霧のミスト。木立では、熊蝉のシャワー。

 午後は、〈からだとことばを育む会〉のTOPページとチラシを書きかえる―“人を見て法を説け”の難しさ。夕方、地湧社から献本が来ていたので、読書、長澤靖浩著『十三分間、死んで戻ってきました』。臨死体験とその後の高次脳機能障碍の記録。
 
 何か、ものたりない―脳梗塞を患った塩見三省氏の『歌うように伝えたい』(ちくま文庫)とくらべると。作者は、飾っている? 次の読書への繋がり:ウイリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相』(岩波文庫)&島薗進『死生観を問う 万葉集から金子みすずへ』(朝日選書)。


  2025/07/12 [土]   夢幻能?


 朝方、夢を見た。ミーティングの場、横須賀でフィリピンの支援運動を共にしたKさんや今は亡きK牧師、女性のRさんその他の面々が、テーブルを囲んでいる。

 少し離れたところに座っていた京都のG和尚に促されて、僕が青年に踊ってみせる・・・目覚めて、ベッドの上で―活元のように―踊りつづけた。夢と現(うつつ)が地続きだった。夢幻能とは、本来、このようなものだったのだろうか。

 ※
 
 稽古会、参加者一名。七夕の書の稽古。Tさんは「うちをみる」、私は「突き抜ける」。


  2025/07/11 [金]   ドミニク・チェン著『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』(新潮文庫)


 読み始める―著者の子育て記録(?)とあいまって言葉や人間関係論が展開されるので、読みやすい。好感がもてる。

 鶴見俊輔の言葉「自分を語れ」を思いおこす。思想は、日常生活に源泉あり。


  2025/07/10 [木]   枝元さんからの伝言


 『THE BIG ISSUE』VOL.504 2025/06/01号 特別企画〈喜びと誇り、枝元なほみを偲ぶ〉より――

 日本の食の未来について希望をもつために、今、枝元さんが考えていることは?

 食べ物や水や空気や地球環境。私たち、やっぱり自然に生かされてる。どれひとつ取っても、人が生きていく上で絶対に必要なもの、みんなのもの。地球上に生きているすべての生き物がともに生きていくために必要な、大事にすべきもの。誰かが自分の利益のために他者を犠牲にして利用していいものなんかじゃ、絶対にない。
 
 今この進むべき方向を見誤ったままでいると本当にヤバい、っていうところまで来ちゃっていると思うんです。未来を生きる人たちへ「ちゃんとした食べ物と平和を受け渡す役目をまっとうしなくちゃ」って強く思うんです。


  2025/07/09 [水]   不自由非民主党のポスター


 「経世済民が私たちの使命 日本を取り戻す」―ウソでしょ、「対米従属が私たちの使命 日本を売り渡す」。

 ※
 
 夏風邪か、喉と胸が痛い。


  2025/07/08 [火]   稽古会


 参加者一名。恒例の七夕の書。今回は、一)柏手を打ってこころに刻んだ「使命」を書く、二)ひらがなオンリーではなく漢字まじりでもOK.

 Hさんは「波にのる」、私は「小じを大じに」――小事、大事と始めは「事」と漢字で書いてみたが、おさまりがわるく平仮名に替えた。漢字と仮名を交えて書くのは難しい。


  2025/07/07 [月]   七夕


 親父が亡くなって十年。北野天満宮で飾られている七夕の笹飾りを見に行こうと思ったが・・・朝から熱波で、断念。

 日中、京都は38℃。夏バテ気味。


  2025/07/06 [日]   又の名を


 無々々の名前の由来は?と聞かれて、今まではハローワークでのエピソード、「資格無し、特技無し、免許無し」――の履歴書を見て、職員が「う〜む」と唸った――と語ってきた。

 が、新たに、というわけではないが、先日知り合った英国人のアレンさんには、「No profit, No popularity, No pride」と説明して、受けた。日本語に訳すと、

 利に貪(どん)せず
 名に慢(おご)れず
 己に執(しっ)せず
 
 ※
 
 ゲストハウスのゲッキツの葉(や、鉢のまわり)がべとべとするのは、何か分泌物でも出してるのかと思ってwebで調べると、かいがらむしやあぶらむしのせい(うんこやおしっこ)だった!
 
 風通しが悪かったのが原因か、と判断して、しばらく外に出し、剪定したうえで毎日シャワーを浴びせることにした。これで彼らが去ってくれればいいのだけれど(殺虫剤は、できるだけ使いたくない)。


  2025/07/05 [土]   「発酵するSNS」


 朝日新聞・朝刊、オピニオン&フォーラム〈SNS 対話の未来は〉 情報学研究者ドミニク・チェン氏のインタビューより一部抜粋。

 ――これからSNSはどこへ向かうと思いますか。

 「一言でいえば、『発酵するSNS』が必要だと思います。『バズり』という言葉が象徴するような、反射神経や一瞬の爆発で情報が広がるのではなく、じわりじわりと、継続や蓄積が価値を帯びていくイメージです」

 「私は、情報テクノロジーと発酵食文化が交差する部分を研究しています。発酵が面白いのは、たくさんの小さな変化が、着々と持続していく点にあります。時間が経って初めて、上澄みのように浮き上がってくるものがある。ぬか床と人が対話できるロボットを開発したり、大学で『発酵メディア研究』というゼミを開いて研究過程も発酵させたり、色んな実践をしながら試しています。『発酵するSNS』は、まだイメージに過ぎませんが、具体的な挙動を考えて作ってみたい」


  2025/07/04 [金]   街を歩く


 朝、北野天満宮へ。にいにい蝉の初鳴きを聞く。七夕の竹飾りが置かれて、文月の装いも新たに。私も今日から、浴衣を着る。

 千晶が入院時に花を観たい、と買った紫陽花。水やりを忘れて枯れてしまったと思いきや、新芽が出ていた。プラスチック鉢から植木鉢に替えてやろうとホームセンターに土を買いに行ったら、売れ残りのブルーの紫陽花を500円で売っていた。
 
 来年のために、購入。めだかの睡蓮鉢の脇に置いたら、小さなおんぶばったの子どもがぴょんと、跳ねてきた。睡蓮の葉を、かじっていたのだ。露草の花も咲いたこの小さなオアシスで、今年も命がつながっていた。


  2025/07/03 [木]   生命力に驚嘆


 毎朝のウオーキング時に参拝する安楽寺天満宮。樹齢三、四百年(?)の楠がそびえたつ。今日、ふと目に入ったのが、地面に露出している根の瘤のようなところから、数センチの新芽が何本か出ていた。

 木の幹から若い枝が伸びるのは、よくある現象だろう。でもこれは、幹からの脇芽でもなければ根元に落ちた種からでもなく、根から直接、命が芽生えているのだ。
 
 言葉で言い表せない。


  2025/07/02 [水]   枝元なほみさんと西郷光太郎さん


 楽天堂フレンズのメーリングリスト〈100年計画〉の投稿より――

 28日(土)に東京で開かれた、料理研究家・枝元なほみさんのお別れ会に招かれて参列してきました。

 参加者250名ほどの立食パーティーで、盛況でした。小さき者、弱き者をしいたげる政治(政府)への怒りを笑顔に変えて、様々な活動を実践してきた故人を偲ぶ友人・知人のスピーチが続きました。私は、チームむかごの方と京都大学の藤原辰史氏と短い言葉を交わして帰りました。

 

 

 ※

 翌日、横浜在住の友人・西郷光太郎さんに会ってきました。彼については、二年前に『らくてん通信』で書いています。堂守随想〈過去は新しく、未来はなつかしく〉。その中で、東海道をタンデム自転車で走破する彼のプロジェクトを紹介しましたが、実は去年の夏に原発不明の末期ガンに罹患して医者からは余命半年(今年の春まで)と宣告されました。

 が、彼は今、縁あって介護事業所(法人)を譲渡され、その運営を軌道にのせるべく奮闘しています。一つは、介護される立場に立ったケアをスタッフに教育すること、もう一つは横浜と広島ではヘルパーの報酬に隔たりがあるので(時給:横浜1,500円、広島1,080円)、広島に支部(支店?)を設けてヘルパーの待遇を改善すること。

 最期は家で迎えたい(といっても身寄りがない独り暮らしなのでアパート住まいですが)と、ターミナルケアを先日、出たばかりでした。今は、訪問診療を受け、痛みはモルヒネのパッチでしのぎ、食事も一応、普通食を食べられているそうです。「余命宣告をした医者を、見返してやる」と、冗談ぽく息巻いていました。その意気や!

 中途失明に末期ガン・・・運命を生き抜いている彼の姿にこちらが励まされました。「お互いに、ガン張ろう!じゃなく、気張ろう!」でいこう、と言って別れました。今生での最後かもしれない、と想いつつ。

 濃密な二日間の東下りでした。


  2025/07/01 [火]   杞憂に終わって、ほっと一息。肩の力が抜ける


 八時半に、ふらつく千晶をささえながら、丸太町病院へ。血液検査とエコー検査の後、主治医の診察。今日から再入院――の心づもりで二人ともいたが、検査の結果、虫垂炎の経過は良好で、めまいは三半規管の問題だろう、ということで入院はナシに。

 あ〜、良かった、と二人とも、胸をなでおろす。一応、来週火曜までの一週間は経過観察期間なので、明日からの店の営業は、時間短縮&昼休みを一時間とろうと、二人で話し合う。からだの力は、何にも、勝る。