[高柳無々々.com]


  
  2017/06/25 [日]   街を歩く


 朝、梅雨空の下、新聞を買いに行く。

 下立売通り沿いの山中油店。店前の水車と小堀に池、悠然と泳ぐ鯉、蓮の花がさいている。自分なら、ビオトープを作るのにな、と感じてしまう。

 セブンイレブンで朝日新聞を買う。後から店を出てきたおじさんが、自転車に乗りながら、缶ビールのキャップを開ける。朝から酒を飲む人もいるのだな、と思う。

 智恵光院通りと七本松通りにそれぞれ建築確認申請の看板、「ゲストハウス」の文字。2020年に向けて、宿泊所ラッシュだ。

 木槿(むくげ)の白い花が咲いている。

 帰る道すがら、少し遠回りになるが、「Free!」のガレージセールをしている松下町の家をのぞいてみる気になる。

 残念ながら、今日はめぼしいものは見当たらず。ハズレか、と思って歩き出すと、前を歩いていた大柄な外国人――南米系かアフリカ系? 茶褐色の肌をしていた――が、「すみません。これ、どこですか?」とスマホを差し出しながら日本語で尋ねてきた。

 見ると、「Kyoto City Central Library」の英語。「向こう、すぐそこですよ」と教えてあげた。

 遠回りは、この男に会うためだったのか、と納得。


  2017/06/24 [土]   表現教室


 今日も参加者がなく、気落ちする。こんな時は、「参加費を無料にすれば・・・」、と思ってしまうのは、悪しき――売れない――商売人の性(さが)か。

 〈ことばを育む、からだを育む、わたしを育む。そして・・・いま・ここを生き切って、民主主義の担い手となり、新たな〈分かち合う文化〉の創造へ――〉

 からだとことばを育む会&表現教室のポリシー(キャッチコピー)を考え直し、ホームページとチラシを作り直す。

 「例えば、こんな稽古を行っています・・・」の例として、

・はらで母音を発声する/歌う
・包丁で野菜を切る
・お茶を点てる/和歌を詠む
・目を閉じて絵を描く/墨書する
・合気上げ/木刀を振る
・仮面を付けて踊る
・竹内レッスン(言葉の投げかけ/砂浜の出会い)etc.

 をあげ、写真を付す。

 これから夏に[体を耕す 講習会]を数多く設定したので、9月からの表現教室に一人でも二人でも新たなメンバーが加わってくれれば、と願う。


  2017/06/23 [金]   沖縄慰霊の日


 千晶がテレビを観ていたので、私もニュースに目が行く。沖縄・平和の礎(いしじ)からの中継。

 安倍晋三の来賓挨拶。「御霊(みたま)」という言葉が耳障りで仕方がない。この男は、言葉をただ記号としてしか、操っていない!感覚を失っている。まさに、“気ちがい”だ。

 後で新聞の「発言要旨」で確認したら、三カ所も使っていた。死者を、自己観念(極右国家主義)の Reinforcement に用いるな!!

 同日夕方に行われた前川喜平氏の記者会見を聴いて、どちらが首相の器かと、嘆じる。以下、記者会見の一部(記者との問答 メルマガ「兵頭正俊の知らなきゃ滅ぶニュースの真相」より引用)

 ※

Q:この会見前に恒例で一筆書いてもらった。「個人の尊厳 国民主権」とある。これについて聞きたい。

A:私は38年間、国家公務員をしていて、やっとその身分から解放されて一私人になっている。

仕事をする中で感じたのは「国家公務員が自分を捨てて仕事をしているのではないか」「滅私奉公のようなことをしているのではないか」ということだ。それはいけないのではないか。国家公務員の仕事をしているとはいえ、一人の人間として尊厳を持った存在ということを忘れないようにしなければならない。

自分の信念、思想、信条、良心はきちんと自分自身だけのものとして持っていなければいけない。これが個人の尊厳ということを訴えた理由です。後輩の文科省職員に伝えたい言葉です。

「国民主権」もそうです。国家公務員として、全体の奉仕者として仕事をする一方で、主権者の一人という国民の立場であるわけで、その立場でおかしいと思ったことは、何らかの形でこれはおかしいと言わなければならないのではないか。

いきなり内部告発して首を切られても、それで仕方ないとは私は思わない。そこは粘り強く、しなやかに、強靱(きょうじん)にやっていく必要があると思う。

一人の個人であること、一人の国民であることを忘れずに仕事をしてほしい。これは後輩の国家公務員に贈りたい。

 ※

 前川氏は、決してあらたなものを創りだすタイプの人ではあるまい。官僚トップの事務次官まで務めたのだから、役人の世界をそれなりに如才なく生きてきたのだろう。

 しかし、安倍晋三sがあまりに品性が下劣なゆえに、健全な常識人・前川氏の発言が輝いてみえてしまうのは、何という不幸か。


  2017/06/22 [木]   年寄り笑うな


 十年近く前、評論家の吉本隆明が老体に筋トレをしている写真を週刊誌で見て、醜く感じた。

 めぐりめぐって、今、自分は毎日かならずウオーキングに出かけ、夜寝る前に腕立て伏せをし、さらに週刊新潮に載っていた喉の体操を行っている。

 活元・行気・愉気の三点セットは、言わずもがなだ。

 「子ども叱るな、来た道じゃ。年寄り笑うな、往く道じゃ」

 格言が耳に痛い。


  2017/06/21 [水]   減食、その後


 この春から、朝食を抜いたり、一日一食にしたりと、いろいろ減食を試みてきた。結果は?

 現在は、三食に落ち着いている。朝は、体調によって食べてから新聞を買いに行くか、散歩の後に朝食を食べるかの違いはあっても、基本的に玄米ご飯+肉(小豆島の鈴木さんの放牧豚)+自家製緑豆もやし+自家製納豆&キー坊の自然卵を食べている。

 昼は、かるく麺類が多く、夜はご飯は重く感じるのでほどほどにして副食を多く摂っている。

 合間には、自家製豆乳ヨーグルトを豆乳でうすめてよく飲む。あ、それから自家製糠漬けも忘れるわけにはいかない。

 二年前、入院・手術をして、体重が55−6キロから、52キロまで減った。そして、このところの減食チャレンジで、さらに50キロになった。

 今の段階では、減食はどうも自分に向かないようだ。食事を抜くと、力が入らないというか、胸の気管支拡張症にもよくない感じがする。

 ただこの間の試みで、自分の悪しき習慣――食べながら新聞を読むとか、夜寝る前にスナック菓子を食べ過ぎるとか――を見直せたのは、成果だった。


  2017/06/20 [火]   天皇制について


 朝日新聞・朝刊に、〈「天皇主義者」宣言のわけ〉と題された、思想家・内田樹さんのインタビュー記事が載っていた。

 『月刊日本』に掲載されたインタビュー「私が天皇主義者になったわけ」が反響をよんだのだという。

 私も内田さんのブログを読んで違和感をもった。そして、今も考え続けている。天皇制について、どう考えるか・・・。

 内田さんの現状分析(明仁天皇が極右安倍晋三sに対する一種の“防波堤”になっている事や、日本国民に代わって(代表して?)鎮魂・慰霊の旅に務めている事など)には同意・共有するが、それでよいのか、という疑問がぬぐえない。

 ・一人一人が自らの霊性を自覚できなくなるため
 ・大日本帝国の残滓が事大主義、差別を産むため
 ・天皇以外の天皇家の人に人間疎外を強いるため

 という三点が、天皇制に反対する私の論拠である。作家の小田実がかって主張していたように、天皇家は「天皇教」という一宗教法人に位置づけ、天皇家の皆さんも市民に“還俗”してもらう、というのが対案である。


  2017/06/19 [月]   リインカネーション


 嵯峨野の我が聖地へ。樫の木の下でメシを食い、横になってふと見ると、芝地の上を黄金虫がよたよたと逃げてゆく。蟻が十数匹、群がってくらいついているのだ。おそらく弱って飛べないのだろう。風前の灯火だと思う。

 リインカネーション(輪廻転生)を唱える人達は、なぜ悲劇の皇子やお妃の生まれ変わりだと言うのだろう。名もない呑百姓や、それこそこの黄金虫や蟻から転生したと思わないのだろう。

 南方熊楠が、娘が結婚するときに『今昔物語集』を持たせたというのは、深い意味(叡智)があるように思える。単なる因果応報を教えるためだったとは考えられない。

 今生では――何の因果か、偶々――人として生まれた。前世は、? 来世も? ただ、いのちはめぐる、ことにおもいがいたれば、人は謙虚になる。

 空梅雨つづきで、めだかの棲む水場は、干上がっていた。わずかに残された水たまりのめだかを、“救出”する。店に来る子ども達に、あげよう。


  2017/06/18 [日]   街の空気


 今日は豆ランチパーティー、〈イタリア旅行報告+4種のチーズ試食〉。参加者4名、好評。

 終了後、千晶は共謀罪反対のデモへ。帰ってきてから聞くと、道行く人の反応は、冷たかったという。安保法制反対のときの熱いものはなく、「関わりたくない、一緒にされたくない」と、顔をそむける人がほとんどだった。

 ただ、応援してくれたのは、少数者――外国人、男子高校生、それに服装からして明らかにマスには組み入れられない、奇抜なファッションの若い女性たちだったそうだ。


  2017/06/17 [土]   我が意を得たり


 土曜日の夜は、映画『男はつらいよ』をテレビで観ながら、晩酌を楽しみ、一週間のつかれをいやす。

 今日も『寅次郎 忘れな草』を観ていたら、三崎千恵子演じる寅さんのおばさん――団子屋の女将さんで、普段から着物姿――が、帯を“貝の口”で締めていた。

 からだとことばを育む会の着物教室で、普段着に紹介している帯づかいである。


  2017/06/16 [金]   へっぴり腰


 朝日新聞・朝刊の社説は、「『共謀罪』市民が監視を」。

 その最後の一節――「日本を監視社会にしない。そのためには、市民の側が法の運用をしっかり監視し、異議を唱え続けなければならない」

 ??? この筆者は、民主主義を担えるだけの市民がどれほど存在すると思っているのだろうか。市民にそれだけの力量があれば、安倍晋三sが権力を掌握することもなかっただろうし、今日の事態も引き起こされなかっただろう。

 さらに、次期衆議院選挙まで、彼らは決して権力を手放さないだろうし、今の森友学園・加計学園・詩織さん事件で警察・検察が権力と癒着している現状をみれば、市民による「共謀法」の監視など、絵空事の幻想であろう。

 加計学園問題に対する朝日新聞の切り込みはgood jobだと思うが、ここは、「共謀法廃止に向けて、市民は萎縮することなく声を上げ続け、野党は市民とともに一致して秘密保護法・戦争法・共謀罪の廃止にとりくむ共同戦線を」と主張すべきではないか。

 そして、市民に責任を丸投げなどせずに、“社会の木鐸”として、「メディアが法の運用をしっかり監視し、異議を唱え続けてゆく」姿勢をみせてほしい。

 期する、腰のはいった肚のすわった、決意表明を。


  2017/06/15 [木]   ヒソヒソ、ヒソヒソ


 朝、いつもは散歩がてら朝刊を買いに行ってからご飯を食べるのだが、今朝は先に新聞を読むとメシがまずくなるので、朝食後に出かける。

 崩れそうな町家の壁にはられた二枚のポスターが、風にゆれている。

 「この道を。力強く、破滅へ。」――安倍晋三(不自由反民主党)、「絶望が、ゆきわたる国へ」――山口那津男(私益自明党)

 諸君、我々は、おおいに共謀しようではないか。自由で民主、公明正大な社会を創るために。


  2017/06/14 [水]   「日本すごい」どころか・・・


 朝日新聞・朝刊の連載、ミュージシャン・後藤正文さんの〈朝からロック〉から。

 筆者は、友人から譲ってもらった三味線の組み立て・チューニングに難儀をした体験を語ったあと、つぎのように綴っている。

 「ここ数年、「日本すごいね」や「日本人でよかった」などというキャッチコピーを目にする機会が増えた。

 僕は邦楽の楽器ひとつとっても、この有り様だ。日本のすごさを発見するどころか、この国の伝統的な文化と接続していないのではないかという不安のほうが強い。古典文学だって、原文をまともに読めない。」

 今日、業務スーパーに買い物に行ったら、「日本のために」「日本のために」と繰り返し歌っているポップソングが流れていた。

 その後のフレーズが、「汗を流そう」だったか。歌手が誰で、何という曲か知らないが、「日本のために、武器をとろう」まで、ほんの一またぎに過ぎないように思える。

 日本とは何か?を問うこと。国家に、身を預けないこと。


  2017/06/13 [火]   道程


 稽古場にお借りしているお寺の和室・欄間には、高村光太郎の詩『道程』の額が掲げられている。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

 昨日は表現教室の参加者がなかったので、畳に仰向けになってこの詩を読んでいた。

 六年の稽古会の歩み・・・奇しくも、3・11の翌日にスタートし・・・ここまで、歩んできた・・・今、数名のメンバーで、何とか存続している・・・道なき道、そうだな、仲間ときりひらいてきた・・・それにしても、自然=父とは、何故だろう。自然は母ではないのか? 「僕を守り」という表現もあるし・・・。

 家に帰って、念のためにwebで検索したら、発表時は、102行の長編詩であったことを知った。

道程

どこかに通じてゐる大道を僕は歩いてゐるのぢやない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲りくねり
迷ひまよつた道だらう
自堕落に消え滅びかけたあの道
絶望に閉ぢ込められかけたあの道
幼い苦悩にもみつぶれたあの道
ふり返つてみると
自分の道は戦慄に値ひする
四離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命(いのち)の道と信ずるだらう
それだのに
やつぱり此が生命(いのち)に導く道だつた
そして僕は此処まで来てしまつた
此のさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命(いのち)の意味をはつきり見せてくれたのは自然だ
これこそ厳格な父の愛だ
子供になり切つたありがたさを僕はしみじみと思つた
たうとう自分をつかまへたのだ
恰度そのとき事態は一変した
俄かに眼前にあるものは光を放出し
空も地面も沸く様に動き出した
そのまに
自然は微笑をのこして僕の手から
永遠の地平線へ姿をかくした
そしてその気魄が宇宙に充ちみちた
驚いてゐる僕の魂は
いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
僕は武者ぶるひをした
僕は子供の使命を全身に感じた
子供の使命!
僕の肩は重くなつた
そして僕はもうたよる手が無くなつた
無意識にたよつていた手が無くなつた
ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
自分の全身をなげうつのだ
僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した
かなり長い間
冷たい油の汗を流しながら
一つところにたちつくして居た
僕は心を集めて父の胸にふれた
すると
僕の足はひとりでに動き出した
不思議に僕は或る自憑の境を得た
僕はどう行かうとも思はない
どの道をとらうとも思はない
僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがつてゐる
その間に花が咲き水が流れてゐる
石があり絶壁がある
それがみないきいきとしてゐる
僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく
しかし四方は気味の悪い程静かだ
恐ろしい世界の果へ行つてしまふのかと思ふ時もある
寂しさはつんぼのように苦しいものだ
僕はその時又父にいのる
父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
声をあげて祝福を伝へる
そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすく程深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従つて
四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の陰に小さい人間のうぢやうぢや這ひまはつて居るのもみえる
彼等も僕も
大きな人類といふものの一部分だ
しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は鮭の卵だ
千万人の中で百人も残れば
人類は永久に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して
自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
腐るものは腐れ
自然に背いたものはみな腐る
僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
もつと此の風景に養はれ育まれて
自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は父のいつくしみに報いたい気を燃やしてゐるのだ
ああ
人類の道程は遠い
そして其の大道はない
自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出て来ても乗り越して歩け
この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため


  2017/06/12 [月]   ライプニッツの「時空の関係説」


 “三点内観法”というのを考えてきた。胸の中央(中心)に心眼をおき、はらの中央(下心)と内観の対象点をむすんで三角形をつくり、中心から下心に向かって息を吸い、下心から対象点に向かって息を吐いて、最終的には対象点をはらにおさめる、という技法である。

 ただ、行気や愉気において対象点に手を当てる際、三点内観法では間(ま)というからだの感覚を平面的にしか捉えられていないのではないか、という疑念というか不満を感じていた。

 間は時間であり空間である。もっと勉強して、感覚を深いところで捉えられるようにならなければ。

 内井惣七(うちい・そうしち)『空間の謎・時間の謎』(中公新書)を読む。本の帯には、「絶対空間と絶対時間を主張したニュートンと、それに対抗して「時空の関係説」を唱えたライプニッツから出発して、最新の宇宙論にいたる物理学の成果を哲学者の目から見ればどうなるか」とあったが、、、。

 難しかった、純粋文系の頭には。ただ、ライプニッツの「時空の関係説」を解説した次の箇所は、内観技法の次の展開に参考になるのでは。

 「いま三つの物体A,B,Cだけからなる世界を考える。三つは互いに区別できるものとする。そうすると、これら三つが同時存在するという前提のもとでライプニッツが許容できる関係とは、相互の距離も含めた三つの可能な配置である。しかし、そのような配置は無限に可能である。図8では三つの異なる配置を示してある。そして、三つの配置はそれぞれ一つの「瞬間」あるいは「時点」にほかならない(ライプニッツ第五書簡、49節)。時間という連続的に流れるものがまずあってそこに「瞬間」が含まれるのではなく、物体の配置にほかならない瞬間、瞬間がまずあって、それらが(神の作った)法則にしたがって次々と起きるとき、それが「時間関係」を生み出す。これがライプニッツ時間論のエッセンスだと言ってよい。

 では、空間についてはどうか。図の単純な例では、一つの配置に三つの関係、すなわちAB,BC,CAの距離が含まれている。これらが「空間」を語るときの基本要素だと考えてよい。したがって、これらの距離をいろいろと変えて可能な配置がわかれば、それらについて一般的に語るときに「空間」という言葉を使ってよいのである」(pp.48-49)

 いま試みているのは、下心と中心は定点として固定し、対象点との間で三角形をつくり、その中央に心眼をおく、というものである。心眼の位置のとりかた=集注のふかまりに応じて、三角形は平面から立体へと次元を変え、間を獲得する。

 他者との感応が深まれば三角錐(=時空の間)も形をかえつつ、最終的には“いま・ここ”のはら(下心)におさまるのでは、というのが私の仮説である。


  2017/06/11 [日]   心身一如


 昨夜(正確には今日)の一時過ぎに、千晶がイタリア旅行から帰る。すでに十時には床についていたのだが、十二時をまわって寒気におそわれて目がさめると、布団がずり落ちて寝間着がはだけていた。

 寒気におそわれる。体温計ではからなかったが、おそらく37−38℃。寝汗でなんども着替えながら、脊髄行気をおこなう。二年前に手術をして以来、何度も経験した発熱。

 からだがほんとうに弱くなったと思う。よくいえば繊細になった、か。小さなことで(たとえば疲労感、宵越し作業の睡眠不足、低気圧、食べ過ぎなどなど)、熱が出る。

 ただ、長引くことはなく、布団のなかで行気や愉気を続けると、一晩か一日で熱は下がる。今日も早朝には低温期に入り、午前中に平熱に戻ったので、風呂に入り、いつものようにコンビニに新聞を買いに行った。

 原因は――思い当たるのは、千晶が十日間不在だったために、留守をあずかる緊張感が、帰宅の時になってゆるんだのだろうか。意識でコントロールできないところで、からだとこころのつながりをみる。


  2017/06/10 [土]   ココナッツクリームの料理


  昨日は晩ご飯に、店の商品のグリーンカレーペースト(ミトク)とココナッツクリーム(アリサン)をつかって、グリーンチキンカレーをつくった。

 具は、自然派生協の鶏肉、無茶々園から入れている玉ねぎ、それに冷蔵庫に残っていた人参と山芋。息子もおいしいと言ってくれた。

 今日は、ココナッツクリームが半分残っていたので、どうしようか思案し、缶の横にレシピが書いてあった「バナナとココナッツクリームのホットデザート」をつくってみることにした。

 材料:バナナ 3本、ココナッツクリーム 1カップ、黒砂糖またはメイプルシロップ 大さじ1(少し多いような気がするが)、塩 小さじ1/4

 作り方はいたって簡単で、@まずバナナ以外を鍋に入れて弱火で黒砂糖を溶かし、A次に5cm角に切ったバナナをくわえて5分ほど(バナナがとろっとするまで)煮こむだけ。

 できあがりは――私は陰陽についてはほとんど知らないが、多分バナナは生では陰性ではないだろうか――バナナが陽にかわって、これはこれでおいしいと思った。


  2017/06/09 [金]   子どもこども


 朝、洗濯物を干そうと二階のベランダに出てみると、ゴムまりがひとつ、ころがっていた。またアイツの仕業だな。

 ※

 十四年前、ここに越してきた時、家のななめ裏手に竹屋さんの工場があった。中に入ったことはないのでよくわからないが、どすんどすんと大きな音をたてて、竹細工を造っていたようだ。

 まもなく廃業して雑草が茂り、こおろぎが鳴いていた。町工場の跡地には、建て売りが二軒たった。南側の家に住んだのが、若い三十代の夫婦だった。旦那さんが佐川急便の制服を着ていたので、当時は宅配便のドライバーだったのだろう。

 何年かして、こどもが産まれた。我が息子と二文字が同じ名前のS太郎だった。長じて、五分刈り頭の、目がくりくりした男の子になった。

 S太郎は、時折我が家(店)に来てはプライベートな空間に上がりこんでしまう困り者だった。何でも宅配便の伝票を集めるのが趣味(!)で、店で使わないヤマトや佐川、郵便局の各種の集荷伝票をあげると、目を輝かせて喜んでいた。

 S太郎はいま、小学五年生。野球が好きなようで、玄関前のわずかなスペースで、バットでボールを打つ音が聞こえる。

 「鳥谷、打ちました!ランナー三塁をまわって、セーフ。阪神、勝ちこしです」迫真の実況録音つきだ。夜遅くまで、一人試合を演じている。

 これまでお隣を飛び越えて、いくつボールが飛び込んできたことか。でも僕はS太郎が好きだ。折り込みチラシでよく入ってくる塾の広告の、眼鏡をかけて妙にとりすました“若年寄り”っ子よりは。


  2017/06/08 [木]   生の本質


 昨日の朝日新聞・朝刊の〈リレーおぴにおん〉欄で、岡田暁生(おかだ・あけお)京都大学教授が、「ジャズと私」と題して語っている。

 「ジャズでは即興がすべて。即興とはつまり、一瞬を命がけで生きるということです。最高度の集中力で「今」と向き合い、欲しい音を真剣に探す。そうして生み出されるものすごい密度の音楽が、あぶくのようにその場で消える。このはかなさが音楽芸術の本質。ジャズを知り、逆に僕はクラシックのすばらしさを再認識できたし、権威化されたクラシックが置き去りにしているものも見えるようになりました。

 ジャズは他者との関係の築き方を教えてくれます。人間のたわいもない感情を、どこまでも繊細に音にする。どんな人生も否定せず、受け入れる精神から最高のセッションが生まれる。

 振り返れば、ジャズもクラシックも1970年代に同じ運命をたどっています。前衛が挫折し、商業主義に淘汰(とうた)された。それでも、ささやかな場末のライブハウスで、たった数人の客を相手に、今なおものすごく濃密な世界を提供しているジャズマンたちのけなげさに、僕はただ感動する。ジャズには「偉大さ」を目指さぬ謙虚さと品格があります」(後略)

 からだの感覚&稽古会について語られているのを聞いているようだ。

 表現教室 稽古会でも、この秋から手持ちの楽器――カスタネットやトライアングルのような――をつかって、“現れる”ものを“表わす”稽古を行ってみたい。


  2017/06/07 [水]   低気圧の贈り物


 夜半から雨が続いている。このところ、天候がすぐれないと、どうも体調がイマイチの日が多い。体調不良というほどでもないが、倦怠感でからだがゼリー状に感じ、豆々しく動けないのだ。

 千晶に話したら、“低気圧病”だという。インターネットで調べてみると、気圧が下がると体内の血圧も下がり、そのため副交感神経が交感神経より優位になって、疲労感や意欲低下、アレルギー症状の顕在化などがおこるという。要するに、仕事モードではなく、休息モードにからだがはいってしまうようだ。

 とはいっても休んではいられない。千晶が旅行中なので、新入会員の手続き・らくてん通販や卸の商品発送を何とか終え、夕方を迎えたころ、山口・祝島市場に発注したひじきが入ってきた。大きな段ボール箱をあけてみると――中に、祝島特産のびわが!

 「B級品ですが、ジャムやコンポートにつかってください」――いえいえ、生で食べても十分おいしかったですよ。山戸孝さん、ありがとう。夜、ケーキを納品に来てくれたオーロラスイートの内田さんにも、おすそわけをする。


  2017/06/06 [火]   印象操作


 朝、京都駅の旅券事務所へ新しいパスポートを受けとりに行く。bureaucracyという機械的な対応の場には、いつもながら疲れてしまう。

 エレベーターで下る際に、駆けこんできた女性のために〈開〉ボタンを押してあげると、笑顔で「ありがとうございます」と返された。あんなステキな笑顔を、自分も人に向けたいものだ。

 キオスクで、朝日と――勘で――京都の朝刊二紙を買う。家に帰って新聞をひろげてみたが、京都にはこれはという記事も情報もない。

 ミスったかなと、ふと、二つの新聞の一面、ヘッドラインをくらべてみる。

 朝日:メール送受信「10人実在」 加計文書 文科省、再調査拒む
 京都:加計 獣医学部新設判断 首相「介入余地ない」 参院決算委

 朝日には、まだ政府・文科省を批判するスタンスがあるが、京都新聞(配信は、共同通信だろうか)は、それこそ安倍晋三が口にしている“印象操作”そのものではないか。

 新聞を、テレビ欄やスポーツ面から(しか)見ない読者にとって、一面の見出しは、テレビのコマーシャルのようなものだろう。つまり、何の判断もなく、瞬間の受け売りである。

 参議院での安倍晋三の答弁を正確に伝えるなら、「首相、詭弁を弄してまともに答えず」であろう。

 安倍晋三sとは、自己の言動と同じ言動を当然他者も返してくると疑わない――他者存在に対する感性も知性も、まして敬意もない――未熟で、ジコチューな、恥ずかしげもなく自己愛な人間である。

 彼らと同じレベルに主体性を失い、他者(読者)に向き合えなくなった、日本のマスメディアの地に墜ちた姿が、ここにある。


  2017/06/05 [月]   ノイズ=自然


 初夏のさわやかな風に誘われて、嵯峨野の我が“聖地”へ。田圃には水がはられ、植えられたばかりの稲が、風にそよぐ。

 まず、めだかとり。今回は観賞魚店で売っている小網を持ってきたが、二週間前とちがってめだかも大きくなり、岸から離れている。なかなかとれないので、作務衣をたくしあげ、素足になって水に入る。

 しばしめだかすくいに興じていると、散歩がてらの近所のおじさんが、「何、とってるんねん。ゴリなら、ようけおるがな」と聞いてくる。

 「ひ・み・つ」

 足を洗い、樫の木の下で握り飯を食べ、仰向けになる。

 見上げると、樫の葉が、幾重にもかさなっている。葉の色はあわいきみどりから、こいふかみどりまで、一様でない。風にゆれ、日がかげると、葉叢(むら)も一瞬で色がかわる。

 印象派の画家たちは、この情景を表現しようとしたのだろうか。そもそも、表現できるのだろうか。ひとときひとときのうつろいを、充溢(じゅういつ)感で生きればよいのでは・・・。

 先日放映された〈SWITCHインタビュー 達人達「坂本龍一×福岡伸一」〉の対談の中で、お二人は「ノイズ」という言葉を何度も使われていた。

 ノイズ=雑音、という悪いイメージではなく、地図でいえば図という人工的なものでない、地=元の、在るがままの、アメリカの作曲家ジョン・ケージが、『4分33秒』で試みたような世界。

 明治の翻訳語として生まれた自然(しぜん=nature)ではなく、日本の伝統的な文化では自然(じねん)と呼ばれてきた主客同一の世界。

 坂本さんは、名詞を使わずに会話しようとしたことがあるという――「できなかった」。人間は有名(名をもつ存在)であるが、生命の本質は無名である。人は無名で生まれ、有名として生き、また無名に還る。

 「ものが在る」の「在る」と「或る人曰く」の「或る」は――漢字導入後は分かれてしまったが―本来、ひとつの(それこそ)ありようをさす言葉だったのではないか。

 つまり、「無い」から名詞(または動詞など)への、橋渡し・未分化の・黎明、として。

 坂本氏がnewアルバムを『async(非同期)』と名づけて発表したかった欲動、それは自分にも在る。地<図を経てはじめて――登り切らなければ見えなかった次の山――地>図が、いま・ここに、感覚される。


  2017/06/04 [日]   街を歩く


 朝、千本丸太町のローソンショップに新聞を買いに行く道すがら、七本松通りから一歩はいった少路で、サボテンの花を見た。

 小道沿いに並べられた同じ大きさの植木鉢七から八に、同じくらいのサボテンが植わり、どの株からも、あわいクリーム色の花がラッパ状にひらいている。

 どうも熱心な愛好家というよりも、もらったか買ったかしたものが増えて、株分けしていったらこうなった、という感じだ。他に植木鉢も見あたらない。

 何という名前のサボテンだろう、よく見かけるけど、と思った時、子どものころ、家にも同じ種類のサボテンがあって、梅雨じぶんに花を咲かせていた記憶が、あらわれた。

 母が世話をしていた。熱心な花好きというわけではなかったが、植木鉢でも切り花でも、あるものは大事にしていた。

 人が死ぬ最期の時、このように思い出がよみがえるのだろうか・・・。ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』の、ラストシーンが想い浮かんだ。(正確な引用ではないが)

 子どもたちがアリョーシャにむかってたずねる、「ぼくたち、死んだら、どうなるんですか?」

 アリョーシャがこたえる。「みんな、死んだらね、天国でテーブルを囲んで、プリンを食べながらたのしく話すんだよ」

 誰もが、よきおもいでを抱いて、最期を迎えられますように。


  2017/06/03 [土]   乞食は何処へ?


 朝日新聞の土曜版『be』で、月に一度掲載される「フロントランナー」のインタビュー記事。今月は、北九州市でホームレスの自立支援活動にとりくんでいるNPO法人・抱樸(ほうぼく)の理事長&牧師の奥田知志(おくだ・ともし)さんが紹介されていた。

 深夜の百貨店前でベンチに座る老人に、週一で巡回活動をしている奥田さんが静かによりそっている――写真のキャプションには、「この夜、街で初めて見かけた高齢男性はイヤホンで耳を塞いだまま。黙ってそばに居続ける時から伴走支援は始まる」

 30年近い活動の延長線上で、現在は生活困窮者自立支援全国ネットワーク代表を務められている。

 記者が奥田さんに尋ねる。「なぜ、そこまでやるのか。そう問うと、鋭い目で聞き返された。『同(おんな)じ命や。理由がないといかんですかね?』」

 昨年末から今年の正月にかけて、イギリス・イタリアを短期間旅行した時の体験を思い出した。

 イギリスはこぎれいにまとまり、イタリアはらんざつにちらかっていたが、二つの国には共通点があった――街に乞食がいたのだ。通りにしゃがみこんで、道行く人に空き缶のようなものを差し出していた。

 日本は、いつから乞食を見かけなくなったのだろう?困窮者は、存在する。しかし、乞食としては存在しない(できない、許されない、なりたくない)。

 子どものころ、駅前広場の片隅で、白衣を着た傷痍軍人が、アコーデオンをひいて投げ銭を得ていたのを記憶している。それを乞食といってよいかどうか(長じて、彼らの多くが、実は軍人恩給を受給できない在日韓国朝鮮人の元兵士であったことを知る)。

 高度経済成長期であろうか、日本から乞食が姿を消したのは。今、この格差社会にあって――「情けは人の為ならず」――乞食が存在しないのは、何故だろう・・・。


  2017/06/02 [金]   父子家庭、初日


 昨夜から千晶が10日間のイタリア旅行へ。高一の息子の弁当を久しぶりにつくる。

 お釜でご飯を焚き、冷凍の串カツ&グラタン・豚肉と白菜の炒めもの・炒り卵・大和芋の甘酢かけ・りんごの六品、別におかかのお握りをむすぶ。

 帰宅してから息子の反応は、特になし。

 *

 昼過ぎ、ある豆料理クラブ会員の方が、豆料理セットをひきとりに来店。首からさげたハンモックのようなおくるみで、あかちゃんを抱いていた。

 生後まもなくと思われる赤ちゃんに、誰しも目がゆくと思うが、お母さんの“美しさ”に圧倒される。

 それは、飾って箔(はく)をつけた美ではなく、むしろ削ぎ落とされた、素(す)の、すきとおった美しさ、とでもいおうか。

 女性は――上手に経過させれば――出産を機に美しくなる、ということをあらためて感じた。


  2017/06/01 [木]   がんより怖い「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」を防ぐ完全ガイド


 新聞広告につられて、『週刊新潮』を――初めて――買う。

 親父が四年前に、この病気で急死し、今、自分が気管支拡張症で苦しんでいる。他人事ではない。

 特集記事を読んで、すぐに始めようと思ったこと。
 
 (一)食後の歯磨き。それから、朝起きてすぐに水は飲まず、歯磨き(できなければ、うがい)を行う。これは、寝ている間に唾液の分泌作用が止まって口の中が浄化されず、バイキンがうようよしているため。

 (二)のどを鍛える六つの体操が紹介されているが、そのうちの、
 B手押し体操:手を握り、お互いに身体に力を入れて「エイ・エイ・オー!」と叫ぶ。
 E喉E体操:「E」と言う時の形を作り「い〜っ」と声を出す。5〜10回行う。

 これは、整体の気合いではないか。野口晴哉が、お弟子さんから「一人でできる稽古法は何ですか」と尋ねられた時に、脊髄行気、活元に続いて第三にあげた鍛錬法である。

 ということで、次回の表現教室 稽古会で、気合いを行ってみることにする。