[高柳無々々.com]


  
  2017/11/17 [金]   みみず、到着


 科学教育研究会のミミズ研究会で購入した、しまみみずが到着。ミミズコンポスト用に、しまみみず500匹 (200g)2200円+送料1300円。

 “製造”元は、相模浄化サービスだった。釣具店で販売している、赤い外来種のみみずではなく、薄い桃色の在来種だったので一安心。

 さっそくコンポストに移して、動きをみる。やはり寒さと長旅でお疲れの様子。二年前、病気で入院したときに死に絶えさせてしまった、ことのないように愛情をそそぎたい。


  2017/11/16 [木]   2017年自然農法歳時記 2号


 お客様各位

  北海道内各地、雨となり、その後雪に変わるという北見地方以外の天気予報の中、11月13日に、7人のおばあちゃん侍の御尽力で、冬場流通人参の収穫終了し、もう一方では、大豆、小豆、光黒大豆、雪手亡の脱穀中盤を越えたところの本日11月15日、秋場自然農場の現状です。

 あわせまして、地表のベタベタ感なくなる夜間、せがれが代替わりで秋耕しプラウかけに精を出しております。何とかあと数日降雪なく脱穀終了し、枕高くして 休める事を只々願うばかりです。

 10月22日北見地方では、たいへん早い20pの積雪、その後11月4日の15p の積雪、お陰様で暖気が来て、すぐに融雪し、地表乾き、作業進める事できましたが、数日後の次の積雪のあとは、大寒気やってきて根雪となるところでの最後の収穫作業の攻防となっております。

 10日間で二度となる歳時記、臨場感タップリの中でお知らせした方が、心情がお知らせ伝え易いのではという想いで、したためております。

 妻に「心配事ある悩み深い顔付きしているよ」と指摘され、「収穫物全て雪の下にせず、倉庫の中に納めない事には、次の展開に集中できない」と言い訳している自らを見つめ、「まだまだ」感一杯になっております。

 もっともっと心を錬磨し、どんな時にも大観に立って、周囲に明るい感じを出せなければ、大地にも作物にも、お客様にもいい影響を感化できる雰囲気、霊波を許されないと、しみじみ反省した次第でございます。今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

 2017年11月15日 自然農法秋場農場 秋場和弥


  2017/11/15 [水]   1988年(昭和さいごの年)10月に、政治学者の丸山眞男(まるやま・まさお)が若き新聞記者に宛てた手紙(抜粋)


 「天皇の重病と、戦争責任をふくむヒロヒト天皇の長い在位の歴史的意義とを直接に結びつけねばならぬような発想もまた私には無縁です。

 重病は、あるいは最悪の事態も、それ自身一つのトピックであり、それ以上のものではありません。

 一人の人間の死に際しては、その死をいたむのが自然の情であり、その機会に結びつけて、その人間の歴史的評価をするのは、プラス評価にせよ、マイナス評価にせよ、二つの異(ことな)ったレヴェルの混同であり、日本のマスコミに典型的なトピック集中主義(逆にいえば持続的問題関心の欠如)のもう一つの事例にすぎません」

 ――朝日新聞 2017/11/15朝刊


  2017/11/14 [火]   疲れは翌々日に出る


 日曜日の愛宕山トレッキングの疲れが出たのか、咳と痰が止まらない。喉が痛くてシンドイ。

 ただ、二年前、入院・手術の半年後に武奈ヶ岳(1200m)に登った時は、帰ってから発熱した。それを思うと、体は慣れてきているのだろうか。

 トレッキングの反省点:へたってようよう着いた愛宕神社で、汗が冷えて震えが止まらなかったのに、着替えを持ってきてなかったこと。次は、持参するのを忘れないようにしよう。

 *

 表現教室 稽古会:参加者がなかったので、お寺の畳の上で、〈からだノート〉の資料を熟考する。


  2017/11/13 [月]   室伏広治『ゾーンの入り方』(集英社新書)


 以前、整体協会・京都研修会館で、一、二度その姿をお見かけした(着物・袴が似合ってない!)ハンマー投げの金メダリスト・室伏氏の新著。 

 「ゾーン」とは、アスリート用語で深い集注に入り、“ハンマーと一体になってベストの力が発揮できる心身の状態”をさす。仏教でいう三昧(ざんまい)であろうか。

 そのためには、常ひごろ、全身で動き・全力で生きることの大切さが説かれている。

 「自信がない人は不安を抱えているのです。その不安を取り除くには、だれかに「心配しないで」と言ってもらうことだけではなく、本人が自分で不安を消し去れる何かを見つけることも大切です。その一つが「全力を出す」ということです。結果は問題ではないのです。「自分は本当に全力でやった」ということが自信につながり、次のチャレンジにつながるのです。」(p.146)

 具体的な三つのアドバイス・・・「型」と「イメージ」と「空気」を制する者は世界を制す(p.209)

 まずイメージを描き、型(イコール「角度」だという。奥深い言葉。整体の愉気でも、野口晴哉が手をあてる角度の重要性を語っている)に落としこみ、さらに空気、いいかえれば間(ま)を活かすこと。

 そして、全力を尽くした結果を受けて、さらに工夫を重ねてゆくことの楽しさ――極意。

 第六章では「体を整える」と題して、全身を使って筋力+感覚を鍛える室伏流――日常生活の中でできる効果的な――エクササイズがいくつか紹介されている。室伏氏は、「身体感覚」という表現は使っていないが、内観技法を用いたからだの感覚の鍛錬に役立ちそうなので、次回の表現教室で応用してみたい。


  2017/11/12 [日]   愛宕山


 久しぶりに愛宕山トレッキング。

 京都バスで阪急嵐山駅まで行き、そこから乗り換えて清滝まで・・・と思っていたが(以前は丸太町通りから直通で清滝までのバスがあったが、今はなくなっていた)、わずかのちがいで乗り遅れる。

 後からJRバスが続いていたので、予定を変更して、高雄までバスで行き、高雄から清滝川ぞいに清滝まで下り、そこから月輪寺をへて愛宕神社に参拝するルートにする。

 バスの車中も高雄も、紅葉狩りの観光客でこみあっていた。

 清滝川から月輪寺に向かう登山口には、空也滝がある。支流の沢を登りつめたところに、現代風の民家が建ちならび(おそらく滝行をする人たちの詰め所であろう)、奥に十数メートルの滝がおちていた。

 捨て聖・一遍上人の先駆者・空也上人を想って、手を合わせる。

 はじめての月輪寺ルートは、キツかった。行程そのものというよりも、二年ぶりの九百メートル級の山登りで、足がついていかない。悲しいかな、休み休み歩をはこぶ。

 不思議なことに気づいた。低地の針葉樹林(主に杉の植林地)では胸がせばめられたように感じて、息がしづらかったのに(持病の気管支拡張症のためと思っていた)、そこを抜けて広葉樹の自然林に入ると――高度が上がって、肉体的には呼吸がしづらくなるはずだが――息がらくになって、気持ちもはれやかになったのだ。

 清滝から二時間で、月輪寺・・・。尾根にちかい崖ぞいに、コンクリートの庫裏、小さな本堂、そしてつつましい寺務所が建っていた。天台宗、本尊は阿弥陀如来。箒で落ち葉をはいていた若いお坊さんに、「ここに住まわれているんですか」とたずねると、

 「朝夕のお勤めがありますから」

 と、快活な返事がかえってきた。

 車が入らない(反対の神社側からも山道を歩いて小一時間)、電気もない(?)、沢から水を引き、猫の額の家庭菜園があったが、いまどき、こんな場所で修行する人がいるとは!

 本堂の修復費用をつのっていたので、志を収める。

 *

 帰りは、表参道から。さすがに歴史ある参道だけあって、古木・巨木のつらなる自然林がつづく。石段や木段も、踏みやすい(現代的に“整備”された遊歩道には、歩幅がとても歩きにくいものがある)。背中を向けて下りてゆく。

 下山問答

 「どうして後ろ向きに歩いているんですか」

 「膝を傷めないためです。若い方はそうでもないでしょうけど、下りは膝が痛くてしょうがない。ほら、こうやって前を向いて足を踏み出すと、つま先から着地するでしょ。そうすると、膝に負担がかかる。後ろ向きでは、踵から着く。結果的に、“こし”にはいる(腰で支えることになる)。宮本武蔵も『五輪書』で、「かかとから踏みしめるべし」と書いています」

 「それに、〈裏〉の感覚も、鍛えているんです。人間には、〈表〉と〈裏〉という二つの根元的な感覚があって、目のある顔や胸は表、逆に背中は裏です。現代人は、圧倒的に背中がにぶい」

 「危なくないですか」

 「だからいいんです。「危険の感覚は、失ってはならない」と、イギリスの詩人・オーデンも書いているように」


  2017/11/11 [土]   表現教室 稽古会


 三名。定例の稽古を行った後、愉気の基本に入る。

 (一)対象点と心眼をむすぶ一辺、心眼とはらの調律点その2→丹田をむすぶ一辺、そして丹田から対象点に形成される一辺、の三角形を内観する。

 (二)息を吐きながらはらを内回転させて、(一)の三角形を、平面から立体化させる。

 (三)集注がふかまることによって、(二)の立体の″角がとれてまるくなる″。

 (四)(三)の球を、″はらにおさめる″。

 上の方法(「おむすびころりん」)でこしの行気(脊髄行気)を各自で行った後、ペアになってうつぶせになった相手に、行気をしながら愉気をする。


  2017/11/10 [金]   夢を見る


 母音で表すと、「う・え・お・い・う」。

 内観技法のはらの感覚でいえば、調律点その3→4→2→5→3。下腹部で、見事に反時計回り(=〈裏〉の感覚)で「わ(輪・和)」をつくっている。調律点その1(気の感覚世界)を欠いて。

 「夢を見る」とは、そういうことなのだ、と納得させられる。

 十年前、短編集『十二一夜物語』を書いたときには、気づかなかった(知らなかった)こと。これも稽古の賜物か。

 朝、風呂につかりながら──タイルに、二センチほどの三角形をした黄色い蛾がとまっていた。頭は針の先、一ミリもない。彼、彼女は、何を考えているのだろう・・・同じ四十億年の生命の歴史のいまを共有するものとして──はらの行気で母音発声をしていたときに、そんな想いが浮かんだ。


  2017/11/09 [木]   特攻志願「お前たち馬鹿だ」


 世論調査では、18〜29歳の自民党支持や改憲への賛成が他世代に比べて異様に多い。戦場に送られる世代ほど、そうしようとしている勢力を支持している。寒気がする。

 私自身、16歳で特攻死しか待っていない予科練(海軍飛行予科練習生)だったからだ。死ぬための志願。あれは何だったのかと今も思う。

 冬の夜、山口県の三田尻駅(現・防府駅)に入隊の旅を終えて、灯火管制の真っ暗闇の中、不安と緊張に凍え、皆が黙りこくって待った。突然、若々しく朗らかな声がした。「海軍なんか志願して、お前たち、馬鹿だなあ」。迎えにきた海軍の下士官だったのだ。

 街という街は廃墟となり、次々と人は殺され、少年兵は“恨み死に”した。戦場帰りの下士官は知っていたのだ。「お前たち、馬鹿だ」

 馬鹿だった。無心にあどけない幼子まで、母の胸に抱かれて焼死体になった。誰が幼子を殺したのか。私たちが死ぬのは自分の勝手だ。だが小さい子たちまで道連れにする。わかっている。だから憤怒する。わざわざ自分を兵隊にする改憲をしたがるお前たち、馬鹿だなあ・・・。

 18〜29歳、自分が何をしているか、わかっているのか。

 ――無職 加藤敦美(京都府 88) 朝日新聞2017年11月9日付朝刊 「声」欄 


  2017/11/08 [水]   義父の胆力


 義父は昨日、日帰りバスツアーに一人で参加して、和歌山へ。

 高野山の奥の院まで歩き、帰りには龍神温泉の長い階段をのぼってひと風呂浴びてきたという。

 同行の人たち(次に高齢の方は六十何歳)驚愕したにちがいない。義父は九十歳で、しかも骨髄ガンを患っているのだから。


  2017/11/07 [火]   からだを耕す 講習会


 一名の参加。

 組み立て:前半 愉気のために

(一)「ふれる」と「さわる」の実践
(二)「ふれる」ための第一段階 こし(狭義のこし→広義のこし→こしと手足をむすぶ″気のすじかい″)
 ・座法(仙椎に集中)
 ・正座でお辞儀→上から肩を押す
 ・貝の口の帯結び&たすきがけの実演
 ・立って片手で押し相撲
(三)「ふれる」ための第二段階 はら
 ・内観技法の基本(心眼・呼吸・はらの間和り)
 ・行気(はら)+母音発生

 後半 日々の養生法

(四)行気(こし)
(五)活元(整体協会で行われている肉体刺激法)

【反省】三時間では足りずに、行気(こし)はプリントで解説のみ、活元も誘導運動しかできず。気合は省略。

 はじめからカットしたもの。
 ・座法(肉体集注)
 ・ゴリラ歩きとなんば
 ・愉気の型
 ・活元(内観技法)

 次回は、行気(こし)と活元(協会版)の実践をそれぞれ二十分はとれるようにしたい。そのためには、
 前半(一)こし 三十分
   (二)内観技法の基本+行気(はら) 一時間
    (時間に余裕があれば、気合 五分)
 後半(三)行気(こし) 四十五分
   (四)活元 四十五分

 のような構成になるだろうか。


  2017/11/06 [月]   秋日和


 午前中は仕事をし、昼前に歯医者へ。待合室のテレビで、11:30からのNHKのニュースを観る。

 「日米同盟」「親密な間柄」etc.マインドコントロールのオンパレードに辟易とする。

 彼らは、日本とアメリカが対等な関係にあると信じているのだろうか?日米地位協定&日米合同委員会の存在という現実から目をそらして。一生懸命ヨイショしている安部普三は、宗主国の元首をむかえる、植民地(属国)の奴隷頭ではないか。

 野間宏『暗い絵』の一節、魯迅の回心、原爆で殺された少年の言葉・・・いろいろな想いがよぎる。

 次号の『らくてん通信』に、何か文章を書こう。

 *

 仲立売通りと七本松通りの交差点にできた(いまはなき「釜飯かあさん」の後)食材屋さんで日替わり弁当を買い、船岡山公園へ。
三十分ほどのウオーキング。

 頂上のベンチでめしを食い、目的のみみず掘りに。排水路の土溜まりをスコップで掘り返したが、この時期はもう世代交代をして小みみずしか獲れず。

 それでも五十匹ほどにはなったか。帰ってから、ミミズコンポストの水槽の中に。野菜くずを食べて、おおきくな〜れ。


  2017/11/05 [日]   終日、家で


 火曜日の【体を耕す 講習会】に向けて、資料づくり。

 〈からだノート〉改訂版の章だて

 [T] 内観技法の基本 
 1)心眼、2)呼吸、3)はらの周り
 [U] 日々の養生法
 1)行気、2)活元、3)気合
 [V] 内観技法の理
 1)こしとはら、2)裏と表、3)間(ま)
 [W] 内観技法と表現
 [X] ふれる内観技法 

 [T][U]・・・体を耕す 講習会で配布
 [V][W][X]・表現教室 稽古会で配布

 [X] ふれる内観技法は、一言でいえば愉気の方法論だが、[V] 内観技法の理の3)間(ま)、と重なるので思案。 

 [W] 内観技法と表現は、まだ実践がともなっていないので、世阿弥の「順と反」しか思い浮かばず。


  2017/11/04 [土]   街を歩く


 京都芸術センターへ、からだとことばを育む会のチラシを置きに行く。

 一年間通ってきたが、今日で最後にする。今後は店頭配布と、ホームページでの告知に。

 二条城の石垣を見ながら、自転車をはしらせる。美しい。

 御池通りから室町通りを下がると、「西日本叙勲者協会」の看板が。

 年寄りが同窓会などであつまると、「孫自慢」、「病気の相憐れみ」、そして、「勲章」の話題で盛りあがるのだそうな。

 そんなに国家に認められたいのだろうか。

 *

 プロ野球日本シリーズを最後まで観る。DNAは、キャッチャー嶺井で負けたといえる。八回のサードランナーの生還を許した場面
ではピッチャーへの指示を誤り、十一回のサヨナラの場面では、ライトからの返球をとりそこねた。好機にも打てず。

 なぜラミネス監督は、第四戦で活躍した高城を、その後つかわなかったのか?

 DNAは攻めでは互角だっただけに、守りで負けたといえる。


  2017/11/03 [金]   街を歩く


 朝、パンが食べたくなって、今出川通りまで買いに行くが、どこも祝日でアウト。北野天満宮のまえを過ぎ、西大路まで行って引き返し、七本松通りと仁和寺街道の交差点ちかくにできた「京ぱん家まるいち」へ。

 フランスパンがメインで、惣菜パンやお菓子パンもあり。休日に店をあけている店主の心意気にかんじて、1800円も買ってしまった。

 街を歩いてみかけたおもしろ看板。山田立志堂、上手楽器、誠養軒。みな、小さな眼鏡屋さんに楽器店、ラーメン屋。店名にこめた想いが、ストレート(すぎるほど)に伝わってくる。

 楽天堂も、お仲間の一人。


  2017/11/02 [木]   日中は、あたたかい日が続いている


 朝、家のまえで門掃きをしていると、ご近所のばばOさんがちかづいてきて、千晶が丹精をこめて育てているプランターのこかぶをゆびさし、

 「これ、虫が食べてんの?」
 「そうです。青虫と毛虫が。とらないと、レースになってしまう」
 「えげつないなあ」

 そういう表現も、あったのか。

 *

 二階の屋根の上に、布団をほす。南側に窓が二つ、家族が四人なので、じゅんぐりに。それだけで、うれしくなる。


  2017/11/01 [水]   十三夜


 月が夜空に映えていた。めだかの鉢の脇にはすすきの穂がのび、遅咲きのすいれんが白くひかる。

 イズミヤのお菓子売り場では、月見団子がたくさん売れ残っていた。

 今日から十一月。